第3話 狡猾の獣人①
熱された鉄板の上、香ばしい匂いを周囲に振りまきながら新鮮な生肉が徐々に赤から焦げ茶色に変わる。
ここは第4州妖精の園の一角、キング・ジンの根城たるサラマンダーの森の中心部。日は完全に落ちたが枝には無数のランタンが掛けられているため、昼と同じくらいの視界は確保できている。
計画通りならば僕たちは今頃この州の隣、第3州の獣人帝国にいるはずだったのだが、ウンディーネの内輪揉めを仲裁しに行ったことで計画に1日の遅れが生じた。
この州は獣人帝国と貿易をしている。この国の木の実や蜂蜜と、獣人帝国の肉やミルクが交換されている。木の実や蜂蜜はまだしも、肉やミルクは腐りやすいので一度に大量を仕入れることはしておらず、交換は毎日行われているのだという。だから僕はその貿易のどさくさに紛れて向こうの州に入れてもらうという算段だったのだが、ニクサとニムエの口論が泥沼になり、結局貿易の時間に間に合わなかったため、毒を食らわば皿までと彼らの話し合いに最後まで付き合ってやったのだ。
結果として丸く収まったとはさすがに言えないが、しかしニクサと他のウンディーネたちは別居し、実質的な仕事はニムエ率いる残留ウンディーネが引き受けることになり、ニクサの「キング」は称号だけのものとなった。
とっぷり日が暮れ、精神的な疲労に困憊していた折、突如僕たちの前に現れたのはサラマンダーの代表、キング・ジン。彼は僕たち一行を「焼き肉パーティー」なるものに招待し、今に至るというわけだ。
「さあ焼けてきたぜ!焦げないうちに取って食っちまえ!そらそら!そっちも焼けてるぞ!」
鍋奉行という言葉があるなら彼、キング・ジンは鉄板王と呼ぶべきか。
声を張り上げているのは肉が焼けるときに出るジュージューという音にかき消されないためとも、元々これくらいの声だったとも考えられた。
僕がトングを伸ばすよりも早く、僕の取り皿にいい具合に焼き色のついた肉が2枚、目にもとまらぬ速さで飛び込んできた。
右手のトングをフォークに持ち替える。
「遠慮せずに食っていけよ!肉は腐るほど、いや!腐りかけるほどあるんだからな!」
フォークを肉の中ほどに突き立てると穿たれた穴からは肉汁がにじみ出てきた。肉のうまみが流れてはもったいないとこぼさないようにしながら口の中に収める。肉は丁度いいサイズにカットされて一口で頬張れた。
肉汁が運ぶ肉のうまみと共に僕の舌の上で踊るのは、あらかじめ肉が漬け込まれていた、たれの味だ。
「さあ!肉を食ったら野菜も食えよ!適度に野菜を食うことで、飽きずにいつまでも肉が食い続けられるってもんだぜ!」
まだ1枚肉が残っている取り皿に焦げ目のついたピーマンと火が通りしなびたキャベツが投入される。
確かにこうして適宜野菜を摂取すれば肉の味に飽きることはないだろうが、それでもいつまでもは食べられまい。胃袋は有限のだから。
しかしそんな突っ込みは僕を含めこの場の誰もしない。みな口はものを食べることに使っているからだ。
そういえば肉を焼き始めてからずっとジンは叫び続けている。物を食べているようなモゴモゴした音が聞こえない辺り食え食えと言っているジン本人が食べていないように思えたが、しかし彼は叫ぶ合間に肉を口に放り込み、ちゃんと食べていた。息継ぎ感覚で肉を食らうとはさすがサラマンダーの王。
いや、王は関係ないか。
なんて考えていると僕のフォークのペースは落ち、気が付けば取り皿には湯気を上げる肉が積み重なっていた。それも肉肉野菜、肉肉野菜と規則正しく。
肉は次々と焼きあがっていくが、胃袋に溜まっていく肉は徐々に僕たちのペースを落としていく。開始30分で僕はすっかりお腹いっぱいになってしまう。最後にデザート代わりの焼いたサツマイモの輪切りをいただく。
「何だこのサツマイモ。果物みたいに甘いぞ」
