第2話 萌芽の妖精⑮
「アーサー。そろそろ種明かししてくれない?」
歩き始めてからしばらくすると唐突にノラが振り返って僕にそう言った。
「種?」
仕掛けた覚えのないものを明かせと言われても困ってしまう。
「キレネが着てる服、それを選ばせるように仕向けたんでしょ?」
「いやいや。僕はキレネが喜ぶ服を選んだだけで、下手な小細工なんて仕掛けてないよ」
ノラが僕の言葉を信用していないのは彼女の視線から明らかだった。
「キレネ。言ってやってくれ。別に種も仕掛けもなく自分が来たい服を選んだだけだよな?」
「うん。そうだよ」
キレネはノラを見ながら頷く。
「本当に…?」
キレネからの言葉を受けて少し揺らいだようだが未だにノラのうちには疑念が渦巻いているようだ。
「本当だ。僕は単にキレネが欲しいと言ってた服に近い服を選んだんだ」
ノラは黙ったままだった。より明確な説明を求めているようだ。
「キレネは城の中で言ってたんだ。ノラみたいなローブ、パティのような白衣、オスカーの黒ずくめ」
「うん。それは確かに言ったと思う」
キレネは振り返ることなくそう言い、頷く。
「それでその3人の服装をヒントに服を選んでみたんだ」
「そう。…一体どの辺が誰に対応してるのよ。私にはオスカーとパティの部分しか分からないんだけど」
ノラはキレネの後ろ姿を凝視し、眉根を寄せて言う。
「えっと…出発点はキレネのワンピースだ。これまで来てたワンピースも似合ってたからその要素は残そうと思って」
「なるほど、それでベースがワンピースなのね。で、私はどこにいるのよ?」
ノラは自分がキレネの服に反映されていることを望んでいるのだろうか。かなり粘り強く食い下がる。
「袖だよ。袖の部分はノラのローブをイメージした」
「それだけ?私のローブの特徴って袖が広いってことだけなの?」
「お前の来てるローブの特徴なんてそれとフードくらいのものだろ?」
ベースをワンピースにする以上フードは選べなかった。フード付きのワンピースというのは聞いたことがない。
僕の言葉を受けてノラは少しの間口をつぐみ、やがて小さく確かに。と呟く。
「ショールはパティの白衣を表してるのよね」
「そうだ」
「オスカーは色しか反映されてないけど、それはいいの?」
「…まあ、仕方ないだろ」
オスカーが身に着けてるものは一つ残らず男向けというか、無限の力なるものを宿したようなデザインだから、他の服と組み合わせるのは難易度が高い。
「まあいいわ。アーサーが反則をしたわけでもなく、ちゃんと考えて服を選んでたってことが分かったから」
「それはよかった」
まさかノラは自分の服が選ばれなかったことを少なからず悔しく思っていたのだろうか。
「あ、ねえアーサー」
ふと何かを思い出したようにキレネが振り返る。ショールが落ちないように交差させた両手で押さえて振り返るのは妙に様になっている。
「何だ?」
「今から行くのって4人の王様とは関係ない場所なんだよね?」
「そうだ。スプリングヒルっていう、この州で一番高いと思われる場所に向かってる」
双子たちの予想通りフェアリーゴッドマザーの魔法の有効圏内に高さの制限があるのだとすれば、空高く飛び上がればノラが再び魔法を使えるようになるかもしれない。
その仮説は十分に検証するに値すると考えた僕はその場所を次なる目標地にしたという次第だ。
「どんな場所なんだろうな。スプリングヒル。名前からは春らしい響きがするから緑豊かな場所かもしれないな」
僕の知識ではその場所の現在の様子までは分からないが、その付近に生息する植物の種類は分かる。それによると木の種類は少なく、いわゆる「雑草」に分類されるような草花が主だった。
「魔法が使えるかもしれないと思って浮かれていたけど、その場所に危険はないの?」
