第2話 萌芽の妖精㉓
「私に魔法を使わせなかったのはそのためだったのよね。探知系の魔法を使われれば、あなた達がティターニアだって言ってるものが、偽物だってばれるから」
「ええ…その通りよ」
フェアリーゴッドマザーは生気が抜けたかのようにうつろな瞳でそう答えた。
「でも分からないことがあるわ。それならどうしてさっさと私たちを返そうとしなかったの?私たちが長居するとこうなるって思わなかったの?」
「思ったわ。私はあなたのような存在を最も恐れていたんだから」
ノラのような存在とはつまり、規格外ゆえに予想外な存在ということだろうか。
「でも同時にあなたのような存在こそ必要だった。…嘘はつき通せば真実さえ凌駕する。でも言葉だけではつき通せない。隠すだけでは隠し通せない」
「キングのうちの誰かに勝たせて、私に言うことを聞かせようとしたってこと?」
「いいえ。そうじゃないわ」
フェアリーゴッドマザーはゆっくりと首を振り、そして言う。
「あなたを妖精にしてその力を私のために使おうと思ったのよ。キング達にしてもらったのはその時間稼ぎ」
「そう。残念だったわね。全部無駄に終わったみたいで」
「ええ。あなた達を5人とも妖精にしようとしたせいね。最初からあなただけに絞っておけばよかったわ」
フェアリーゴッドマザーは立ち上がり、いくらか生気を取り戻した目で僕たちを見据えて話し始める。
「お願いよ。どうか、どうかこのことは忘れて。そして誰にも言わず、この国から去ってちょうだい」
「…まあ、それはうちの策士と交渉すればいいんじゃない?」
唐突にノラから回ってきたバトンに戸惑いながらも僕は歩み出、ノラと交代する。
「えっと…僕たちはあなた達と敵対をするつもりはないですから、黙っていろと言うのであればもちろん誰にも口外はしません。ただしそれもあなた達と友好関係が築けるという前提の下での話です」
こんな脅し文句のようなことを言いながらの友好関係とはお笑い種だが、ここに来た目的を果たすためには今が好機だ。
「でも僕が口でそう言うだけでは不安でしょう。だからお互いに秘密を共有しませんか?」
「秘密を?」
「はい。僕たちはティターニアはもういないという事実を隠し、あなた達は僕たちがこの州に立ち寄ったという事実を隠す」
「あなたがここに来たことを知られると、何か困るの?」
そうだった。まずは僕たちの存在が魔王に漏れることがどういうことかを説明しないといけない。
「はい。僕が海を越えてこのエレツに来たのはある本に関する情報を集めるためだと言いましたよね。実はそのことを魔王に知られてしまうと邪魔をされるかもしれないんです」
「魔王…ああ、首都の王様のことね。…なるほど。確かに何でも知ることのできる本は彼なら欲しがりそうね」
「魔王と面識でもあるんですか?」
「ええ。この妖精の国がエレツ第4州『妖精の園』になった時、彼はここに来たのよ。あの時はまだ彼女も生きていた。だから、とても楽しく遊んだわ」
フェアリーゴッドマザーは懐かしそうに微笑む。
「それと、あなたの言っていた本だけど、聞いたことがあるわ」
「そうで…え!?聞いたことがある!?」
そして唐突に驚愕の事実を突きつけてきた。
「ええ。黄金で、表紙には見たことも無い文字が刻まれてる大きな本のことじゃないかしら?」
「はい。それです。この世の全ての知識が詰まっている本です」
「この世の全ての知識…?」
フェアリーゴッドマザーは僕の言葉に表情を曇らせる。
「はい。そして触れた者にその知識を与える。みたいな本なんですけど」
「そう…。ごめんなさい。私が早とちりをしていたみたいだわ。私の言っている本とあなたの言ってる本は別の本のようね」
「別、というのは?」
「私の知っている伝説の本は確か…『時間を司る』だったと思うの」
フェアリーゴッドマザーからの言葉に僕もつられて表情が曇る。「知識」と「時間」はどうも繋がらない。
「でも、本の表紙は金色で、見たことも無い文字が表紙に刻まれていたんですよね?」
「そう聞いていたけど、私自身直接見たわけじゃないから、正確な情報とは言えないわ」
申し訳なさそうに謝るフェアリーゴッドマザーだったが、僕は問いたださずにはいられなかった。
「じゃあ、誰から聞いたんですか?」
「それは…ティターニアよ」
「なっ…それは…」
ティターニアの死が一層悔やまれた。彼女が生きてるうちに話すことができればもう少し具体的な話を聞けたかもしれなかったというのに。
そう思って僕がティターニアの方へ目をやって、
「何やってるんだ!」
自然とその言葉が口から飛び出した。
「あんたが気にするようなことじゃないわよ。話を続けてなさい」
僕の視線の先ではノラが、ティターニアの遺体に向かって自らの魔力を浴びせていた。
「やめなさい!彼女の体に触れないで!」
「よく見て。触れてないわ」
フェアリーゴッドマザーの言葉に的外れな返答をよこし、ノラは依然として魔力の放出を止めない。
