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第2話 萌芽の妖精㉔

「謝らないわよ」


ノラは首を廻らせて僕に見、言い放った。


「何のことだ?」

「本のこと。これでティターニアの持ってる情報は永遠に引き出せなくなったわ」

「ああ、まあ、仕方ないさ。…僕に謝るくらいなら、マザーの方に謝った方がいいんじゃないのか?」

「そうして?彼女はティターニアを諦めることを選んだのに」

「それは彼女の本心だったのかな」


フェアリーゴッドマザーは生まれたばかりの子を抱き上げ、我が子のようにそれを抱きしめ慈しむ。そこに悲しみは見いだせない。

しかし、知ってる風な口を叩く僕だが逆に質問を返されれば答えに窮する。彼女の本心なんて僕は知らないし、何も見えていない僕にはその片鱗さえ推し量ることは困難だ。


「まあ、彼女は嘘が得意みたいだから、言葉を鵜呑みにはできないわ」

「嘘が得意っていうのは人聞きが悪くいだろ」

「事実でしょ?」


そうなのだろうか。彼女の言葉によって騙されたという意味では確かに「得意」という評価は不自然でないのかもしれないが、しかし彼女が州の民に対してついていた、つき続けていた嘘は民を思ってのことだし、ノラへの嘘もそれの延長にあるという意味では糾弾するのも気が引ける。

