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第3話 狡猾の獣人⑤

やっと落ち着いたペナテロに僕がまずしたことは謝罪だった。


「すみませんでした。何の断りもなく急に転送してしまって」


何の断りもなく急に転送したのは僕ではなくノラだったのだが、しかし代わりに謝るのは僕だ。ノラは悪いとは思っているようだがそれを素直に謝罪として言葉にできるたちではない。


「いや、気にするな。と、言いたいところだが、さすがにあんな魔法をかけるなら事前に言って欲しかった…。うん。いや、まあ次からは気を付けてくれればいいんだが」


ひとしきりパニックを起こした後だからか、ペナテロの声は低く、落ち着いたというよりもげんなりしたという風だった。


「よし。もう大丈夫だ。行くぞ」


ペナテロは立ち上がり、目の前の階段に足をかける。この階段を上り切った先に宮殿の入り口があるようだ。

僕もピカピカに磨かれた大理石の階段に足をかける。僕の靴は泥まみれというわけではないし、目で見て分かるような汚れが付いているわけではないのだが、それでも土足で踏みつけるのが躊躇われるほどにピカピカだった。間近まで寄れば自分の顔を反射しそうなくらい。

その階段を上り終えると目の前には巨大な門。その両脇には3人ずつ、計6名の門番がいた。中央の2人は普通の人間のように見えたが、残りの4人は細いフォルムに頭には2本のまっすぐな角持ったガゼルのガンダルヴァだった。それぞれ右手に身の丈を少し超えるくらいの槍、左手に体を全て隠せるほどの大きさの盾を持っている。


「そこで止まれ。匂いを」


向かって右から3番目の門番が短く命じ、槍で床を3度撃った。

それを合図にペナテロは両の手の平を門番たちに見えるように自分のお腹の前あたりに揃えて出し、僕たちに振り返って口を開く。


「わしと同じようにするんだ」


僕は頷き、ペナテロの隣に立ってそのようにする。残りのものも従って同じようにする。

それを見届けると中央の2人の門番が頷き、ゆっくりとこちらに歩み寄る。

一歩、また一歩と近づいてくるにつれ、彼らの顔に変化が現れた。鼻と口が前へ突き出、上唇と鼻が一体となる。顔を体毛が覆い始め、毛皮と呼べるほどになり、口からは鋭い牙が時折覗く。槍と盾を持つ手も毛皮に覆われ、完全に獣のものとなった。

ワーウルフか。と僕は心中で呟く。理性があると知っていても、目の前に突然オオカミという肉食獣が現れると本能が警鐘を鳴らし始める。

仲間の様子を伺うと、ノラはいつも通りの澄ましたようなふてぶてしい顔で構え、双子とキレネは初めて見る魔物に興味津々で自分に近い方のワーウルフの顔をしげしげと見つめている。オスカーは不敵な笑みを浮かべていた。その隣でパティも不敵な笑みを浮かべようとして少し引きつっていた。

ワーウルフたちはそんな中淡々と仕事をこなしていた。一人一人の手の匂いを嗅ぎ、身なりを注意深く観察する。やがて全員の匂いを嗅ぎ終わり、僕たちと3歩ほど間をおいて口を開いた。


「不審物はなかった。が、そこのお前、魔法使いだな?」


人間の姿に戻りながら鋭い視線でノラを睨みつける。


「魔術師よ。何か問題でもある?」


止めておけと言いたくなるほどふてぶてしくノラは返す。

そんなノラの反応に眉一つ動かさずワーウルフは説明をする。


「この宮殿には魔法を使う者は入れない。そういう決まりだ」

「そう。別に私は構わないけど…アーサー。あんたはそれでいいの?」

「え?そりゃあ、決まりなら仕方ないだろ」

「分かったわ。じゃあ私は待ってるから、早く済ませてね」

「いや、ちょっと待て!」


あることを思い出し、姿を消そうとするノラを僕は制止した。


「何よ?」


怪訝そうにノラは問いかける。


「行くなら双子とキレネも一緒に連れて行ってくれ」

「え!?何でだよ」「俺らはいいだろ」

「何で私もなの…?」


素晴らしい速度で反応が返ってきた。


「シニステルとデキステル。中には王様がいるんだ。たとえ珍しいものがあったとしても走っちゃ駄目だし、中でみだりに大声を出すのも駄目だ。王様の前では礼儀に気を付けた言葉遣い、行動を心掛けないといけない。できるか?」

「「無理だな」」


双子は納得したというように頷いた。キレネはまだ不満げに僕を見つめている。


「じゃあ私は?私は何で駄目なの」


発せられた声は怒気がはらんでいるような気さえした。


「私はちゃんと礼儀とかできるよ」

「本当か?」

「要は、アーサーの真似をすればいいんだよね」


そうだと言えばそうなんだが、根本的には間違ってる気がするし、僕が間違えると芋づる式にキレネも間違えるというリスクがある。


「できるよ。私アーサーのこと、ちゃんと見てるし」

「そうだとしても、君はいまだに正体が分からない。王様に君のことを聞かれたら僕は何て説明すればいいんだ?『最近拾った女の子です。正体は分かりません』って言ったら隠し事してるんじゃないかと怪しまれるだろ」

