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第3話 狡猾の獣人⑦

「到着。カルロ、村」


30分ほどでフェンリルはゆっくりと減速し、足を止めた。


「世話になったな。よし。ここからはわしが案内する」


言ってペナテロは道の続きを歩き始める。

フェンリルはしばらく僕たちの背中を眺めるように見送り、やがて軽くなった車を引いて宮殿へと帰っていった。

ペナテロは道なりに進む。舗装された道ではなかったが、自然にできた道ではないことは子の上だけ草が生えていないことからうかがい知れる。

道を歩いていると何人かのガンダルヴァとすれ違う。ペナテロはその全てと言葉を交わしていた。この村の村人同士の結びつきが強いか、ペナテロの顔が広いのかは分からないが、同時に僕たちに向けられる視線も好意的なものだった。


「あ、お父さんだー」


不意に頭上から声がし、一つの影がペナテロの前に降り立つ。


「その人たちはお客さんー?村の人じゃないねぇー」

「ああ。うちにしばらく泊めることになる。…こいつはわしの娘だ。セミラという」


セミラと呼ばれた少女は僕たちを見て会釈をする。先ほどオスカーとの話に出ていた娘とは彼女のようだ。

会釈を返して僕はセミラの観察を始める。

ベリーショートの髪は茶色をベースとし、ところどころ灰色が混じっている。目じりからこめかみにかけて走る白いラインにも目を引かれる。

ノースリーブのシャツから覗く前腕と上腕の側面に髪と同じ色の羽が生えているが、羽毛は手首までで止まっており、手の造りは人間と同じだ。

これだけでは何の鳥かは普通なら特定困難だが、僕の知識はもう答えを導き出した。


「オシドリ、だよね」

「すごーい…見ただけで分かるんだー」


セミラは僕に言い当てられ、目を少し大きくして驚いていた。


「そうだよ。アーサーは何でも知ってるんだよ」


キレネが僕の横に並び、なぜか胸を張っていた。


「あなた…えっと、ペナ、テロの娘なのよね。似てないけど」

「わしは角だが娘は翼だからな。ちなみに嫁も翼で、ハクチョウだ」


ガンダルヴァには2種類ある。角を持つ者と翼を持つ者。より具体的に表現するなら、前者はウシ科やシカ科の哺乳類。後者は鳥類。

角を持つ者同士の間に翼を持つ者が生まれることなどもあり、どのような動物の性質を持つかは生まれてくるまで分からないらしい。

ノラがペナテロの名前をうろ覚えだったことについては、ペナテロ自身が特に気にしていないようだったので、あとで僕から話しておくとしよう。


「みんなうちに来るのー?泊まるって言ってたっけー?」

「ああ。みんないいやつだからな。短い間だとしてもわしらで面倒を見てやりたいと思ってな」


ペナテロはそう言うが、ペナテロが「いいやつ」だと思っているのはオスカー一人なのではないだろうか。ちゃんと接点をもてたのはオスカーだけのはずだから。


「ふーん。…でも、うちにみんな入るー?全員で…7人」


娘からの言葉でペナテロはこの時初めて自分の家の広さに限界があることを思い出したらしく、しばらく表情を引きつらせて黙っていた。


「とりあえず家に行こう?具体的なことはそれから考えればいいしー」


セミラは軽い足取りでペナテロの背後に回り、彼の背中を押して歩き始める。

3分ほど歩いて2人はレンガ造りの家の前で立ち止まり、ペナテロは赤茶色のレンガの壁ではひときわ目を引く白木のドアを開いて中に入った。


「ちょっと待っててねー。今お父さんがお母さんに話しつけてくると思うから」


セミラは一緒に家には入らず、僕たちと一緒に外に残った。そして僕たちを観察するようにゆっくりと一人ずつ目を向けた。


「なあ、アーサー」「遊んできていいか?」


セミラに見られることで僕は少なからず緊張したりしていたのだが、双子はそうではなかったらしく、何もしていないというこの状況にしびれを切らした様子だ。いつも通りだ。


「駄目だ。もう少し待て」


しかし僕は却下する。ペナテロが戻ってくるまでここを動くわけにはいかない。


「ねえ。お2人はすんごーく似てるけど、兄弟なのー?」

「「うん」」

「やっぱりー。どっちがお兄さんなのー?」

「どっちって、何がだ?」「俺らは弟だぞ」


先に双子がきょとんとし、その反応にセミラもきょとんとし、場が膠着する。


「2人は私の弟よ。そういう意味で2人とも弟っていうこと」


それを破ったのはノラだった。そしてさらに付け加える。


「2人はママ…じゃなくて、私の母親。母親から同時に生まれてきたの。だから2人の間で兄、弟の区別はないわ」

「同時―?そんなことってあるんだ…あ、もしかしてそういう種族なのー?」

「いいえ。そういう種族じゃないわ。人間の中でもかなりまれな生まれ方をしてるわ。うちの弟たちは」


セミラは得心いったように頷き、再び双子に視線を交互に向ける。

やがて満足したのか双子から離れ、今度は僕たち全員に向かって言う。


「みんな人間なのー?」

「フッ。それは甘い見通しだな。俺はエルフ。アルフヘイムの使徒、オスカー・テンペストだ」

「あ…お、同じく……パティ…です」


パティはオスカーの陰に隠れて声を出す。


「エルフ…あ、あの森の人ー?だっけ?生で見るのは初めてだよー」


セミラは興味津々といった様子でオスカーとパティを見る。そして見られれば見られるほどパティはオスカーの背中の服を強く握る。

セミラはやがて視線をオスカーとパティから外し、顔を上げて言う。


「なんか今日はすごい日だねぇー。第1州のエルフに首都の人間と同時に会えるとか」


セミラの発言に違和感を覚えた僕だったが、しかしすぐにどうして彼女がそのような発言をしたかが分かった。彼女にとって人間は首都にしかいない存在なんだ。だから人間の僕たちを首都から来たと思っている。