僕に言わせてみれば、嘘には違いないが嘘としては落第。といったところだろうか。


「アーサー。あんたは知らないの?」


ノラは僕を見下ろすように、あるいは見得を切るようにして続けた。


「言ったことが嘘かどうかを決めるのは言った人間でも、何でもお見通しの審判でもないわ。聞いた人間が嘘だと思ったら、それは嘘なのよ」

「ああ、そうか」


言われてみればなるほどと思ってしまう言葉だった。

ということはフェアリーゴッドマザーが嘘つきかどうかという議論は根本的に意味をなさないことだ。この話はここで終わりとしよう。


「あ。よく考えたらみんなを置き去りにしたままじゃないか」

「そうだったわね…もう魔法も使わせてくれそうだし、私が行ってくるわ。すぐ戻る」

「分かった。僕はマザーともう少し話すから…」

「ええ分かってる。みんなを城に戻してからまた戻ってくるわ」


以心伝心というやつだろうか。ノラは僕が言おうとしていたことの続きを口にし、転送魔法で僕の目の前から消えた。

僕がフェアリーゴッドマザーに目を向けると彼女と目が合う。ノラが魔法を使ったのに気が付いて振り返ったようだった。

僕と目が合ったフェアリーゴッドマザーは目を細め、こちらに体を向ける。その両腕には例のティターニアから生まれた子が抱かれていた。


「この子の名前は、アニーとすることにしたわ」


フェアリーゴッドマザーは僕に歩み寄りながらそう口にする。


「アニーですか。いい名前ですね」


社交辞令ではなく本心から僕はそう言う。恩恵を意味する言葉から派生した名前だ。ティターニアの半身から天恵のように生まれた彼女にぴったりの名前と言える。

そのアニーはというと、フェアリーゴッドマザーの腕の中で身をよじり、


「ずらばってん?」


何かしっくりこないといった風に首を傾げ、僕を指差しながらそう呟く。

首をひねりたいのは僕も同じだった。


「いいえ。彼はアーサーよ」

「アーサー!」


どうやらしっくりきたようでアニーは無邪気に破顔する。


「ところで、ノラが帰ってしまったようだけど、あなたはここに残っていていいの?」


フェアリーゴッドマザーが自ら本題に入ってくれた。僥倖と言えよう。僕は機を逃さんと口を開く。


「はい。実は少し…」

「失礼します。少しお話したいことが…おや、あなたは…」


しかし周囲を囲む木々の間から現れたある人物のために、開いた口から言葉が最後まで出ることはなかった。


「アーサーさんではないですか。まだこちらにいらっしゃったんですね。オスカーとパティが帰ったのでてっきりもうお帰りだったのかと」


ニムエだった。ニクサの洞窟から歩いてきたのだろうか。


「ええ。マザーと話したいことがあったので僕だけ残ってたんですよ」

「そうでしたか。申し訳ありません。お邪魔してしまったようで。出直すことにします」


よそ者である僕が一応遠慮しておこうとするが、それに先んじてフェアリーゴッドマザーが口を開く。


「そうね。今は少し立て込んでいるから、また後にしておいてくれるかしら?終わったら私からそっちへ向かうわ」

「分かりました。どちらかと言えばその方が話は早いです。…あの、マザー。その子は…?」

「それも含めて後で。ね」

「…分かりました。では、また」


ニムエは言って踵を返し、木々の間へと姿を消していった。


「あの子たちについていた嘘のことも含めて話さないといけないから、長くなりそうね」


フェアリーゴッドマザーは物憂げに笑う。


「あの、マザー…」

「ええ。ごめんなさい。それで何だったかしら」


僕は本題に入る前に気が付いたことを口にする。


「その前に彼を、起こしてあげた方がいいんじゃないかと」

「彼…?ああ!何てこと!私ったらすっかりヌアザのことを…」


気絶していたヌアザのことを思い出したらしく、フェアリーゴッドマザーは杖を取り出して一振りし、ヌアザの横たわる地面をベッドに、着ている鎧を清潔なパジャマに変えた。

起きているときの威圧感とのギャップのせいか、まるで別人のようだった。


「起こしてしまうときっと混乱するでしょうから、もう少し休ませておくわ」

「ええ。それがいいでしょうね…。それで、実はお願いがありまして」

「お願いね。いいわよ。今なら多少無理なお願いだって聞いてあげられそうだわ」


言ってフェアリーゴッドマザーはアニーに目を落とす。感謝されるようなことではないがどうやら彼女は僕たちに感謝しているようだ。


「僕たちはこれからエレツの第3州、獣人帝国に踏み入るつもりです。その間、ここに僕たちの城を置かせてはもらえないでしょうか。今のまま海に放置しているといずれ首都にばれそうなので」


