第3話 狡猾の獣人⑧
ペナテロの家から徒歩3分、ラクティヴの家に到着した。意外と近い。
「ラクティヴ!いるか!?」
ドアを叩きながらペナテロは声を張る。
セミラはこの家のことを「無駄に」広いとしていたが、見たところペナテロの家と大きさは変わらない。
まあ、この家に独りで住んでいると考えると確かにスペースに余裕があるようにも思えるが。
10秒と待たずにドアの向こう側から足音が聞こえ、ドアが開いた。
「先輩。…どうしたんですか?」
ラクティヴと名前だけを聞いた時は誰のことか分からなかったが、現れた顔を見て誰か分かった。妖精の園との境界でペナテロに現場指揮の代理を任されていた牛のガンダルヴァだ。
ラクティヴは僕たちを見て何事かと首をひねる。
「実はお前に頼みがあってな」
「待って下さい。まさか、やばいことですか…?」
ラクティヴは何か勘違いをしているようで、右手を突き出して一歩下がる。
「違う違う。何もやばくない。こいつらを少しの間泊めてやって欲しいんだ」
「泊める…どのくらいですか?」
「どのくらいなんだ?」
ペナテロは振り返って僕に尋ねる。王様に提示されたのは2週間だったが、それを言ってしまっていいのだろうか。
僕は迷ったが、王様から言われたことをなるべく正直にそのまま伝えることにした。
「王様からはこの村に2週間いるように言われてます。もちろん、2週間ずっと同じ家にいないといけないということはないんですけど」
「2週間か。いいぜ」
始め僕のことを警戒していた割には意外とすんなり受け入れてくれた。
「いいんですか?」
「ああ。王様に言われてこの村にいるんだろ?だったらお前らは信用できる奴だ。違うか?」
王様への信頼が絶大なのか、信頼を勝ち取れたようだ。
「もちろんそうですよ。信用できます」
自分で言うなと言ったところだが、誰もそれについて突っ込みはしなかった。
「お前は場所だけ貸してくれればいい。食材なんかはわしの方で用意するからな」
「いやいや、いいですよ。俺の実家畑やっててすぐそこなんで、食材は有り余ってます」
「そうか?それじゃあそういうことで頼んでいいか?」
「はい!」
そんな感じで話がまとまり、僕と双子はラクティヴの家の中へと招き入れられた。
「昼飯はまだか?」
「はい」
「まだだ」「腹減った」
「丁度よかった。俺もまだなんだ。何か作るからそこで座って待ってろよ」
ラクティヴが指さしたのはテーブルと、2つずつ向き合うように配置された椅子4脚。
「4脚…?」
ラクティヴは一人暮らしだったはず。いや、お客さん用に常に4つあってもおかしくはないか。
双子は素早く椅子に並んで座る。僕も座ろうと歩き始めた時、ふとラクティヴがキッチンで料理の準備をしているのが目に入った。システムキッチンだった。
「すごいですね。調理器具一通りそろってるんじゃないですか?」
僕はそこに揃っている調理器具の数にも目をむく。
「まあ、新生活だとあの頃は、浮かれてたからな…はは、はははは」
ラクティヴの口から笑い声が漏れる。心なしかその笑い声は乾いて聞こえた。
この話を掘り下げるのはまずいという気配を感じ取った僕はそれ以上聞かなかった。
「何か手伝います。ご馳走になるだけでは申し訳ないですから」
「それは助かる。自分の分より余分に飯を用意するのなんて久しぶり、だからな。ははは、ははははははは」
どういうわけか僕はまた地雷を踏んだようだった。以降、これ以上彼の精神にダメージを与えまいと僕は一言も発さずに手伝いに徹した。
昼食を摂って片付けが終わるとラクティヴは畑に行ってくると言った。実家の農作業を手伝うらしい。
それに双子が同伴したがり、それのお目付け役として僕も行くことにした。
「それじゃあね、この地面に埋まりかけてる茎があるでしょ?これをね、こうやってね、引っこ抜いてほしいのね」
ラクティヴの母親だというインパラのガンダルヴァは僕たちがする作業の説明をする。
「それでね、この引っこ抜いた方の根っこはね、ちぎらないで葉っぱの上に乗っけておいてね」
「分かりました」
「それで終わりか?」「つまんないな」
「こらお前ら。つまんないとか言うな」
双子の反応は怒られても仕方なかったのだが、しかしラクティヴの母は朗らかに笑った。
「うちの息子もね、子供の頃はそう言って途中で手伝いほったらかして遊びに行ったりしてたわね」
うちの双子は途中どころか最初からどっかに行ってしまいそうだ。
しかしこの双子にこんな単純な軽作業というのは少しもったいない気がするのは事実だ。
「あの、こいつらに悪気はないんです。ただ、こいつらが得意なのは力仕事などなので、もしそういった仕事があれば任せてください」
「力仕事…あるにはあるけどね、きっと楽しくないんじゃないかね」
「お前らは手元だけの仕事と力仕事とどっちがいい?」
「力仕事の方がいい」「この仕事よりはな」
双子の回答は不遜そのものだったが、ラクティヴの母はまた朗らかに笑った。