ノラが浮かれるとは、物理的ならよく浮いているが、そうでないのは珍しい。
「大丈夫だろ。そもそもここは妖精の園。危険な魔物は…あまりいない」
僕が一度言葉を切り、そして「あまり」という言葉を挟んだのはスプリガン、トロールという妖精の存在を思い出したからだ。
妖精でありながら「イタズラ」で済まないほどの危害を加えるとされている妖精にこの2種がいる。やることとは主に人間に怪我をさせたりだ。スプリガンに関してはそれに加えて子供をさらったりなど、やや悪名高い。
「あまりってどういうことよ」
変につかえてしまったせいか、ノラに気付かれた。
「いや、いないわけではないってだけで、僕たちが今から向かうところにはまずいないよ。岩陰とか廃墟に潜む妖精だから」
「まあ構わないわ。魔法が使えるようにさえなれば、何が出ても関係ないんだから」
それは捕らぬ狸の皮算用というものじゃないだろうか。思ったが口には出さなかった。
「魔法が使えるようになったらまずは…」
「城にいるオスカーとパティに連絡を取ろう」
「は?アーサー。あんた何を言ってるの?」
ノラは振り返り、軽蔑したようなまなざしを僕に向け、僕の口から出た言葉がさも馬鹿げたものであるかのように声を上げる。
「何だ?僕が何か間違ったことを言ったか?」
「オスカーとパティに無事を知らせたいっていうことを間違ってるとは言わないけど、でも少なくとも優先順位は間違ってるでしょ」
そうだろうか。外側、つまりフェアリーゴッドマザーの射程圏外の味方は現在の状況から考えると必須。だから1秒でも早く外の2人と連絡を取り、絶対に中に踏み込まないように伝えることこそが最優先だと僕は考えていたのだが。
釈然としないながらも他に優先すべきことがなかったかと思考を巡らせるが、一向に思い当たらないまま、ノラが再び口を開く。
「服と体を洗わないといけないでしょ。私たちもう3日もお風呂に入ってないんだから」
「え?…そんなことか?」
3日風呂に入ってないとノラは言うが、僕たちの時間間隔で経過した時間は今日で1日と半分程度だ。入浴が急務と言うほどの汚れは溜まっていないように思える。
「そんなことって何よ。じゃあ魔法が使えるようになってもあんたの体は綺麗にしてあげないからね」
「そんな殺生なことを言うな。その時はついでなんだから僕も一緒に洗ってくれよ」
最終的に魔法を使うのはノラなのだから僕が何と言おうと全てはノラ次第。迎合する他ないようだ。
「ねえノラちゃん。体も洗いたいけど、それより先に風を起こした方がいいんじゃない?」
ふとキレネが諭すようにノラに言った。
「風?」
ノラはなぜそれが最優先なのか分からない様子だった。
いや、それは僕も同じだ。一体どういう理由で風が必要なのだろうか。
「だってノラちゃんを邪魔してるのはここの空気なんでしょ?だったらその空気をどけないといけないんじゃない?」
「なるほど…そう、なのかしら」
ノラはすぐには結論をだすことをためらってかしばらく口をつぐむ。が、10秒と経たずにノラは再び口を開いた。
「確かにキレネの言う通り、この州の空気を払えば地面の上でも魔法を使えるようになるかもしれない」
そう前置きし、でも、とノラは続ける。
「結界のようにあらかじめ決められた範囲の空気を使っているということも考えられるわ。その場合、上空の大丈夫な空気を送り込んでも意味はないわ」
「でも、とりあえず風を起こしてから様子を見れば…」
「いいえ。私はどこか高いところから弟たちに投げてもらうつもりなの。その方が飛距離が稼げるから…その場合、投げられてから2人に受け止められるまで、そんなに時間は無いわ。打てる魔法の数には限りがあるのよ」
「あ、そっか…」
キレネは意気消沈する。その光景を見て僕は黙っていられなかった。