「本当?私にもちょうだい」
キレネは言って口を開ける。
そこに生えそろった歯の並びの良さに感心しながら、熱いぞ、と忠告してから口に一切れ入れてやる。
「もぐ。もご。ん。んんん。んんん」
口を一切開かずに発せられた声だったので何を言ってるかは分からなかったが、どんなことを言ってるかは察しがついた。気に入ったようだ。
「知ってるか?サツマイモはヒルガオ科の植物なんだぞ」
「ごくん。…へー。そうなんだ。…ヒルガオって何?」
「えっと…花の一種なんだけど、知らないキレネにはいまいちだったか」
「知ってても大した雑学じゃないわよ。リンゴがバラなんだから驚くことじゃないわ」
ノラは横やりを入れながら自分もサツマイモにかじりついた。
しばらくして双子とキレネを除く全員がフォークを置いた。
「どうしたお前ら!もういいのか!?」
「…はい。もうお腹いっぱいです」
「私も」
「既に時と腹は満ちた」
「今こそごちそうさまの時」
ジンは。分かった。と言って手を止めた。「俺っちの肉が食えねえってのか!?」とか言われるかもしれないという懸念は杞憂にすぎなかった。彼、キング・ジンは、熱くても暑苦しくはないようだ。
ジンは視線を僕たちから横にずらして口を開く。
「お前たちはまだ食えるんだな?」
「「うん」」
「はい」
双子とキレネはフォークを構えていた。相変わらずよく食べる。
ジン本人は3人の食欲に嬉しそうに口角を吊り上げているので、遠慮するように注意したりはしない。
ジンの部下のサラマンダーが湯飲みに入ったお茶をお盆に乗せて持ってきた。鱗に覆われた手で以ってそれを僕たちの前に並べていく。
何でもないように持っていたので湯飲みは普通に持てるものと思っていたのに、いざ触れてみると思ったより熱く、驚いて落としてしまいそうになった。肉を食べているうちにサラマンダーという妖精が熱に強いということを忘れてしまっていた。
ふーふーと熱いお茶を覚ましているとお茶を一口すすってオスカーが口を開く。
「前に来た時にも出されたが、このお茶は不思議な風味がする…まさか!エリクサーか?」
「何!?兄者よ。まさかこれがあの…?」」
兄妹の楽しそうなやり取りに突っ込みという横槍を入れるべきかどうか迷ったが、どうも突っ込まないとおさまりが悪い気がしたので意を決して言葉を紡ぎ出す。
「エリクサーなわけがないだろ。僕たち全員不老不死になるじゃないか」
「え?」
「え?」
オスカーとパティはきょとんとした顔をする。どうして迷った時点で突っ込みを断念しなかったんだと数秒前の自分を責める。
「…ごめん。せっかくの兄妹の楽しい会話に割って入って」
「あ、いや!…エリクサーが不老不死の薬だとは知らなかったもので…」
「私も兄者もあれは万能治療薬と思っていたもので…」
「ああ、そうだったのか…」
頭の中の知識からエリクサーの情報を引き出す。そして念入りに調べていくと確かに万能治療薬という伝承も見つかる。
「どうやら2人の故郷ではそういう風な伝承が一般的なみたいだな」
そもそもエリクサーというのは伝説上の薬で存在が確認されたという情報は僕の知識にはない。つまり公には知られていないということになる。認識に齟齬が出るのも不思議じゃない。
「良かったわねアーサー。2人の会話が止まったのがあんたの発言のせいじゃなくて」
湯飲みを両手の間に挟みながら、僕の心を見透かしたようにノラは言う。
「そう言うノラはさっきの2人の会話に丁度いい突っ込みを入れられたって言うのか?」
「いいえ。私は突っ込みなんてしないわ。それが正解だと思っているから」
この流れにおいては最適解とも言える発言だった。
「まあ、それが一番無難と言えば無難だな」
実際に先ほど失敗している僕はあまり強く出られない。
「でも会話は弾まないだろうけどな」