「ふざけてるなら今すぐ止めろ。そうじゃないって言うなら今すぐ事情を話せ」
「ふざけてるわけじゃないから止めないわ。説明ならしてあげる」
ノラは右手から魔力を放出したまま、左の人差し指でティターニアの遺体の腹部に当たる場所を指差す。
ティターニアの体は胸から上は破壊されているが、それより下は形を留めたままだった。
「奥の方にだけど、種みたいなのがある。多分普通の妖精が死んだらそこから新しいのが生まれたり別の生き物になったりするんじゃない?あの種はティターニアの死体で塞がれてずっと外に出られていなかったみたいだけど」
「つまりお前はその種を出芽させようとしてるのか?」
「まあ、植物の種から命を生み出すっていう意味ではそうなのかしらね。その辺の難しい言葉の定義とかはあんたの方が得意でしょ」
そこまで言ってノラは手を下ろし、魔力の放出を止めた。
「ねえマザー。ここから先に、進んでもいい?」
「……」
マザーは答えなかったが、やがてゆっくり首を横に振った。
「そう。…一応確認するけど、この種は放置されてかなり時間が経ってる。でも私の魔術で出芽を、ティターニアを復活させることはできるのよ」
ノラは今度は手の平だけをティターニアの体へ向け、しばらくじっとする。
魔術だから先ほどのように魔力が目に見えないのだろうが、一向に何も起こらず、しばらくしてフェアリーゴッドマザーは口を開いた。
「ええ。それでもお願い。それは彼女の死を認めることだけど、私が今の今まで逃げ続けてきたものだけど、やってちょうだい」
つまりどういうことだ?ノラはティターニアを復活させられるということか?
ならばどうしてフェアリーゴッドマザーはそれを拒むんだ?それは彼女が今までずっと求めていたはずのことなのに。
「どうしてですか?もう一度会えるのに、目の前にその手段があるっていうのに、何でそれを…!」
「アーサー。余計なお世話よ」
ノラが僕の言葉を遮って言い放つ。
「あんたとマザーじゃ事情も考え方も違う。あんたにとっての正解が彼女たちにとっての正解じゃないわ」
何も言い返せなかった。
何も言えないまま時間は過ぎ、ノラとフェアリーゴッドマザーの間だけでしばらく言葉が交わされた。
「ティターニアの死体に残ってる彼女の魔力を私の魔力と一緒に注ぎ込めば、種の中で彼女は生まれ直してこれまでの記憶を持った新しいティターニアが生まれる。それは分かったうえでの決断よね?」
「ええ。それはとても嬉しいことだし、私が願ったことでもある。でも、やるべきではないということも分かっている」
「本当にいい?多分、彼女の種でもう一度ティターニアくらい強力な妖精を産もうとすれば、私くらい膨大な魔力を持つ者じゃないと途中で魔力切れになって失敗するわ」
「これが最後のチャンスということよね?ええ。それも、分かっているわ」
微笑みながら答えるフェアリーゴッドマザーだったが、彼女の目には涙が浮かんでいた。
「彼女はあの時終わりを受け入れていた。受け入れられなかったのは私だけだし、何より死を知る者をこの世に呼び戻すのは危険が多いわ」
確かに、死が虚無なのか苦しみなのか生きている僕たちは知らない。だからこそ死を通過した者を呼び戻すのは躊躇われる。あんなものを2度も味わうくらいなら死んでいたかったと、思っているかもしれないからだ。
理解できる考え方ではある。
「それと…彼女の遺体…爆発させたりして、ごめんなさい」
「それは私が彼女に謝ることだわ。私がもっと早く、彼女に言われた通りすぐに彼女の死を受け入れていれば、こうはならなかったんですもの」
フェアリーゴッドマザーは涙を拭い、何も気に病むことはないとノラに微笑んだ。
「分かった。彼女の遺体はあなたに任せていいわよね。ここの葬儀の仕方を私は知らないし」
「ええ。そうさせてくれると嬉しいわ」
「…それじゃあ最後にこれだけ」
ノラは魔力で作った球体を手から放った。
魔力がティターニア遺体の腹部に命中して数秒後、へそと思しきくぼみの少し上にひびが入る。内にいる何かがそのひびを少しずつだが確実に押し広げ、やがて機は熟したとばかりに外の世界へと這い出る。
「無事に生まれたわ。ティターニアが残したもの。…あなたの望んだとおり、あれは彼女そのものじゃない。彼女に似た新しい妖精。名前は新しく考えてあげて」
それは葉っぱを折ったようなドレスを着た、否、ドレスに着られたというべき3歳くらいの女の子だった。
ティターニアの腹部から這い出た幼女はティターニアの腿の上に受け止められ、膝と手をついて顔を上げる。
頭から生える髪は纏っている服と同じくらい深い緑だった。その隙間から髪より幾分薄い緑色をした目を覗かせた彼女は見つける。生まれて初めて見つけたそれを不思議そうに凝視する。
やがて小さな歯の生えそろった口を開き、たどたどしく第一声を上げた。
「ずら…ばってん?」




