第3話 狡猾の獣人⑩
翌日、僕はまた双子と共にラクティヴの実家の畑の手伝いに行った。
もちろんこれは情報収集のためだ。僕の故郷では畑は基本的には個人で管理するが、時には複数の世帯が協力し合って作業したり問題を解決したりしていた。
昨日僕が手伝ったサツマイモの畑は僕の故郷のものとさほど形態に際はなかった。ということはそう言った体系の方もさほど差異がないと予想できる。
そしてどうやらその予想は当たっていたようで、この日の午後、僕たちは別の家族の畑を手伝いに行き、その家族と手伝いに来ていた別の家族から僕は見事に情報収集をしたのだった。結果は空振りだったが、「知らない」というのも立派な情報だ。
その翌日も、そのまた翌日も同じようにして僕は畑の手伝いと情報収集にいそしんだ。
そうして続けること5日、僕はあることに気が付く。
「大人しかいない…」
僕たちと同世代ならもう十分に働き手になるだろうに、畑で見かけるのは中年以上の年齢層の者だけだ。
「ああ、それはな。みんな学校に行ってるからだな」
近くで作業をしていた初老のヤギのガンダルヴァが僕のつぶやきに応える。
「学校ですか」
ノラがセミラと一緒に行くと言っていたのと同じやつだろうか。
「ああ。そこで効率的な農業ってのを教えてもらうんだな。ちなみにここにいるみんなそこの卒業生だな」
「なるほど」
「優秀な子はよその大きな学校へ行って研究をして、それ以外の子は帰ってきて畑仕事だな」
農業のやり方を知っているのと知らないのとでは作物の出来がかなり違ってくる。この州の農業への力の入れ方は並ではないということのようだ。
僕はそのような、知識からは得ようのないこの州の実態だとかを知っていきながらも、やはり本命の本のことを知っている者には巡り合えなかった。やはり王様からの報せを待つべきか。
しかしそんな中でも嬉しいことはある。日中しっかり体を動かして栄養のある食事を摂っているためだろうか、自覚できるほどに今僕の体は健康だ。夜は早い時間にぐっすり眠れるし、朝は何もしなくても勝手に目が覚める。もしかするとこの数日で体に栄養が行き届き、身長が数センチ伸びていてもおかしくない。
そんな中、獣人帝国に来てから1週間のこと、僕の目の前にノラが現れた。
「アーサー。呼ばれてるわよ」
「…誰にだ?」
「王様。進展があったんですって」
「本当か!?」
王様は2週間と言っていたが、こんなに早く呼び出されるとは。
「迎えの人が来てたからペナテロの家で待たせてるわ。あんたの準備さえよければ今すぐ宮殿に飛ばすけど」
「宮殿の中には飛ばすなよ?」
「分かってるわよ。宮殿内は魔術禁止なのよね。まったく、禁止にするならせめて魔術の阻害ぐらいしなさいと言いたいところだけど」
言ってノラは眠そうにあくびをする。よく見ると目の下にうっすらと隈のようなものが見える。
「ちゃんと寝てないのか?」
「…寝不足気味かもしれないのは事実ね。でも大丈夫よ。いざとなればちゃんと寝るから」
「いざとなるって、どういう状況なんだ?」
「それを知ってどうするつもりなのよ。じゃあ、飛ばすわね」
ノラが僕に手をかざすと、視界は歪み、宮殿の外階段の下に僕は飛ばされる。隣には一緒に飛ばされてきた荷車付きのフェンリルがいた。突然飛ばされたことに戸惑ってか、キョロキョロしている。耳も一緒にあちこちキョロキョロしているのが犬っぽかった。
「迎えに来てくれてありがとうございます。驚かせてしまってすみません。うちの者が勝手に魔法で飛ばしてしまったようです」
「魔法。今のが。…初めてだ」
自らを襲った不可思議な現象の正体が分かったためか、フェンリルは落ち着きを取り戻した。
「王様は。中でお待ちだ。中での魔法は。禁止だからな」
「ええ。もちろん」
言われなくても僕は魔法を使えない。
階段を上ると前に来た時と同じようにワーウルフと思しき門番が4人。そのうちの一人は前に僕たちを宮殿の中まで連れて行ってくれた人だった。
「早い到着だったな。まさか魔法か?」
「…はい。問題ない、ですよね?」
「ない。ないが…いや、俺からは止めておこう。入る前に検査をする。においを」
途中で言葉を呑んだ門番に僕は両手を差し出し、においをかがせる。
問題なかったようで門番は頷き、僕を宮殿の中へと導き、そのまま王様の元へと僕を導いた。
「来たか。…悪いがまた、外してくれ」
「お待ちください。少し、お耳に入れておきたいことが。よろしいでしょうか」
「ん?何事だ。言ってみろ」
門番は王様の元へ俊敏な動作ですり寄ると何事か耳打ちしだした。
多分彼がさっきやめておいたことを王様に告げ口しているのだろう。告げ口というと聞こえは悪いが、賢明な判断かもしれない。イレギュラーな存在である僕に関して、個人的な意見を本人にぶつけることを避けたのだろう。
話し終わると彼はまた俊敏な動作で元の位置に戻った。
「ふむ…そうか。そうだな。対処しておこう。ご苦労」
「いえ」
短く応えて門番は部屋を後にした。
「…さて、何のことで呼ばれたか、察しはついているだろう」
「成果があった。ということですね?」
この州に蓄えられている記録がどれほどのものかは分からないが、提示された期間の半分で呼び出されたということは、何か見つかったということだろう。
「そうだ。…本来なら成果は全てまとめて2週間後、つまり来週伝えるつもりだったが、思ったより何も見つからなくてな」
「そうですか…」
成果がなかったのかと肩を落としてしまいそうになるが、しかし王様は僕の問いかけに首肯を返した。僕は僅かな希望に落ちかけた肩を引き戻す。
