第3話 狡猾の獣人⑥
「なるほど…悪いが俺は知らないな。そんな本は」
「そうですか…」
一通り本について説明をしたうえで情報提供を求めたが、王様からの回答はそれだけだった。
「妖精の園のフェアリーゴッドマザーにこの話をした時、彼女は『時間を司る本』のことを思い出したみたいなんですけど」
「時間を…ふむ。悪いな。それも知らん」
僕は内心でがっくりと肩を落とす。もしかすると実際に体の方も肩を落としていたかもしれない。
「…お時間を取らせて、申し訳ありませんでした」
もう用が済んでしまった。州の滞在時間の最短を記録したかもしれない。
「いや、待て」
かと思えば立ち去ろうとした僕を王様は引き止めた。
「俺は、知らない。そう言ったんだ」
「え?あ、はい。それは正しく伝わったつもりですけど…」
そして打ちひしがれていたところだったんだが。
「まず第一に、俺はフェアリーゴッドマザーなどと比べればかなり若い。この目で見てきたものなど取るに足りないだろう」
「それは、そうですね」
「しかしこの国、獣人帝国が見てきたものならばフェアリーゴッドマザーにも引けを取らないはず。故に待て。この宮殿の地下には歴代の王様たちの残した記録が眠っている。それらを紐解けば、俺が出せる答えよりはましな答えが出るはずだ」
「この国の記録を…そんなものを僕たちに見せてもいいんですか!?」
自分で口にしてようやく僕は王様の言ったことの重大性に気が付いた。この国の記録なんて、僕が王様なら絶対に部外者には、否、国民にだって明かしたりしない。
「ああ。…ただ、この国の情報の蓄積は膨大だ。一日二日で全て見終えることなど不可能。だから俺は待てと言った。そうだな…2週間ほど待ってもらおうか」
「情報がいただけるのであればいくらでも待たせてもらいます」
妖精の園を経由したことで信頼されているのか?王様は情報の開示をためらわないようだ。
とはいえ2週間か。それほどの期間ならば何もせずに待つよりも次の目的地、第5州の死人街に行った方がいいかもしれない。死人街は最も小さな州だから情報収集にもさほど時間を取らないはずだ。
「待っている間はこちらで身の回りの世話をしよう」
「え?ああ、いえ。それには及びませんよ」
「遠慮はするな。待ってもらうんだ。それくらいして当然だろう」
「いえいえ。本当にお構いなく。うちには魔術師もいますから多少のことなら…」
「そこを何とか。我々に面倒を見させてくれないか」
言っていること自体は「いえいえ、そう遠慮なさらずに」と変わらないことだというのに、王様の言葉からは圧力のようなものを感じる。
「アーサーさん。あまり、断るのも…無礼にあたるかと…」
パティは僕の陰に隠れ、王様の視線から逃れるようにしながら僕の袖を引っ張り、王様に聞こえるかどうかというほどの声量で進言する。
「…それもそうだな」
この時僕は悟る。王様は僕たちをもてなしたいのではなく、単に監視の意味合いでここにいろと言っているのだと。州の外に出て得体のしれないことをされるくらいならすぐ手の届くところへ置いておきたいということか。
「申し訳ありませんでした王様。お言葉に甘えさせていただこうと思います」
「それは良かった。…では、俺は早速地下へ向かい、お前たちは付近の村に向かってもらおう。受け入れてくれるところがあるはずだ」
「はい。ありがとうございます」
お礼を言って僕はあれ?と思う。てっきりこの宮殿のどこかに軟禁されるものと思っていたからだ。
しかし考えてみればこの宮殿に魔術師は入れないんだった。そのことを門番から聞いたうえでの配慮かもしれない。
鷹揚に頷いて王様は立ち上がった。
「それでは、しばしの別れだ」
そしてしなやかな身のこなしで僕の脇をすり抜け、僕の背後の扉を開け放った。どうやら押しても引いても開くタイプの扉だったようだ。
扉がかするぎりぎりの位置で待機していた門番にやるべきことを命じ、自らは颯爽と、風の如く去って行った。双子がよく巻き上げるようなのでなく、静かな部類の風だ。
「王様からの御命令により皆さんをここから一番近い村へ護送することになった。こちらの準備が整い次第すぐの出発とするが、何か不都合は?」
「いえ。特には」
「それではこちらの準備が整うまでは1階のホールでお待ちを。では失礼」
門番は僕たちに背を向け、足早に去っていった。階段は廊下をまっすぐ進んだ先にあるため僕たちはその後を追う形になる。
「この州の人は苦手です…。何だかみんな威圧的で」
門番の姿が見えなくなるとパティが呟いた。
「威圧的?…まあさっきの彼は確かにそんな印象を受けるけど、それは門番という役目上仕方ないんじゃないか?僕たちみたいな外の人間には目を光らせないといけないんだろ」
「それはそうかもしれないですけど、でもその他の方、ペナテロさんやその仲間の方は、大きくて怖いです」
「大きくて怖い…」
確かに彼らはみな筋骨たくましくて声も大きかったが、ペナテロさんに限って言えば悪い人ではないと思うんだが。
「境界で見たガンダルヴァはみんな大きい人だったけど、この州の人がみんなそうなわけじゃないだろ。現にさっきの門番はワーウルフ。種族としてのサイズは人間と同じくらいだぞ」
「そうなんですか?…でも、ワーウルフって人狼のことですよね…満月になったら襲われるんじゃ…」