「それは…そうかもしれないけど…」


キレネは諦めたように肩を落としたが、やがてめげずに口を開いて言う。


「何かおいしいもの出されたらちゃんと持って帰ってきてね」

「…善処するよ」


王様にいただいたお菓子を持って帰るとかいう卑しいことが本当にできるかどうかは分からなかったが、とりあえずキレネを納得させるためにそう言っておくことにした。

それを聞いて納得したのか、キレネはノラの後ろまで歩いていく。


「じゃあ、私たちは階段を降りたところで待ってるわ。終わったら下りてきて」


ノラはそう言って自分と共に、キレネ、双子の姿を転送魔法で消し去る。


「よろしいかな?」

「あ、はい。お待たせしました」


門番は頷くと踵を返し、ガゼルのガンダルヴァ達に命じて左右スライド式の門を幅にして2メートルほど開き、僕らを中へ導きいれた。

門の内と外は別世界と言えるほど違っていた。これまで大理石だった床が一転、金糸がふんだんに使われた高級そうな絨毯の敷かれた空間に変わる。絨毯は部屋の隅まできっちり敷かれており、部屋に合わせて絨毯を作ったのか、絨毯に合わせて部屋を作ったのかという疑問を僕の頭に生じさせるほどだった。


「それでは用件を聞こう」


来客用の長椅子に僕たちを腰かけさせ、門をくぐってから終始無言だった門番は口を開いた。


「王様にお話があります。妖精の園のフェアリーゴッドマザーから」


僕は王様に渡すように言われて預かった方の書状を取り出す。


「預かろう」


ワーウルフは右手の槍を左手に持ち替え、空いた右手をこちらに差し出す。

僕は少し考えてから手を引っ込め代わりに口を開く。


「ペナテロさん。さっき僕が渡した書状、まだ持ってますよね。彼に渡してもらえますか?」

「ああ。分かった」


ペナテロはポケットに入れていた書状を取り出し、ワーウルフの差し出した右手に持たせる。ワーウルフは書状に目を通し、頷いた。


「事情は把握した。間違いなく王様の元へと届けると約束しよう。少し待たれたい」


そう宣言し、門番は僕たちに背を向けて部屋の奥まで進み、そこにある階段に足をかけ、ゆっくりと、しかしきびきびとそれを上っていった。

門番の姿が見えなくなると緊張の糸が切れたようにパティは息を吐く。


「さすがは王の住まう宮殿。空気の重さが尋常ではないな」


オスカーは言葉を吐く。


「ああ、わけもなく叫びそうになった」


ペナテロは自分を落ち着けるように鼻を上に向け、口で大きく深呼吸を繰り返した。

ペナテロが落ち着かないうちに門番が階段を下りて戻って来た。

不幸なことにというべきか、階段も絨毯と同じような材質のもので覆われており、その上を誰かが移動しても大きな音が出ない。だからまだ落ち着いていなかったペナテロは突如視界に現れた門番にびくりと身をこわばらせる。


「王様が直接話を聞いてくださるとのことだ。こちらへ」


門番は僕たち4人に上の階まで同行するように促したが、ペナテロの様子を見て僕は思った。このまま王様の前まで同行させて大丈夫だろうか、と。


「あの、行くのは僕と彼女だけでいいでしょうか」


僕はパティを見ながら門番に問う。


「2人はここに残るということか?別に構わないとは思うが」


ペナテロを王様の前に連れて行くのはどう考えても得策ではない。かといってここに独り残すのも可哀そうなので誰かを残したい。その場合、人見知りをするパティと残して2人でパニックに落ちると地獄だ。だからオスカーに残ってもらうことにした。


「オスカー。悪いけど…」

「ああ。分かっているさ。ここは俺に任せろ」


オスカーは右手で顔の半分を覆ういつものポーズを決める。

僕の意図がちゃんと伝わったかどうかは定かでないが、オスカーは意外と、具体的に言うとノラよりも、しっかりしている。だからもし意図が伝わってなかったとしてもそこまで悪いことにはならないだろう。


「それじゃあパティ。行くぞ」

「…御意」


僕たちは先立つ門番の後を彼の歩調に合わせてついて行く。まっすぐに伸びる廊下も1階同様に絨毯で覆われていた。


「私たちだけで来てよかったのでしょうか…」


パティが僕の隣でぼそりと尋ねる。


「まあ、こうするほかないからな…」


それに対して僕もぼそりと答える。

この状況が仕方ないというのは事実だが、しかし僕一人で行くよりかはパティがいた方がずっと心強い。腕力は僕と変わらないとしても五感はエルフのものだ。危機察知能力は僕の比ではないはず。

歩き続けてようやく僕たちは廊下の終着点、大きな両開きのドアの前にたどり着く。

硬く閉ざされたドアの表面を門番は3度ノックし、お連れしました。と中にいるであろう王様に告げる。

一拍置いて中から、入りなさい。との声が響く。門番はおもむろにドアノブを捻り、右側のドアを開いて僕たちを中に招き入れた。

そこは王室というよりは書斎と言った方が適切なように思えるきらびやかさに欠ける部屋だった。王様の腰かけている椅子も玉座らしからぬアンティークっぽいアームチェアだった。


「よく来た。俺に話が…聞きたいことがあるそうだな」


王様はもみあげと繋がる立派な灰色の顎髭をたくわえていた。左手をアームチェアの肘置きと水平になるようにし、右手でそのひげを撫でている。

その両手はごく普通の人間のもの。頭に角もない。ガンダルヴァではないようだ。


「あ、はい」

「言ってみろ。答えられる範囲で、答えて見せよう」

「ありがとうございます」


お礼を言ってから気が付いたが、王様にまんまと予防線を張られた。不都合なことは伏せられるということになる。

いや、事前にその可能性を示唆されるだけましというものか。

後ろでカチャリと音が鳴った。そんな小さな音にも驚いた僕は振り返るが、何もなかった。否、何もないことが変化だった。ここまで僕たちを案内してくれた門番は部屋の外で待機しているようだ。

僕は意を決して話し始める。


「まず、僕たちがどうしてここに来たかと言いますと…」

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