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第3話 狡猾の獣人⑨

日が傾き始めた頃、ラクティヴとラクティヴの母が双子を連れて戻って来た。


「お疲れ様。一人だったのにね。よく頑張ってくれたね」


その時僕は3畝目の半分まで終わったところだった。


「もう日が落ち始めた。帰ろうぜ」


ラクティヴは来た時には持っていなかった籠を背中に背負っていた。何か収穫したのだろうか。


「分かりました。いまそっちに行きます」


立ち上がって腰を逸らせる。老人のような動作だったが、長時間しゃがみ込んでいるとこうなるのだ。体のいろんな場所で関節が音を立てる。

ラクティヴ宅に着くとラクティヴは家には入らず、ドアだけを開けて僕たちを中へ入れた。


「俺は家まで道具を戻してくるから、少し待っててくれ。戻ったら飯にしよう」


どうやら籠の中身は収穫物ではなく農具だったようだ。

僕は彼を見送ってからあることを思いだした。


「そう言えば波斗原から返事が来たって言ってたな…」

「波斗原から返事!?」「潮離の料理か!?」


双子が僕のつぶやきに敏感に反応する。


「ああ。前の手紙にそう書いてあったから、多分そうだと思う」


すでにノラ達は手紙を読んでいるだろう。そして料理が何かも知っているはずだ。


「ん?待てよ…それって大丈夫なのか?」


あっちにはキレネがいる。まさか、まさかとは思うが、すでに完食されてたりなどはしないだろうか。

さすがにそれはないだろうと思う一方、ピジョンボックスの容積には限りがあり、あの箱に入る分だけの料理となると十分量の1品か、あるいは少なめの2品と言ったところだろう。


「まずいな。早いところノラのところへ行かないと…」


しかしこちらからノラに連絡を取る方法が無い。ノラは夕方になったらまたあの魔法をよこすと言っていたが、正確な時刻は言っていなかった。

こうなったら双子たちと直接ペナテロの家まで行くしかない。いや、ラクティヴが帰ってこないうちに勝手に3人そろって家を出ていくのは良くない。

と考えていると僕の頭にノラの声が響いた。


(はいはいお待たせ)

(ノラ!よかった。料理は無事か?)

(少し冷めたことを被害というなら、無傷とは言えないわね)


つまりまだ誰も手を付けてはいないということか。


(ちなみに中身は肉じゃがだったわ。どうする?こっちとあんたのところで2対1で分ける?)

(2対1?そっちが2でこっちが1か?)

(人数的にそうでしょ)


こちらはラクティヴを含めて4人、ノラの方は4人にペナテロ一家を加えて7人、確かに2対1が妥当だろう。


(いや、こっちにはラクティヴさんと双子がいる。食べる量は7人前だ)

(それを言うならこっちにはペナテロとキレネがいるわ。9人前必要よ)

(お前とパティは2人で1人前で十分だろ。それにキレネには我慢してもらえ。どう考えてもあの体には1人前で十分だ)

(体の大きさが問題なら、あんあたの食べる量は私たちと同じ半人前で十分でしょ)


威嚇しただけなのに噛みつかれた。しかし僕は引き下がらない。意地汚く思われるかもしれないが、それほどの価値があるのだ。潮離の料理には。久しぶりだと尚更だ。


(肉じゃがはどれくらいの量があるんだ?)

(えっと、寸胴鍋に満タン一歩手前くらい。…直接こっちに来て見る?)

