第2話 萌芽の妖精㉒
歪んだ視界が元に戻る。目の前の風景は洞窟から一変していた。
「どうして…あなたの魔法は私の力で封じていたはず」
目の前にはティターニア、ヌアザ、そして表情を凍り付かせたフェアリーゴッドマザーがいた。
「そうかしら?……原初の命よ、空の聖霊よ。内に秘めしその息吹を今こそ解き放て」
ノラは自分の手の平にそう語りかけたかと思えば、手から魔法陣の形にまとめられた魔力をフェアリーゴッドマザーの足元に投げつける。
魔力が地面に衝突した瞬間、灰色だった魔力は赤い炎に置き換わり、一瞬の後に土色の煙に変じた。
「今のは簡易版爆撃魔法よ。魔術で打ち出すのと違って何かに激突しないと発動しないし、威力も落ちるけど攻撃としては十分」
「そんなことはありえません!」
フェアリーゴッドマザーは子供を叱るようにぴしゃりと言い放つ。
「今のは、魔法ではなかったわ。それは間違いないはずよ」
「いいわ。説明してあげる」
ノラは僕の前に立っているために彼女の目つきが今どうなっているかは分からないが、十中八九生き生きしてることだろう。
「そもそもあなたは魔法と言ってるけど、それは正確じゃないわ。魔法は魔力を使った技術全般を指すの。あなたのフェアリーグラマーも魔法だし、私の魔術も魔法よ」
「そんな言葉のお話をしているんじゃないわ。あなたの魔法が魔術だというのなら魔術と呼びましょう。でも私はあなたの魔術を無効化できていた。そうよね?」
「…ええ。確かに私の魔術はあなたに邪魔されたわ」
ノラはそこで言葉を切り、仕切り直すように息を吸い、再び話し始める。
「あなたは嘘をついてたのよね?」
「…いいえ。嘘なんてついていないわ。私が一体どんな嘘をついたというの?」
「まず、この州全体はあなたの射程だから逃げられないっていうの。あれは嘘よ。確かにこの州全体はあなたの射程かもしれないけど、どこに何があるかまでは把握できない」
「何か根拠はあるの?」
子供の作り話を聞くようにフェアリーゴッドマザーは先を促す。その表情からはまだ余裕が伺える。
「もし本当にあなたがこの州全域を支配できているんだったら、海岸に見張りのピクシーを配置する必要はないでしょ?それに、この州にエルフが2人侵入したっていうことにも、気付いていないんでしょ?」
「…面白い空想ね。よくできました。でも、それは私が嘘をついていたという証拠にはならないわね。ピクシー達は気紛れであの時たまたまいただけだし、この州によそ者が侵入すること自体は別に何の問題も無いわ。だから対処していないだけ」
ノラには珍しく名推理だとは思うが、現状だとまだフェアリーゴッドマザーの言ってることの方が説得力がある。
「そう。なら今私が爆撃魔法と転送魔法を使えたのはどうして?あなたは魔術の元しか感じ取ることができないからなんじゃないの?」
「……なるほど。もしかしたらそうなのかもしれないわね。すごいわ。私が気付いていないことにも気付くだなんて」
沈黙は自らに不利になると悟ったのか、フェアリーゴッドマザーは対応の仕方を変えてくる。
「当然よ。私は万能の魔術師なんだから」
そしてノラはそれに乗せられる。多分演技とか駆け引きではなく本当に乗せられているのだろう。
「それはそれとしてマザー。僕たちはあなたに言われた通り4人のキングと勝負をして勝ちました」
「あら、そうだったのね。おめでとう。よくできました」
「もう僕たちはここにいないといけない理由はなくなりましたよね?」
ノラは雪辱を果たしたくてたまらないところだろうが、早いところここから出てしまうのが優先だ。
「そうね…折角だから記念になるものを作らない?」
「え?」
マザーは取り出した杖を一振りし、テーブルを出現させる。
「あなたがキング達から集めたものを使ってここで…」