「いや。待てキレネ。何でさっきみたいな指摘をできたお前が分からないんだ。魔法が使えるんだから浮遊魔法で魔法が使える高さにとどまり続けていればいいだろ」
「あ、そっか!」
キレネの顔に生気というか元気というかが戻る。
「それにノラ。もしかしてお前も浮遊魔法っていう発想がなかったのか?」
「な、無いわけないじゃない!その時になればきっと思いついてたわよ!」
つまりさっきの時点では思いついていなかったということだな。
まあ、臨場感がないとどうしても机上の空論になってしまい、意外なところが抜けているということはままあることだ。だから思いつかなかったこと自体を責めるつもりはない。僕が責めたいのは別のことだ。
「どうして魔法を使える数が限られてるという前提で服と体を洗うことを優先したんだ」
僕が見過ごせないのはノラの中での優先順位の倒錯だ。
「ふん。どうせあんたには分からないわよ。私の気持ちなんて」
「知っての通り僕は魔法を使えないからな。お前に限らず人の気持ちなんて分からないよ。でも、話してくれれば理解ならしてやれるかもしれないぞ」
ノラは歩く速度を少し落とし、僕と並び、首をひねって僕を直視し、両手を広げて見せる。
「これよ」
「どれだ」
「この服装よ」
そう言われてもまだ分からない。ノラの着ているローブには特に目立った汚れはない。
「そのローブがどうした」
「暑いのよ」
「暑い?」
僕はすぐには信じられなかったが、しかしノラが体温調節を魔法で行っていることを思い出し、納得する。
納得はするが、それと同時にまた新たな疑問が浮上する。
「じゃあ脱げばいいじゃないか。別にローブと一緒にアイデンティティまで脱ぎ去るってわけじゃないだろ?」
ノラはこいつは何を言ってるんだという顔をして見せる。
「いや、ほら。ちょうど今ならそのローブを入れておく袋もあるし」
「何言ってるの?何を巧妙に私を露出狂に仕立て上げようとしてるの?」
「露出狂?話が見えないな。ローブを脱ぐだけだろ?」
「話も私の下着も見せるつもりはないわよ」
言ってノラは僕の顔からプイと視線を外す。
ノラの言葉を額面通りに受け取るとローブの下に彼女は下着しか着けていないということになるが、僕の知識ではローブはそういう風にして着るものではなかったはずだ。
ノラの実家か、あるいは地域だけは特異的にノラのような着方をするというのであればそれは僕の知識はあずかり知らないことだが。
「ん?でも昨日の夜、普通にしっかり羽毛布団かぶってたよな?」
「じっとしてる間はそこまで暑くないのよ。歩いたりしてるとものすごく汗をかくの」
「なるほど。それでべたべたして気持ち悪いのか」
「べたべたなんてしてないし気持ち悪くなんて無いわ。むしろ気持ちいいくらいよ」
言って鋭い視線を僕に向ける。その言葉が真実なら体と服を真っ先に洗いたいとは言わないはずだが。一体何に対する意地を張っているんだろうかこの魔術師は。
「じゃあ休憩とか入れながらもう少しゆっくり歩くか?」
先頭にいるシニステルとデキステルにはもう少しゆっくり歩くように言えばいいだろう。姉のためとあらばあの2人も文句は言うまい。
「あとどのくらい歩くの?」
「そうだな……多分もうすぐかな。あと5分くらい」
「そう。ならいいわ。このまま歩く」
そして約5分後。
「着いたみたいだな。ここか…」
「気のせいかしら?5分以上歩いた気がするんだけど」
「気のせいだ」
僕はそう言ったが実際気のせいではないだろう。多分5分より4,50秒ほど多く歩いた。
「さてと、動くぞ。なるべく高いところを…」
「おっと待ちな」
丘を登り始めようとしたその時、前方から声が響いた。僕はそちらへ目を凝らすが声の主は見えない。
代わりに四方八方でずしんずしんという重厚な足音が響きだした。