(そうだな。それがようさそうだ)


「シニステル。デキステル。ちょっと用事ができたからペナテロさんの家まで行ってくる。ラクティヴさんが戻ってきたらそう伝えておいてくれ」


双子からの返事が返ってくる前に僕の視界は歪み、城の厨房に転送されていた。


「あれ?ペナテロさんの家じゃないのか?」

「当たり前でしょ。箱は城にあるし、蓋を開けない限り劣化しないんだから」

「ああ、そうか」


ピジョンミルクは転送魔法の遠距離版。送信に時間がかかる代わりに送信されている間は時間による影響を受けない。だから蓋を開けて転送を終了させない限り保存ができるというわけだ。


「いや、ちょっと待て。それだと何で中身が肉じゃがだって分かったんだ?」

「私は万能の魔術師よ?」


答えになっていなかった。


「もっと具体的に教えてくれるか」

「透視魔法よ」


なるほど。具体的かつ単純な答えだった。


「うちはもうすぐ夕食で、潮離の料理を食べてもらうことになってるの。そっちはどうなの?夕食はまだでしょ?」

「まだだ。僕たちも今晩の夕食は潮離の肉じゃがにしようと思ってる」

「そう。なら開けてもいいわね」


言ってノラはピジョンボックスに手をかざして蓋を開ける。この程度の作業くらい魔力じゃなくて筋力を使えと思うのだが。

ピジョンボックスが許容できる体積を最大限占める大きさの寸胴鍋が収められていた。


「この鍋の満タン一歩手前までだったか?」

「ええ。そうよ」

「じゃあ僕とそっちで半分ずつにしても足りるだろ。もしかしたら今日だけでは食べきれないかもしれないぞ」

「そうかしら。こっちにはキレネがいるのよ」

「それでも本来肉じゃがって一回の食事でそんなに大量に食べるものじゃないだろ」


カレーと材料は似ているが、しかしカレーほど一度の食事で減らないのが肉じゃがだ。


「とりあえず僕とお前で半分ずつ持って帰って、足りなくなったらこっちに取りに来てくれ。僕たちは少なくともこの半分あれば絶対足りるから」

「…分かったわ。そうしましょう。あ、そうそう。これ、渡しておくわ」


何を思い出したのか、ノラは自分の手の平の上にガラス球を出現させた。そしてそれを僕に差し出してくる。


「何だ?これ」


僕の手の平に移った瞬間、ガラスのヒヤッとした感触が伝わる。


「妖精の園でオスカーとパティがウンディーネから通信ゼリーを貰ってたでしょ?」

「通信ゼリー…ああ、あの顔が映し出されるゼリーか」

「そう。あれを真似して作ってみたの。表面を指で3回以上こすると私に向けて念話魔法が発動する仕組みよ」

「指じゃないと駄目なのか」

「ええ。だって何にでも反応するようにしちゃうとポケットの中で何回も発動しちゃうでしょ」


道理だった。

そうして僕は厨房にあった鍋に肉じゃがの半分を移して持ち帰り、残り半分をノラに持っていかせた。

ノラは魔法でピジョンボックスの中身を覗いた時から気づいていたようだが、今回の手紙は寸胴鍋の下に隠れていた。

僕はそれを読むのを後にして、ラクティヴの家に戻った。

転送されてすぐの視界にはラクティヴの姿はなかったので、うまくラクティヴが戻ってくる前に戻ってこれたか。と思ったが、僕の背後からラクティヴの声がした。


「びっくりした!急にいなくなってびっくりしてたところだったのに、急に出てくるなよ」

「あ、すみません」


振り返って謝る。その隙に双子は僕に歩み寄り、鍋の蓋を開ける。


「お、肉じゃがだ」「潮離のか?」

「ああ。お待ちかねのな」


双子が狂喜乱舞したことは言うまでもないだろう。


「ラクティヴさん。僕の仲間が料理を用意したので、今夜の夕食はこれでどうでしょう」

「それはありがたい。料理をたくさん作るのは慣れてなくてな。普段一人分しか作ってないからな。…は、ははは」


またしてもラクティヴが乾いた笑いを上げる。さすがに今回は聞いてしまった。


「何か、あったんですか?」

「はは…まあな。昔、俺には恋人がいたんだ。婚約してたってわけじゃねえけど、お互い結婚するつもりでいたんだ。家も買って、家具も、全部用意したのに…なのに」


僕はここまで聴いて悟った。もうその人はラクティヴのそばにはいないのだと。いくら祈っても戻ってこないのだと。


「すみません。辛いことを思い出させてしまって」

「いや、あれは俺が悪いんだ。俺がはしゃぎすぎちまった。まだ結婚もしてないのに子供の分まで部屋とベッドを用意したのは我ながら馬鹿だったと思う。あいつは今頃、まともな男と幸せにしてるだろ」