一瞬明るくなったパティの表情だったが、すぐにまた影が差した。
「いや、それは大丈夫だ」
この州にいるワーウルフの名誉と、パティの心の平穏のために僕はすぐさま否定する。
「ワーウルフが満月で暴走するっていうのは全くの迷信。ヴァンパイアと混同された情報だ」
「そうなんですか…?仮にそうだとして、どうしてそんな迷信が?」
「人間に魔物を恐れるさせるための魔王の作戦じゃないか?首都が今の形になる前、ワーウルフもヴァンパイアも人間に紛れて生きてたからな。単にオオカミに変身できるっていうだけだと知り合いのワーウルフを匿ったりするかもしれない。だから満月になると理性を失うっていう危険度を付け加えて人間の魔物離れを促した。みたいな」
僕の知識をつなぎ合わせた結果生まれた、僕による作り話だが、多分かなり正解に近いと思う。
ワーウルフの生態に人間の迷信が一切反映されていないということは、ワーウルフなど魔物が人間から隔離された後にこの迷信が生まれたと考えるのが普通だ。
賢明な当時のワーウルフはあえて抗うよりは獣人帝国で気ままに生きることを選んだようだが。
「というわけだからワーウルフのことを過剰に恐れる必要はないよ。普通に僕らと一緒だ」
「それを聞いて安心しました」
パティの肩からいくらか力が抜けたように見えた。
丁度話がひと段落付いたところで目の前に階段が現れる。ホールで待っているであろうオスカーとペナテロのもとへと急ぐ。
階段を下りた先のホールでは、
「なるほど。それで最近あまり話せていないと」
「ああ。反抗期ってわけでもないし、まったく口を聞いてくれないってわけでもないんだ。嫁の話を聞く限りでは特に問題を抱えてるってわけじゃないんだろうが、これが親離れってやつなのか…」
「子とはいずれ親元を離れるもの。しかしその礎には常に親の存在がある。娘さんはきっとペナテロのことを疎んでなどいないはず」
「そうか。やっぱ…そうなのかなぁ」
オスカーがペナテロの悩み相談をしていた。
「!…マスター。戻ったか」
邪魔をするつもりはなかったのだがオスカーが僕の存在に気が付き、2人の話が途切れる。
それと同時に入り口の巨大な門が開かれる。
「準備ができた。これからお前たちを最寄りの村、カロル村へ送り届ける。車の準備はできている。不都合がなければ乗り込んでくれ」
僕たちが廊下を渡って階段を下りているうちにそこまで済んだようだ。なかなか仕事が早い。
「カロル村だと?そこはわしの住んでる村じゃないか。お前たちうちの村に来るのか?」
ペナテロはオスカーを見て尋ねたが、オスカーはその視線を流すように僕を見る。そして僕は答える。
「王様に2週間ほどこの州の中で待つように言われたので、待ってる間、宮殿に一番近い村に泊めてもらうということになりました」
「なるほど。そういうことか。なら、わしの家に来い」
「いいんですか?」
「ああ。是非来てくれ」
僕はペナテロに感謝しつつ宮殿の門をくぐり、階段を下りたところに馬車が用意されているのが見えた。否、「馬」車というのは正確ではない。けん引するためにそこに繋がれていたのは馬ではなく、標準のサイズをはるかに超えた体躯の狼だった。恐らく魔物のフェンリルだろう。
「…また大きいです」
パティがぼそりとこぼし、オスカーの陰に隠れた。丁度階段を下りている最中ということもあってか、2人の頭の高さは大体同じくらいの高さだった。
先に最後まで下りた僕は周囲を見渡す。ここでノラと待ち合わせをしていたからだ。しかしどこにもノラの姿は見えなかった。
「ノラ。見えてるか?終わったぞ」
ノラの性格から考えてじっと何もせず階段の下で待っているとは思っていなかったが、約束を反故にしてどこかに行ってしまうとも考えづらい。
「はいはい。見てたわよ」
ノラは双子とキレネと共に僕の目の前に現れる。
「2週間かかるからカロル村っていう村に泊めてもらうんでしょ」
「そうだけど…何でそれを?」
「魔法であんたと王様の話を聞いてたからに決まってるでしょ」
「お前な…」
魔術師は宮殿内に立ち入り禁止というのは、踏み入りさえしなければ何してもいいというわけじゃないと思うんだが。
しかし大きな声で突っ込んだりはしない。門番たちに聞かれたりすると問題になりかねない。
「とにかく、乗り込め」
僕はノラを追い立てるようにしながら馬車に乗り込んだ。
続いて全員が続く。ペナテロが乗った時、車輪の強度を確認したくなるほど沈んだが、問題ないようで門番は車に繋がれたフェンリルに近づいて行き先を伝えた。
「カロル村までだ」
「了解」
フェンリルが言葉で答える。
このような魔物は馬役と御者役が同時にできるという強みがある。
始めはゆっくりだったが徐々に加速を始め、リアカーに屋根代わりの布をかけただけの車の内部には風が吹き込み始める。
今の気温では風通しがいい。という印象だが、冬はどうなるのだろうか。このままだと絶対寒いはずだ。
そんなことを考えているうちにフェンリルはぐんぐん加速し、双子といい勝負をするくらいの速さにまで到達した。
「すごいな…」
布の隙間から見える外の景色の流れる速度から、双子が普段どんな速度で移動しているのかを身をもって知り、つい僕の口からそんな言葉が出た。