「いらないわ」
ノラがマザーの言葉を遮る。
「分からない?主導権はもうあなたにはないのよ。…目覚めよ亡霊。集え言霊。我が言に秘められし影を渡れ」
ノラの手から流れ出た魔力が彼女の目の前で魔法陣を形成し、それをさらに魔力が覆って灰色の球体になる。
ヌアザがそれに反応するように右腕を胸の前に構えてティターニアとノラの間に立ちはだかる。
義手の手首から先は熱されたように溶けだし、盾へと形状を変えた。
「安心して。これ自体は攻撃用じゃないわ。普段詠唱しないからいちいち詠唱するのが面倒臭いのよ」
言ってノラは簡易版爆撃魔法とやらの呪文を唱え、目の前の球体に魔力を注ぎ込み、魔法陣を作る。
続いてノラは無言で魔力を球体に注ぐ。すると球体から先ほどノラの唱えた呪文が、少し反響したノラの声で唱えられ、魔法陣が出来上がる。
「ノラ、それは録音魔法か?」
「ええ。便利でしょ?こうすればいちいち詠唱しなくて済むんだから」
頭のいい人間ほど手を抜きたがるというのはどうやら本当のようだ。
「えーと…よく考えたら戦う理由がいるのね。アーサー。何かないの?」
「え?何かって?」
「だから、私は負けたままではいられないのよ。そのためには勝たないといけないけど、そもそもそのためには戦わないといけないでしょ?その理由が欲しいの」
「いや、お前な…」
そう言われても困る。キング達との戦いに勝利したんだから帰れるし、本来するべきである本に関することの情報収集なんて脅してまでするほどのことじゃない。
「それなら私が用意してあげましょう。…そうね、じゃあ私たちと戦って、あなたが勝てば1人1つ、願いをかなえてあげましょう」
「負けたら?」
「妖精になってここで働いてもらうわ」
「いいわ。それで」
「おい。待てノラ」
僕は聞き逃さなかった。フェアリーゴッドマザーが「私たち」と言ったのを。つまりヌアザと、背後に沈黙を保ったまま鎮座するティターニアも向こうの頭数に入っているということだ。
「3対1は分が悪い。負ければここから出られないんだぞ」
「3対1?…ああ。それなら大丈夫よ」
言うが早いかノラはフェアリーゴッドマザーとヌアザの中間、ティターニアに向けて2発の簡易版爆撃魔法を発射する。
「ヌアザ!」
「問題ない」
僕の目には一瞬ヌアザが消えたように見えた。消えたヌアザは一瞬の後に飛来する魔法陣の前に現れ、手の形状に戻った右手が握った剣を一振りして魔法陣を一挙に2つとも破壊する。
厳密には自分の剣を衝突させることによってティターニアに届く前に爆発させたといったところだが。
「どうした?この程度か?」
「そんなわけないでしょ」
ノラは即座に大量の魔力を録音魔法に流し込み、魔法陣を生み出したそばから発射する。
「なんの!」
ヌアザは連続で剣を振るい、雨のように迫りくる爆撃魔法を切り、かつその爆発に巻き込まれないように切った後は適切な距離を取る。
「そのまま守っていてね。ヌアザ」
今度はフェアリーゴッドマザーが杖を振る。するとノラの足元が水面のように波打つ。
「ノラ!気を付けろ」
「生まれた時から付けてるわよ」
ノラは左手を地面に向けて滝のように勢いよく魔力を放出し、下の地面が見えないほどになる。
「あんたは私の魔術をフェアリーグラマーでいじって無効化した。ならあなたのフェアリーグラマーもこれくらい大量の魔力で押せば流れるんじゃない?」
ノラの言葉通り、魔力で覆われたところだけ地面の流動が止まっていた。
「ええ。そうみたいね。でもあなたの手から出せる魔力では守れるのは自分の足元くらいじゃないかしら?」
フェアリーゴッドマザーは自分の足元を杖でつつく。するとその部分が盛り上がり、蛇のようにうごめく。いや、蚊にしてはその先端は蛇に似つかわしくない、槍のような鋭利なものだった。
「それで十分よ」
