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第3話 狡猾の獣人②

ジンにはもっとゆっくりしていけばいいと言われたが、しかし僕はそれを丁重に断って城に帰還した。


「パティ!波斗原からの返信はどこだ?」

「私の部屋…聖域ゾーンだ。すぐに取って来ま…」

「いや、それじゃ遅い。ノラ!」

「分かってる。飛ぶわよ」


ノラは瞬時に僕たち全員をパティの研究スペースへと転送する。

狙ってか偶然か、丁度僕の目の前に「亡国への翼」があった。返信によって送られたものはこの中に入っているはずだ。


「パティ。これはもう開けてもいいのか?」


はやる気持ちを抑え、僕は慎重に問いかける。開けるのに手順がいるようなものなら不用意には開けられない。


「その箱の中身は観測による現象の確定が急務。今すぐ解き放つべき」


パティからの了承を得て僕は「亡国への翼」の観音開きの扉を開く。中にあったのはたった一つの封筒だった。


「え?まさかこれだけなの?」


僕ではなくノラが声を上げた。潮離の料理を期待していた僕も同じことを思っていた。しかしまず転送の成功を喜ぶべきだろうと考えて水を差すようなことは言わないでおこうと思って黙っていたのだ。


「とにかく開けてみるぞ」


僕は封筒の上の部分を破り、中から三つ折りになった紙を取り出す。開いてみるとそこには縦書きで文章が書かれていた。


「手紙だな…。拝啓、日ごとに春めく今日この頃、先生、ノラちゃん、双子ちゃん、オスカー君、パティちゃんに於かれましては私の料理を恋しがってる頃と存じます。…自分で言うなと言いたいところだが全く持ってその通りだな」


分かっているなら今すぐ料理を送ってくれればいいのに、と思いながらも僕は続きを音読する。


「波斗原の者は皆元気です。城下町では物の怪たちが先生が予想していたよりも早く人間達と馴染みつつあります。私たちはオスカー君とパティちゃんが明けた穴を埋めるべくエレツ外交官のふりをし続けていますが、もう慣れました。寝ながらでもできます。いえ、もちろん冗談です。

さて、本来であればこの手紙と共に私の料理をお届けするべきと存じますが、この亡国の翼なる装置で料理を転送するにあたって、どういった料理が不適当なのかということを仔細に確認してからでなければ私の料理が一番おいしい状態で送れないのではないかと慎瑞が心配したためこのような形を取らせていただきました。

私は一刻も早く料理を食べさせてあげたいと言ったのです。でも慎瑞が駄目だと言ったので延期しました。文句なら慎瑞に言ってください。

つきましては、お手数とは存じますがこの手紙の返信にて装置の特徴、諸注意を仔細に明記していただけるとありがたく存じます。

かしこ


潮離

文責、恵寺原慎瑞

…だと思ったよ。内容は完全に潮離なのに字が完全に慎瑞だし、あまりに言葉遣いがしっかりしすぎてる」


尻に敷かれているのだろうか。読み終わって僕は手紙を顔の前から下ろす。


「ん?あ、裏にも何か書いてる」


再び三つ折りにした時にそのことに気が付く。


「なになに…

追伸

シニステル殿とデキステル殿は掃除に励んでいらっしゃるだろうか。塵も積もれば山となるという。兄上の城に塵の山が築かれていないことを祈る。

恵寺原慎瑞

だって。シニステル、デキステル」


僕たちと一緒に転送されてきていたシニステルとデキステルが同時に目を泳がせる。その反応だけで彼らが掃除をさぼっていたことは明白なのだが、申し開きが始まったので黙って聞くことにした。


「別に慎瑞との」「約束を忘れた」「わけじゃねえんだ」「ついこの前まで」「ちゃんと」「やってたんだよ」「箒だってちゃんと」「どこにあるか」「知ってるし」「乾拭きと水拭きの」「使い分け方も」「覚えてるし」「最近忙しかったから」「城にいなかっただけで」


もはやどの言葉をどっちが言っているかさえ分からないくらい勢いよく、2人の口から言葉が流れ出す。


「はいはい。2人とも言い訳はもういいわ。やってなかったんでしょ?」


まさに鶴の一声。ノラの放った一言に双子の言葉は止まる。


「今からでもいいから掃除してきなさい」

「「分かった」」

「いや、待て!」


肩を落として走り去ろうとする双子を僕はぎりぎりで引き留める。


「どうしたのよ?」


ノラは怪訝な目を僕に向ける。それに促されて僕は続きを口にする。


「今思い出したんだが、この城を妖精の園に隠してもらうんだ。その時にフェアリーグラマーを使うから外に出てないといけないんだ」

「なるほど。そうね。確かに圧縮中に中に生物がいるのは危険だわ」

「そうなんで…そうなのか?」


今度はパティが怪訝な表情をする。何か納得がいってない様子だ。


「そうよ。空間をいじる魔法は体に良くないのよ」

「では転送魔法はどうなのだ?」

「あれは特別よ。対象の空間を固定したまま位置だけを変える魔法。私は便利だからよく使うけど、普通の人なら1日に2,3回使えるかどうかっていうかなり魔力を消費する魔法なのよ」