「この州は元は獣人帝国という名の国だった。それが1000年前、今の首都が覇権を握ったことでエレツの第3州になったのだが…」
そこで王様は勿体を付け、そして再び話し始めた。
「この国に通貨ができたのは1000年前。それ以前は自給自足や物々交換が主流だった。そんなこともあってか、この国には貴金属という概念がなかった」
そこで王様は一息入れ、にもかかわらず。と続けた。
「1000年以上前の記録に何度か『黄金』という単語が出てきた」
「それは…気になりますね」
黄金とは僕の探している本の特徴とも一致するし、何より物質的な意味での「黄金」に価値のない時代にその言葉が使われていたのは不自然だ。
「そう思って本に加えて黄金という言葉についても調べてみた。すると、面白い記録が見つかった」
言って王様は一枚の紙を取り出した。
受け取ってそこに記されている文字に目を落とす。
籠手 民を守る 魔を祓う
本
槌
指輪
腕輪
靴
「これは…?」
「記録の中に登場した『黄金』という言葉と共に記されていたもののリストだ。6つあった。籠手のみ詳細な情報が記されていたことから察するに、一時期それは獣人帝国内に存在していたと考えられる」
「6つ、ですか」
黄金というだけで関連を決めつけるのは早計だが、超常的な力を秘めたものの中で黄金の槌や指輪、腕輪、靴などは僕の知識にはない。
そして現に僕は、僕に知識を与えた本のことを知らない。これら黄金の道具は僕の探している本の同類という可能性も捨てきれない。
「この紙はいただいても?」
「構わん。そのつもりで渡したからな。…現状話せるのはそれだけだ。引き続き調べは続けるが、残った記録はどれも第3州になって以降のもの。あまり期待はするな」
そう言う王様に僕は丁重に礼を言い、宮殿を出てからガラス球を取り出して表面を3回撫でる。
すぐにノラの顔が映し出されると思っていたのに、ガラスの中に最初に現れた映像は真っ暗な闇だった。
「あれ、壊れたのか…?いや、あいつの作ったものに限ってそれはないか」
多分ポケットに入れたまま僕がこすったことに気が付いていないのだろう。
「ノラ。おーいノラ!僕だ!アーサーだ!聞こえてるか!」
数秒待っても返事がなかったのでもう一回り大きな声を出そうとしたところ、映し出されていた暗闇に光がさし、眉間に皺の寄ったノラの顔が現れた。
「聞こえてるに決まってるでしょ!私の魔法よ?ちょっとタイミングが悪かったから放置してたのよ」
やはり故障じゃなかったか。
「タイミングが悪いってどうしたんだ?何か問題か?」
「いいえ。問題じゃないわ」
眉間から皺が消え、ノラは首を振る。
「今ちょっと学校の子たちに魔法を教えてあげてたところなのよ」
ノラがガラス球に手をかざしたのか、映像はノラの掌のアップを映し出した。
かと思えば映像は視点が上昇したかのように切り替わり、教壇に立っているノラと、整然と並べられた机と椅子に着席している生徒たちが映し出される。
生徒は多くがガンダルヴァだったが、中には人と同じ姿をした者、恐らくはワーウルフ、もいた。
「お前…僕と離れてたこの1週間に何をしたんだ?」
「何よ。その悪者を見るような目は」
視点がまたノラに寄る。
「頼まれたから教えてるだけよ。この子たち畑の耕し方しかこれまで習ったことがなかったんですって」
魔法を知りたい生徒と説明が大好きな魔術師。運命的な出会いと言ったところか。
「違法なことはしてないんだな?」
「さあ?私はこの州の法を知らないから何とも言えないわ」
「お前な…」
そんな状態でウロチョロしないでくれ。この州では魔法を使用するのは許されていてもその使用にはかなり難解な条件がある。
宮殿で魔法が禁止だったあたりから察してくれていればいいんだが、何か嫌な予感がする。
「ノラ。僕も今からそっちに向かう」
1週間。それでノラがどれほどのことをしたかは分からないが、とりあえず現状把握はしておくべきだ。
「…来てどうするのよ?」
「お前を監視するんだよ!僕はこの州と、エレツの法を知ってる。お前がやってることが違法かどうか行って見極める」
「つまり邪魔するってこと?」
ノラは不快感をあらわに再び眉間に皺を寄せる。
「邪魔じゃない。お前が最大限に説明できるようにサポートするんだよ」
「そんな言葉の綾に毎度私が騙されると思った?」
「言葉の綾でもなんでもいいからそっちに飛ばしてくれ。お前が違法な教え方をしてた場合は止めないといけないんだよ!」
折角協力してもらってる王様の、信用を失うわけにはいかないのだ。
「はいはい。分かったわよ。でも私が魔法の説明をしてる時は静かにしなさいよ」
「ああ。そうするよ」
すると視界は歪み、先ほどガラス球に映し出されていた教室に変わる。
直後に感嘆のどよめきが押し寄せた。
そのどよめきが起こった方、つまり生徒たちの方を向くとまず目に入った者。それはオスカーとパティだった。どうやら最前列でノラの話を聞いていたようだ。
体格的に最前列でなければノラの姿がよく見えないためなのだろうが、どうしてこの2人がこんなにやる気のある位置に座っているのか皆目見当がつかなかった。
「キレネもお前たちと一緒だよな?ここにはいないのか?」
「いるわよ。ほら。あそこ」
ノラの指差す方を見ると確かにそこにはキレネがいた。
一番後ろの窓際の席で、差し込む午後の日差しを黄金の髪でまぶしく反射させながら、こくりこくりと舟をこいでいた。