ノラの転送魔法があるので城にはいつでも戻ることができる。エレツ国内であればどこに隠しても問題ない。


「ええいいわよ。私の魔法を使えば形を変えてうまく隠せるわ。獣人帝国の王とは顔見知りだからすぐに入れてもらえるようにお願いしておくわね」

「助かります…え?ちょっと待って下さい。他の州と交流があるんですか?」

「ええ。この国で食べられてるお肉やミルクは全て獣人帝国から仕入れてるものよ。ニクサのところで新鮮な魚も出されたんじゃないかしら?あれは水魔城から仕入れたものよ」


ニクサのところには長くいられなかったので魚のことは知らなかったが、水魔城とも交流があったとは驚いた。水魔城の城主、ニルプはそんなこと一言も言っていなかったが。


「そうだったんですか。それはともかく、獣人帝国の王に口利きをしてくれるのは助かります」

「いいのよ。大したことではないわ。…あら?」


ふとフェアリーゴッドマザーが僕の背後に目をやる。

振り返るとそこにはノラが立っていた。


「やけに時間がかかってたんだな」

「ええ。少しはしゃいでしまったから」

「はしゃぐ?何があったんだ?」

「亡国の翼ってあったでしょ?あれ、完成したみたいよ」


亡国の翼と聞いてすぐにピンときた。忘れるわけもない。名前はともかく、それは城と僕の故郷をつなぐ唯一の可能性なのだから。


「それは本当か!?でも一体どうやって…」

「全般的に魔力とは無関係な話だったから、聞いててあまり意味が分からなかったけど。あんたなら分かるんじゃないかしら。…マザーとの話は終わったの?」

「ああ、僕が話したいことは今話し終わったところだ」


フェアリーゴッドマザーに目を向けると彼女は一つ頷いた。彼女の方でも話は終わりとして問題ないようだ。


「じゃあちょっと失礼します。一度城に戻って…あ、いや」


亡国の翼が完成したという事実に舞い上がってしまい、優先順位が倒錯していた。城を隠すというのは早ければ早いほどいいというのに。


「ノラ。城を外部から見えないようにできるよな?」

「遠くから見られるだけなら、絶対に見つからないようにはしてるわ」

「…今はそれでいいか」


僕は妥協する。これが油断でないことを祈るばかりだが。


「というわけで少し失礼します。えっと、マザーはこれからニムエさ…いえ、キング・ニクサのところへ行くんですよね」

「ええ。でもここで待っていた方がいいのなら待っているわ」

「いえ。ニムエさんから連絡用のスライムを貰っているので、こちらの用が終わったらそちらに連絡させてもらいます」


フェアリーゴッドマザーは頷き、続いて視線をノラに向けて言う。


「ありがとう、ノラ。あなたにはとても感謝しているわ」

「別に、お礼が言われたくてやったわけじゃないわよ」


ろくに目も合わせず、ノラは不愛想に返す。要は「どういたしまして」ということか。素直にそう言えばいいものを。

そう思った直後、視界が歪み、城の中に転送されていた。


「オスカーとパティは…」

「フッ。どこを見ている…こっちだ!」


僕の背後からオスカーの声がした。振り返るとそこにはオスカーとパティがいた。


「亡国の翼が完成したんだって?」


僕は再起不能なまでに脱線してしまう前に本題を切り出す。


「フッ。ああ、王たちがここを開けている間にな」


恐らく完成させたのはパティだろうに、オスカーは不思議なほどに誇らしげだった。


「ククッ。私はかつて、海面に活路を見出そうとしたが、突破口はむしろ逆。海底にあったのだ。私はこのセントリーver1を使って…」

「待てパティ。その話はすごく興味深いんだが、次の予定があるんだ。要点だけで頼む」


パティの体が一回りしぼんだように見えたが、しかし彼女は再び話し始める。


「海底に杭を打つようにオートマトンで装置を打ち込んだ。そのオートマトンは受信機に変形できる。今頃波斗原に到着しているだろうから、誰かが気づいて拾えば自動で音声が再生され、事情が説明される。以上」


1オクターブほど下がった声でパティが要点を述べる。波斗原からの返事待ちということらしい。


「分かった。ありがとう。じゃあ返事が来たらまた教えてくれ。…それと、ニムエからもらった連絡用のスライムはあるか?」

「それならリビングのテーブルにありま…ある」


僕はそれを聞いてリビングに向かい、テーブルの上にそれを見つける。

使い方を聞いていなかったが、スライムに触れて覗き込むと映像が映し出された。洞窟の壁面らしきものが見えるが、ニムエらしき姿は見えない。


「もしもし」


なんというべきか分からなかったのでとりあえずそう言うと、ニムエとは違うウンディーネが映し出された。


「あの、マザーはそっちに…」

「助けてください!」

「え?」

「ニクサ様…いえ、ニクサとニムエ様がその、手が付けられなくて…マザーがいても一触即発なんです!」


どうやら修羅場のようだ。


「あなたは全知の策士、アーサー様ですよね?」

「ああ、まあ。はい」


オスカーとパティから聞いたのだろうか。


「あなたはどんな問題も即座に解決するとお聞きしています。どうか私たちを助けて下さい!」


オスカーとパティのどちらか、いや、間違いなく両方だな。あの2人が僕のことを誇張して宣伝したに違いない。

「いえ、僕は知ってるだけで何も見えてません。力にはなれません」とは言えない雰囲気を目の前のウンディーネは醸し出していた。


「分かりました…洞窟に行けばいいんですよね?」

「はい!お願いします!」


仕方ない。行くしかないようだ。


「マザーがいるのに手が付けられないとは、多分相当荒れてるんだろうな。現場は」


そんな乱雑なオチで今回のお話は幕を下ろす。そして僕たちは獣人帝国を目指す。はずである。

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