せいぜい最後に小さくこう付け加えるくらいのことしかできない。
「会話は弾むでしょ」
何とノラは僕のささやかな、もはやさわやかとも言えるほどささやかな抵抗に反論を返す。
「どういうことだ?」
「お茶よ。2人はお茶が不思議な味って言ってたでしょ?」
そこまで聞いてノラの言わんとしていることを僕は理解した。一を聞いて十を知るとはこのことだろうか。いや、もう七くらいまで聞いてしまった気もする。
「そうだったな。…このお茶に使われてる茶葉はこの州のこの地域でしか栽培されていないんだ。だから今までに味わったことがない味なんだろ」
「なるほど、さすがはマスター。何でもお見通しというわけだな」
オスカーが笑みを浮かべながらそう言う。今気付いたが僕の呼び名が「マスター」に代わっていた。そしてもう一つ気が付いたのは、彼は明らかに僕からの返答を期待している表情をしているということ。
期待されては仕方ないので僕は多少のやりづらさを感じながらも口を開く。
「まさか、何でも知ってるけど、お見通しなんてことはないよ」
「ククッ。さすがはマスター」
「我ら漆黒兄妹をしもべとするだけのことはある」
僕の吐き出したセリフにオスカーとパティは「過剰に」といって過言でないほどの反応を示す。別に僕はこれを自らの持ちネタにした覚えはないのだが。
それにしても漆黒兄妹という呼び名、どうも今の彼らのことをうまく言い表している感じがして感心してしまった。
オスカーとパティは妖精の園領域内に生息するコケの一種、フェアリーカーペットの放出する胞子が体質に合わならしく、呼吸器系に入ると花粉症と同じ症状を引き起こす。彼ら曰く「催涙ガス」らしいが、僕に言わせればそんな大層なものではない。
装着してるヘルメットには空気清浄シールドなるものが機能しており、食事をしている間はバイザーの部分を開いてもコケの粒子が内部に侵入せず、アレルギー症状が抑えられるのだという。
食事を終えた今、彼らは再びヘルメットのバイザーを下ろしている。これで体格以外で彼らを見分ける術がなくなった。
「このお茶ってここでしか飲めないものなの?」
キレネの声が聞こえたと思って声の聞こえてきた方を見ると、今しがた食事を終えた様子でキレネは口元をナプキンで拭っていた。
「たくさん食べてもうお腹いっぱい」
僕が「もう満足したのか?」と聞く前にキレネはそう口にし、自分の前に置かれた湯飲みを掴んで中の茶をすする。
「あーこら2人とも。袖で拭いちゃ駄目っていつも言ってるでしょ」
ノラが声を上げたので何事かとそちらの方へ目をやると、袖で口を拭っている双子の姿が目に入った。ノラは右の人差し指を立てる。するとその指から灰色の魚が2匹現れ、双子の汚れた袖まで空中を泳いでいき、目的地まで泳いでいくと吸い込まれるように魚は消え失せ、直後に汚れは跡形もなく消え失せた。
「今のは新しい魔法か?」
「ええ。洗濯魔法・術式白魚」
「術式?」
今までノラの繰り出す魔法は必ず「何とか魔法」のような名称で、術式などが明言されていなかった。初めて聞く言葉に僕は違和感を覚える。
「ええ。さっき思いついた魔法の使い方のことよ」
「ああ。あの魔力を直接魔法の形にするっていう…ん?さっきって言うか、それを編み出したのって今日だったよな?」
「そうよ。『さっき』で間違いないでしょ?」
その通りなんだが、全く新しい概念と言えるほど従来と違う魔法をものの数時間で習得するとは。さすがノラだ。
「それで、どのくらい使いこなせるようになったんだ?もう戦闘に…」
「あ、あの…!」
パティが突然席から立ち上がる。
「えっと…く、ククッ。落ち着いて。どうか落ち着いて聞いてほしいのだ」
本人が一番そわそわしているように見えたが、パティがそう言うのでそのようにすることにする。
「波斗原から返信が来たようです」




