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第3話 狡猾の獣人⑫

「な、何故おれの正体を知っているんだお前は!?」


というような、月並みな反応はベヒーモスは返さなかった。


「この州の者でもなければ、首都から送り込まれてきた人間でもなさそうだな。何者だ?」


これがベヒーモスのよこした返事だった。そして向ける眼差しには警戒と疑念が入り混じっている。


「僕はアーサー・マクダナム。あなたの言う通りこの州の人間でもなければ首都の人間でもありません」

「そうか。自己紹介どうも。しかし答えとしては不十分だな。何者なんだ?一体どうしておれの正体を知ってる?」


この場で僕が切ることのできるカードは、レヴィアタンの魂は無事であるという事実のみ。

その事実がベヒーモスにとってどれほどの価値があるのかは分からないが、少なくともまだ明かすのは早い。


「僕は波斗原という国から来ました。ここに辿り着くまでに水魔城と妖精の園に立ち寄ったんですが、そこで聞いた話によると、あなたは死んだらしいんですけど…」

「なるほど。外の人間か。…ああ。確かにおれは死んだことになってる」


ベヒーモスはため息をつき、こちらへ歩いてきた。

その姿に本能が危険を告げ、逃げようとしたが時すでに遅し、なぜか僕の背後にある扉は閉ざされていた。いや、もしかするとさっき僕が自分で閉めたのかもしれない。

ノラに助けを呼ぼうとしてポケットのガラス球に触れたところでベヒーモスは足を止め、教室の最後列の椅子の一つを引き、腰かけた。


「お前の目的が分からないな。死人が目の前にいて驚いているだけにしては反応がぎこちない。何かを言おうかどうか迷ってるみたいだ」


鋭い。ほとんど見透かされている。しかし僕はあくまで平静を装い、ベヒーモスの隣の椅子を引き、向かい合うように座る。

座ったことで目線の差が縮まり、威圧感が多少緩和されたように感じた。


「もう今日の授業は終わりだ。話したいことがあるなら聞いてやってもいい」

「…どうも」


ベヒーモスが生きているということは水魔城のニルプさえ知らなかった。つまり、彼をつつけば新たな真実が降ってくるかもしれない。

しかし下手につついてそこが逆鱗だった。とかは洒落にならない。話題は慎重に選ばなければ。

考えているうちに僕はあることを思い出す。それは、魔王はレヴィアタンを脅すためにベヒーモスの死体を持ってきたということ。ベヒーモスは体も魂もこの世に存在しているのだ。

ノラとテンペスト兄妹の叡智を総動員すればベヒーモスの魂を体に戻せるかもしれない。


「もし、あなたの体を取り戻して全盛期の力を取り戻せるとしたら、そうしたいですか?」

「力を?いいや。ごめんだな」


ベヒーモスは首を横に振った。

あまりに予想外の反応に僕は数秒ほど言葉を失ったが、すぐに切り替えて別のアプローチを試みる。


「そんな。どうして。力が戻れば魔王に復讐できるかもしれないんですよ?」

「復讐?無理だ。おれは独りだぞ」

「いいえ。僕たちが力になります」

「お前は…魔王を倒したいのか?」


ベヒーモスは眉をひそめるが、どうやら僕に興味を持ってくれたようで、食い入るように僕を見る。


「僕は…」


必ずしも魔王を倒したいわけではない。できれば敵に回したくない存在だからだ。

しかしもし成り行きで対立してしまった時のために味方となう戦力を揃えたい。ベヒーモスを味方にできれば心強い。


「倒す、とまでは言わないでも、彼がこちらを敵に回したくなくなるくらいの戦力は、揃えたいと思っています」

「つまり、魔王をけん制するためか?」

「まあ、そういうことになります」

「何か勘違いしてないか?戦いは力を持つ者の義務じゃない。戦いなんてものは自分が傷ついてもいいと思ってる奴らのするものだ。傷つきたくないなら一切の闘争から手を引けばいい。違うか?」


そう言葉を吐いたベヒーモスの目には、陰りが見えた。


「おれはもう戦わない。戦わなければ負けることはない。おれはもう二度と、失いたくないからな」


そう呟いたベヒーモスの表情には見覚えがあった。

彼もレヴィアタン同様、癒えない傷を魔王に負わされたようだ。


「…すみません。無神経な話をしてしまったようで」

「いや、いい。気にするな」


ベヒーモスは話が終わったと思ったのか、椅子から立ち上がる。


「待って下さい!」


しかし僕はそれを引き留める。


「僕の本来の目的はあなたに力を貸してもらうことじゃありません」


じゃあさっきまでの会話は何だったんだ。というベヒーモスの思いが、彼の視線からひしひしかつひりひりと伝わってくる。しかしそれを無視して僕は続ける。


「あなたはここに書かれた黄金のアイテムについて何か知ってることはありませんか?」


僕は王様から渡されたメモをベヒーモスにも見せる。

ベヒーモスは受け取り、すっと流すように視線を上から下に下ろし、首をひねって僕に返した。


「黄金、か。金色の道具や装備は見たことあるが、それがここに書かれているような特殊なものかは分からん。獣人帝国ではそうじゃなくても、人間にとっては黄金は自己顕示の道具にもなるからな。使ってるやつは多かった」