「え?幸せにしてる…?」


どうやら健在なようだ。僕は何も悟れていなかった。


「悪いな。聞いてても面白くとも何ともない話だろ。飯にしよう」


確かに笑える話ではなかったが、これで何が地雷かは分かった。まあ、避けられるかどうかは話が別なのだが、なるべくその方向へ話が向かないようには気を付けておこう。


「さ、食べようぜ。折角の料理が冷める」


僕たちは席に着き、それぞれの器に肉じゃがを盛る。

肉じゃがの味だが、素晴らしかった。「おいしい」という言葉では収まらないほどの美味。異郷のラクティヴも唸るほどだった。

双子は早々に1杯目を完食し、お替りを告げるとともに喜びの声を上げる。そのさなかで何度か僕の料理の味をけなされた気がしたが、それも気にならない味だった。


「ああ、久しぶりだ…食事で我を忘れたのは」


ラクティヴは放心しながら腹をさする。


「あー…食いすぎた」「もう食えねー…」

「お前らに関しては本当に食いすぎだ。一体何杯お替りしたんだ」


かくいう僕もいつもより食べてしまった。お腹が少し苦しい。

肉じゃがは鍋の3分の1くらいまでに減っていた。せいぜい半分くらいまでしか減らないだろうと思っていたのに、予想が大きく外れた。

動けないラクティヴに代わって僕は片づけを始める。

片づけを終わらせ、ポケットに入れたガラス球の表面を人差し指の腹で3度撫でる。するとガラスの内部に、球に収まるサイズに縮小されたノラの首から上が映し出される。


「どうしたのよ?」

「こっちは食べ終わったから、もしそっちで足りてないなら持って行ってくれてもいいぞ」

「必要ないわ。こっちももう食べ終わったから」


言ってノラはふーっと深呼吸をするように息を吐く。もしかしたら手はお腹をさすっていたかもしれない。


「食べ過ぎたか?」

「ええ。あんたもなの?」

「ああ」

「潮離の料理だもの。仕方ないわ」

「そうだな」


沈黙が流れた。普段の会話ならこうなるとノラの顔以外に視線をやれるのだが、今はガラス球に移るのはノラだけだった。気まずい。


「明日からはどうするつもりなの?」

「いや、特に何も考えてなかった。王様から言われた期間待つとしか」

「そう。私たちはセミラと一緒に学校に行くわ」

「学校?」


そういう施設があることは分かっているが、そこへノラが同行したがるというのは予想外だった。


「ええ。もしかしたらキレネが何か思い出すかもしれないし」


意外だった。ノラがキレネのために自ら動くだなんて。


「それに、聞くところによるとセミラの友達も私の魔術に興味があるらしいから」


いや、多分こっちだな。本命の理由は。

まあ、本命はどっちであれキレネが自分のことを思い出すきっかけを作ってくれるのはいいことだ。


「分かった。気を付けろよ。くれぐれも悪目立ちしないようにな」

「そんなこと、生まれてこの方したことないわ」


最後に言いたいだけのことを言ってノラは念話を終了した。

僕はガラス球をポケットにしまい、鍋に蓋をしてキッチンの隅に置いておいた。温めなおせば明日も食べられるだろう。

その後しばらくしてお腹が落ち着いてくるとみんなで風呂に入り、就寝した。

風呂が広かった理由も、ベッドが4つあった理由も、もちろん聞かなかった。

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