「それじゃあね、2人は私と一緒に来てもらうわね。君は、ここの仕事を手伝ってくれる?」
「はい。ここは僕に任せて下さい」
こういった軽作業ならお手の物だ。考え事でもしながらやるとしよう。
僕が最初に考えたのはこの植物が何の植物なのかということだ。今回は知識には頼らずに答えを出してみる。
今やってる作業の説明を聞いたり、葉の形を見ただけでもううるさいほどに僕の知識は情報を頭に送り込んでくるが、それを意図的に無視する。
「地上に出てるのは葉っぱだけだから、多分根菜だよな」
もし上に出てる葉の方がメインな作物ならば、新たに根を張り始めたのをわざわざ引っこ抜いたりはしないはず。
「いや、待てよ。ほったらかしにしておくと本来葉っぱになるはずだった栄養が根の形成に消費されてしまうから、ということも考えられるな」
そう考えると葉の方がメインと考えられなくもないか。
「でもこの畑の形は見たことあるんだよな…確か芋とかの栽培がこんな畑だったような…」
僕は畑の形と同時に葉の形も観察する。
「これは…あ、この葉の形、シソに似てるな」
シソは葉を食べる植物。あれがどういった植物でどういう栽培形式をとられているか僕の記憶にはないが、しかしシソならば葉をメインにする植物を育てている場合の推理と齟齬が生じない。
「分かったぞ。これはシソだ。シソの畑だ」
誰が聞いているわけでもないが僕は宣言して知識に意識を向ける。結果、答えは
「え…?サツマイモ…?」
大外れだった。
どうやら僕がやっている今の作業は蔓返しという作業らしい。一つの芋により多くの栄養を行かせるために新たに根を張らせないようにするための作業らしい。
「やっぱり僕は知ってるだけで何も…」
見えていないんだな。と言いかけて僕の口は止まる。視界の端に何か怪しいものを発見したからだ。それは畝と畝の間、僕の右側面から接近してきた。
首をひねって僕はそれを両目で見据える。
僕の知識は目の前のものが何であるかを告げてくれなかった。つまり、僕の目の前にいる存在、犬のようでありながら目も口も鼻も持たず、ただ輪郭しかない謎の存在は、魔物ではないということだ。
それは灰色の飴細工のように半透明だった。犬のような形をしているそれはやはり犬らしく、4本の足を使って僕目掛けて走り出した。
僕は久しぶりに本能で危険を察知し、それに背を向けて駆けだした。敵に背を向けるなとはよく言うが、しかしあれは敵を迎撃しうる力を持った者のみに有効な言葉だ。当然僕には無効である。
直線でまともに競走しても勝ち目はない。僕は多少の減速をよしとしながら畑の畝を右に左に不規則に飛び越えながら逃走する。走力に差はあったとしても相手が満足に加速できなければその差は埋められる。
(あ、やっと捕まった。アーサー。あんた今どこにいるのよ)
突如頭にノラの声が響く。この感覚には覚えがある。ノラが魔法で僕の頭に直接語り掛けているようだ。
(ノラか!?)
口に先行して僕の頭はノラに返事をする。
(ええ。波斗原から返事が返って来たわよ)
いつぞやは頭同士での会話はできなかったが、今回は口に出さなくても頭に言葉を思い浮かべるだけで伝わるようだ。
(今それどころじゃないんだ!)
(…どうしたの?もしかして走ってる?)
(よく分からない獣に追われてるんだ!僕がどこにいるか分かるなら助けてくれ!)
(獣…それってもしかして犬のこと?)
ノラの返した言葉に、否、言葉というよりかはその言葉に込められた緊張感のなさに僕は足を止めて振り返る。
(お前がやったのか?)
背後にもどこにも僕を追ってきた獣はいなかった。いや、正しくはいなかったのではなく僕に追いついて魔法として発動されたんだろうが。
(そうよ。私が新しく編み出した念話魔法、術式『柴犬』よ。普通に念話をするならまず索敵魔法で相手を見つけてから魔法を使わないといけないけどこの術式なら魔法が自動で…)
(魔法の説明は後にして欲しいんだけどな)
(あ、そうね。潮離と慎瑞からまた手紙が届いたのよ。読みに来る?)
ノラに伝えるつもりはなかったのだが、どうやら念話が僕の意思を拾ってしまったらしく、ノラの説明を中断してしまった。ノラの機嫌が悪くならなかったのがせめてもの救いだった。
(…いや、今お世話になってる人の実家の畑を手伝ってるんだ。これが終わってからにしたい)
(そう。分かったわ。じゃあ夕方になったらまた魔法を行かせるわね)
(ああ。了解だ)
念話は終了し、僕は先ほどまで作業をしていたところまで歩いて戻る。歩いている最中に僕はふと冷静になる。
「夕方までに全部できるのか?」
畑に畝は6つある。畝は1つあたり5,6メートル。双子がいた時は1人2畝としていたが、双子がいなくなった今6畝全てが僕の担当となった。
「いや、できないよな。普通に考えて」
まあラクティヴの母も手伝いの僕ごときにこの畑の全てを任せたりしないはずだ。と、自分を貶めて見たりもしたが、とりあえず夕方まで、精一杯頑張ってみることにした。