「そうですか…」


考えてみれば指輪や腕輪は金でできているものはありふれている。靴や籠手に関しても、身に着けるものを豪華にしたがる昔の貴族の間ではありふれたものなのかもしれない。

大戦以前からこの世界に存在しているベヒーモスに尋ねても芳しい答えが返ってこないのは道理か。


「じゃあ、黄金の本はどうですか?僕が探してるのはそれなんです」


情報を留め、伝えるという実用的な品である本で黄金というのは珍しい。ベヒーモスの記憶にもそんなものは数えるほどしかないはずだ。

そう期待を込めて僕はベヒーモスに問いかけたのだが、


「本か。悪いな。おれはここでこの役目に就く前は本なんて開いたことも無かった。だからお前が探してるものに関しては知らないと言い切れる」


と、言い切られてしまった。


「ああ…でも」


僕が肩を落としているとベヒーモスはふと思い出したように口を切り、切ったかと思うとしばらく虚空を見つめ、しばらくして少しずつ話し始めた。


「昔、そんな話を聞いた気がする。今の今まで忘れてたが…。男がいた。…本が、確かにあれは金色だった」


ベヒーモスはじれったそうに唸り、ぺちぺちと自分の額から頭頂部にかけてを叩く。


「何か…こう、今思い出したんだ。思い出したんだが…そういうことがあったって言うことしか思い出せなくて…あー!一体何なんだ!」


そして両手で頭を抱える。


「落ち着いてください。その男は本を持ってたんですか?」

「ああ。今その時の光景が急によみがえってきた。本は大きかった。閉じていても人間の頭よりも大きいくらい。…厚さは、握りこぶしを縦にしたくらいだ」


言ってベヒーモスは拳を握って見せる。彼の第2関節から第3関節にかけての長さは大体7~8センチくらいなので、かなり分厚い本だ。

僕の探している本と一致している。


「その男と会ったのはいつですか?」

「大昔だ。少なくとも大戦よりは前。人間がどこにでもいた時代だ」


そんなにも前の話なら記憶が曖昧でも仕方ない。そう思ったが、ここに来て初めての手掛かり。僕は質問の手を止められなかった。


「あなたはその本に触れましたか?」

「本に……いや、触れていないと思う。あいつは、すぐに引き返した。おれが…そう…!おれが何かを断ったからだ」

「一体何を?」

「分からない…。なぜかあいつの口から出た言葉が一つも思い出せない。あいつの顔もだ。冷静に考えれば考えるほどあの経験は気のせいだった気がしてくるが…そんなはずはない」


その後しばらくベヒーモスは粘ってくれたが、結局それ以上の情報は出なかった。

その男は非常に気になるところだが、ベヒーモスと対峙したのは1000年以上も前ということなら、今なお存在しているかどうか微妙だ。


「お前、アーサーと言ったか」


去り際にベヒーモスは僕を呼び止めてこう質問した。


「お前、水魔城に行ったって言ってたな。レヴィアタンは元気だったか?」

「レヴィ…え?な、どうしてあなたがその名前を…」

「どうしてって…なんだ、知らないのか?おれとあいつとはずっと大昔からの親友で、おれに最後に残された親友だ」


「残された」つまりそれは、ベヒーモス自身がレヴィアタンの生存を知っているということじゃないか。


「あなたは、レヴィアタンが生きてることを知ってるんですか?」

「当たり前だ。おれがここで魂だけでいるのは、魔王に取引を持ち掛けられたからだ」

「取引?」

「おれの体を差し出し、おれは魂だけこの小さな村の中で生きる。その代わりレヴィアタンの無事は保証する」


つまり、じゃあつまりこういうことか。魔王がレヴィアタンの脅迫のために持ってきたベヒーモスの死体は死体ではなく、ベヒーモスが捨てた体。

そして、レヴィアタンもニルプも騙されている。


「なるほど、そういうことだったんですか」


僕は必死でこみあげる笑みをこらえる。この状況で笑えば間違いなくベヒーモスの過去を笑っていると思われる。


「安心してください。彼は元気でした。ニルプさんの手厚い看護のお陰もあって」

「そうか。よかった。それだけが気がかりでな」

「ええ。よかったですね」


言って僕は笑みを見せる。何とかごまかしの利くタイミングで笑いを放出できた。

そして僕は話が長引かないうちに教室から出、廊下の角を曲がるなりポケットに手を突っ込んでガラス球を撫でる。


「ノラ。ノラ!起きてるか?」


呼びかけた数秒後、ノラの顔が映し出された。


「今あんたに起こされたわ。…何よ?」

「転送魔法で僕を水魔城に飛ばすことはできるか?」

「今更あんな所に行ってどうするのよ?」


決まってる。ニルプにベヒーモスが生きてたことを話すんだ。


「魔王の裏をかくんだよ」

「…何でもいいわ。ちょっと待ってて」


声だけでも興味がないことが伝わってきたが、ガラスに映るノラの顔はもっと興味なさげだった。

1分と待たずノラの声がガラス球から響く。


「今水魔城と繋がったわ。あんたは水魔城に用があるの?それともニルプに用があるの?」

「えっと、どちらかというとニルプだ」

「なら、転送しなくてもニルプと話さえできればいいのよね?」

「え?ああ…そうだな」


舞い上がっていた僕を、ノラのその言葉が普段の僕に引き戻してくれた。


「じゃあ今あんたが持ってるのをニルプにつなぐわ」


そして何の前触れもなく、いや、さっきの言葉自体が前触れだったのだろうが、ガラス球に映る顔がノラからニルプに変わる。


「あら?…アーサーさん!お久しぶりでございます」


向こうには僕の姿はどう見えていて、どのように映し出されているのか。ニルプは驚きながらも僕を僕と理解し、再開を喜んでいる風だった。


「ご無沙汰してますニルプさん。お元気でしたか?」


対して僕は、初手から思いっきり他人行儀だった。

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