ノラの口角が上がってきた。そろそろ止めないとまずいと悟った僕は横から口を挟む。


「魔法の説明はその辺にして、首都の人間に見られたんじゃ元も子もないからみんなで急いで外に出るぞ」

「なら私も潮離さんへの返事は外で書くのがよいな?」

「そうなるな。頼んだぞ」

「ああそれと、『亡国への翼』は現時刻をもって正常な動作を確認できた。よって、かの道具はしもべに昇格し、真名を与える。『ピジョンボックス』と」

「ピジョン?」


ビジョンと言ったのを聞き間違えたのだろうかと僕はまず自分の耳を疑う。


「いかにも。ピジョン」


しかしパティからの力強い肯定からそうでないことを知る。ピジョンとはハトを意味するが、ならば伝書鳩をイメージした命名ということか。


「ノラ。僕たちみんなをマザーのところまで転送してくれ」

「ええ」


転送された先ではフェアリーゴッドマザーは膝の上にアニーを載せて絵本を読んであげていた。

突如現れた僕たちに驚いた様子もなく顔を上げる。


「お城を隠す準備ができたのかしら?」

「あ、はい。そうです」

「何か手伝うことがあるなら手伝うわよ」

「ありがとうノラ。じゃあお城を私たちの上に持ってきてくれる?」


フェアリーゴッドマザーが言い終わった直後、頭上に今まで僕たちがいた城が現れた。


「早いのね」


今度はフェアリーゴッドマザーも驚いたようだった。しかしそれも一瞬で、アニーに少し待つように言ってから彼女を膝の上から降ろし、立ち上がる。


「それじゃあ始めるわ。変形させて隠すのだけど、何か変形後の姿に希望はある?」

「いや。特には…。あるとすれば目立ちにくいものかな」

「分かったわ。じゃあこれにしましょう」


フェアリーゴッドマザーは杖を取り出し、それを一振りする。

杖の先端から水色の光の粒がこぼれたかと思うと、その光が広場の中央に屹立していた巨木を覆い、一つの木製の椅子に変形させた。


「あなた達のお城はさっきまでここにあった木の形に変形させるわ」

「なるほど…。でも、いいんですか?」

「ええ。その方がばれにくいでしょうし。そのままにしておくよりもあの形で置いておいた方がずっといいわ。あの子が大きくなったら座れるように」


彼女の視線の先にはアニーがいた。アニーはその視線には気付かず、絵本に目を落としている。


「さあ。始めましょうか」


フェアリーゴッドマザーは視線を上に向け、浮かんでいる城を見据えた。


「ねえマザー。見ててもいいかしら?必要なら手伝うわ」

「見たいなら見ていてもいいけど、きっと面白いものではないと思うわ」

「そんなことないわよ。私は内部を変えずに外部を変形させる魔法は使えるけど、そこに長時間生物がいるのは危険なの。あなたのはそうじゃないらしいから、学べることはあるはずよ」

「それはここの環境のお陰でもあるのだけど、いいわ。好きなだけ見てなさい」


ちょっと聞いただけだとノラが謙虚にも他人から何かを学び取ろうとしている、という風に思えるが、しかしその根底には「マザーにできるんなら、やり方さえわかれば私にもできるに決まってるじゃない」という思いがあるということを、僕は知っている。

フェアリーゴッドマザーの魔法は何の前触れもなく始まる。彼女の杖の先から光の粒が城目がけて飛んでいき、下の方から徐々に覆われていく。

変形が始まったのは光が城全体を覆ってからだった。城の表面が一部の隙間もなく光で覆われると、まるで溶けた飴のように城は形を変え、徐々に木の形を取っていく。

変形自体はわずかな時間。秒針が一周もしないうちに起こった出来事だった。しかしこの短い間にノラは何かを学び取ったらしく、何事かを呟きながらしきりに頷ていた。僕には「なるほど」という言葉とその他いくつかの魔術的専門用語しか聞こえなかったが。

マザーによってどこからどう見ても木にしか見えなくなった僕らの城はゆっくりと下降し、先ほどまで本物の方の気が立っていた場所に下ろされた。


「入り口はこの穴よ」


フェアリーゴッドマザーは木の側面に空いたこぶしほどの大きさのうろを指差す。


「あの穴に体の一部を入れると中に吸い込まれるわ。くれぐれもあの入り口から入ってね。転送魔法で飛ぶのは危険だから」

「それは普通の転送魔法を使った場合の話でしょ?」


私の魔法なら大丈夫とばかりにノラはフェアリーゴッドマザーの忠告に口を挟む。


「そうだけど…気を付けるのよ。失敗すると体がバラバラになったり変な大きさになったりして大変だから」

「ええ。それは分かっているつもりだわ。それを回避するような術式を組み立てる。…完成したらアーサー。あんたで安全かどうか実験するから協力してね」

「いや、何で僕が実験体にならないといけないんだ」

「あんたは私たちの代表でしょう。何のための代表だと思っているの?」


何のための代表だ、というのはそのまま返したい質問だった。少なくとも実験体になるためではないというのが僕の意見なのだが。


「安心しなさい。私は万能の魔術師。仮に失敗したとしてもちゃんとリカバーはできるわ」

「万能ならそもそも失敗しないでくれ」


パラドックスというやつだろうか。あるいはただの大言壮語か。


「マスター。俺達はもう中に戻っていていいか?明日獣人帝国に発つなら今日のうちに装備を揃えておきたい」


オスカーの言葉に僕はやるべきことを思い出す。


「そうだった。じゃあ各自明日の準備をするとして、マザー。獣人帝国に入る方法について打ち合わせるべきことがあるなら今しておきたいんだけど」

「そうね。特に難しいことはないけど、口裏は合わせておいてもらわないといけないし」


空には月が昇り、気付けばアニーは絵本を両手で持ったままこくりこくりと舟をこいでいた。

すっかり夜は更けていたようだ。

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