セミラの勘違いはわざわざ訂正する必要のないものだった。本当のことを知られるよりはむしろそう思われていた方が都合がいい。

適当な相槌を打とうと口を開きかけたその時、ノラが先に話し始めた。


「確かに私は首都の人間だけど、普通の人間と同じじゃないわ。『超回復』で魔力を使えば使うほど強くなる、万能の魔術師よ。ちなみに私の弟たちも…」

「まじゅつ…魔じゅつ、魔術!それ…それって!魔法だよね!魔法使えるの!?」


セミラの間延びした口調が消え去り、文字通りノラの目の前まで飛んで行った。ノラの両肩を両手でがっしり鷲掴みにする。鷲よりも鷲らしい鷲掴みだった。ノラの言葉もその勢いで途切れてしまう。


「え…ええ、使えるわ。…もはや、使えない魔法は無いと言ってもいいほど使えるわ」


始めは気圧されていたように見えたノラだったが、しかし徐々にいつもの調子を取り戻し、調子に乗り出す。


「やった…すごいすごい…!」


セミラの表情がどんどん明るくなっていく。まるで欲しくて欲しくて仕方なかったものをようやく手に入れたといったような、一種の愉悦に満ちていた。


「ねー。じゃあー今度…」

「待たせて悪かったな」


セミラはノラに何かを言いかけたが、最後まで言い切らないうちにペナテロが戻って来た。ペナテロに続いて白い羽毛と髪を持つ女性も現れた。ペナテロの妻というのは彼女のことだろう。


「本当に申し訳ないんだが、うちで面倒を見られるのは4人が限界だった」

「4人、ですか」


僕、ノラ、シニステル、デキステル、オスカー、パティ、キレネから4人選ぶとなると、まず最初に候補から除外されるのは双子だ。この2人なら野宿でも大丈夫だろう。

そしてノラも魔法を駆使すれば快適な野営をできそうだ。

なんと驚いたことに3秒で答えが出てしまった


「悪いとは思ってるけど、お客さんに窮屈な思いをさせるわけにはいかないからね」


ペナテロの妻は申し訳なさそうに口を開く。


「いえ。悪いだなんてそんな。感謝してます」

「本当に悪いな。うちで受け入れきれなかった3人は知り合いの家に泊めてもらえるようにする」


どうぞお構いなく。あふれた3人は野宿でも問題ない奴らなので。

と、そう僕が言うよりも早くセミラが声を上げた。


「ラクティブさんのところがいいんじゃないー?無駄に広いしー」

「ああ!そうだな。あいつならきっと泊めてくれる」


ペナテロはポン、と手を打つ。


「わしの同僚に無駄に広い家に住んでるやつがいるんだ。そいつのところへ行こう」

「じゃあうちでは女の子たちを泊めてあげればいいよねー?独身の男のところに女の子を送り込むなんて危ないよー?お父さん」

「ああ…そう、だな。すまないオスカー。泊めてやるって言ったのに」

「構わない。彼女の判断は賢明なもの」


申し訳なさそうに眉根を寄せるペナテロにオスカーが掛けた言葉と、僕は同意見だった。セミラという年頃の女の子のいる家に、いくらペナテロが心を許しているとはいえ、見知らぬ男たちを泊めるのはよくない。


「え?お父さん、何でオスカーちゃんに謝ってるのー?4人なら女の子みんな入るでしょ?」

「いや、俺は男だ」


僕がセミラの勘違いに気付くよりも早く、オスカーが指摘する。


「え?」


セミラは視線をオスカーに固定したまま硬直する。


「兄者の、性染色体はXY…。れっきとした男の、エルフ…」


何度か語尾が消え入りそうになりながらも、オスカーの背後からパティが声を上げる。


「ご、ごめんねー。間違えちゃったー。悪気はないんだよー?」

「構わない。故郷でも同じようなことを言われた経験はある」


普段、そして今もオスカーは黒づくめで、言葉遣いからも男だと信じて疑ったことなど無かったが、顔立ちも髪の長さも女の子だったとしても不自然なところはない。まだ外見年齢が12歳という子供であるオスカーなら仕方ないこと、なのだろうか。

それともガンダルヴァの雌雄判別は人間やエルフの文化とは違うところがあるのだろうか。


「えっと、それじゃあ女の子は3人で、1人分余るってことになるのー?」

「あの!」


この時、パティが珍しく初対面の人の前で大きな声を出した。否、厳密には初対面の人たちとの間にオスカーを挟んではいたのだが。


「わ、我は左手に虚無を宿す者。無限を宿す我が兄者と物理的距離を隔てることは量子もつれを誘発し、世界を支配する大法則にに激甚な不和をきたすことになりかねない…つまり…お兄、兄者と、できれば、一緒が…いいです」


最初に流暢に話していた部分のエネルギーをどうして本題に割かなかったのかと思ったが、しかし初対面の人の前で言いたいことを言えたとはパティにしては珍しいことだ。


「お父さん。パティちゃんはこう言ってることだしー。オスカーちゃん…じゃなくてオスカー君もうちに泊めてあげていいかなー?」

「もちろん。わしは構わないぞ」

「待ってくれ。泊めてもらう立場の俺がこういうのは不遜かもしれない。しかし聞かせてくれ。セミラよ。君はいいのか?」

「いいよー」


こうして僕と双子がペナテロの同僚の家に泊めてもらい、ノラ、オスカー、パティ、キレネの4人がペナテロの家に泊めてもらうことになった。

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