その言葉の直後、ノラが発射した簡易版爆撃魔法が土の蛇に命中しはじめる。
「でもあいつはちょっと邪魔ね」
ノラは、爆撃魔法を切り続けるも一向に疲れを見せないヌアザを見、続けて何らかの呪文を呟く。爆発の音で呪文の詳細は聞こえなかったが、ヌアザがその魔法陣に触れた瞬間、その効果は瞭然となった。
「何度放っても無駄だがががががががが」
ヌアザの体は突然のぶるぶると痙攣する。明らかに感電していた。
「やっぱり、銀は電気をよく通すのね」
ヌアザはそのまま地面に倒れ伏し、動かなくなった。
「これで狙い放題ね」
ノラはティターニアを見据える。
「待って!駄目!」
フェアリーゴッドマザーはティターニアの前に幾重も土や木で壁を作るが、それはノラが打ち続ける爆撃魔法によっていともたやすく砕かれる。
そこで僕は初めて違和感を抱く、ここまでティターニアは身動き一つ取らないどころか、口を開いてすらいない。
「止めて!彼女には…」
「彼女って、誰のことを言ってるの?」
ノラは簡易版爆撃魔法を発射する手を緩めずに問いかける。
「あなたの言う彼女はどこにいるの?そこに座ってるのは、本当にここの女王なの?」
「ノラ。それはどういう…」
「見てなさい。分かるわ」
ノラの魔法によってフェアリーゴッドマザーの壁はあらかた崩され、ついにはティターニアに襲い掛かる。
「まさか…あれはティターニアの本体じゃないということか?」
「違うわ。もしそうならマザーがあんなに必死に守らないでしょ」
確かにその通りだった。
「止めて!もうこれ以上彼女を…傷つけないで!」
フェアリーゴッドマザーは次々とティターニアに命中する簡易爆撃魔法をただ見ることしかできず、悲痛な叫びをあげている。
全く見当がつかなかった。ノラが気づけて僕が気づけないことなんてせいぜい魔法関連のことくらいなはずなのに。
いや、だからつまり魔法関連に謎を解く鍵があると考えるべきか。
そんなことを考えているうちにノラの魔法は止まっていた。
煙が晴れ、ティターニアだったものは辛うじてその原型をとどめる木片となっていた。
「じゃあ説明を始めるわ」
天を仰ぎのびているヌアザと、うずくまり涙を流すフェアリーゴッドマザーを捨て置いてノラが口を開く。
「まず結論としてティターニアという魔物は存在しない。ここまではいい?」
「いいわけがあるか。ここまでっていうか、そここそが今回の謎のポイントだろ」
「でも見れば分かるでしょ?私たちがティターニアだと思わされていたのはマザーが魔法で変形させた木だったってこと」
ノラは所々が黒い炭になっている木片を指差して言う。
「いや、それはおかしいぞ。最初にこの州に来た時、彼女は僕たちと話していたじゃないか」
「それも魔法よ。あらかじめセリフを吹き込んでおいたんでしょ。さっき私たちが突然現れた時に一言も話さなかったのがその証拠よ」
確かに筋は通っているように聞こえるが、僕にはどうしても納得のいかない点がある。
「僕の知識にはティターニアという妖精は確かに存在するんだ」
「ええ。したんでしょうね。大昔に。でも今はいないわ」
「それは、死んだってことか?」
「多分ね」
言葉は曖昧だったが、しかし確信を持っているようにノラは頷く。
「でもそれはおかしいぞ。この妖精の園の女王である魔物が死ぬだなんて一大事、どうあがいたって歴史に残る。僕の知識は歴史を網羅しているから、僕がそのことを知らないのはおかしいんだ」
「はあ…あんたって本当に何も見えてないのね」
ノラはため息をつく。
「歴史は大衆が認識した事実。前にあんたそう言ってたでしょ?」
確かにそんなことを言った覚えはある。
「じゃあつまり…」
「言ったでしょ。嘘をついてるって。騙されてるのはあんただけじゃないわ。ここの妖精たちも同じ」




