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第2話 萌芽の妖精⑭

僕はキレネの制止に何とか成功し、現在キレネは食事を終え、紙ナプキンで手と口を拭いている。


「食事は終わったな?」

「うん。…まだ食べたりないけどね」


キレネのじっとりした視線を無視して、僕はパラルダに向き直る。


「お待たせしました。始めましょう」

「うん。あ、その前に昨日思いついたんだけどやり方を変えないかい?」

「というと?」


僕はパラルダに続きを促す。


「思ったんだけど、全ての服を彼女に着せようとすると時間がかかりすぎてしまう。そうだろ?」


確かにその通りだ。それは主にノラによるものなのだが。当のノラは飄々としている。


「そこで、どの服が彼女に似合っているかというのは置いておいて、彼女に気に入った一着を選んでもらおうと思うんだ」


僕はその提案に納得する。結果的に審査をするのがキレネなら、実際に全ては着ずに、着る服をキレネに選ばせても結果的には同じだ。


「分かりました。ではそうしましょう」

「じゃあ私はまず服を選べばいいんですか?」

「ああ。候補に挙げられた服は全部部屋の中にそろえてある。もちろん誰がどの服を選んだか分からないように順番はランダムなものにしてるよ」


パラルダはそう言うが僕とパラルダが選んだのは共に1着ずつ。手にした服は高確率でノラが選んだものということになる。

パラルダは立ち上がり、巨大な直方体の、入り口のある面に向かって歩いていく。キレネも椅子から立ち上がり、彼の後を追ってドアの前まで歩いていく。

パラルダが開いたドアを開き、キレネが部屋に入る。

ごゆっくり。という言葉を添えてパラルダはドアを閉じ、それと同時にノラが口を開いた。


「アーサーはどんな服を選んだの?」

「え?僕?」

「もう言ってもいいでしょ?キレネには聞こえないでしょうし」


そうだろうかと僕は首をひねる。あの部屋が服を着替えるという用途のために作られたものなら防音仕様にする必要はない。そしてシルフ達が魔法を使ってとはいえ持ち運び出来ていたということは軽量であると考えられる。壁が薄いのではないかという懸念は拭えない。


「いや、やめておこう。念には念を入れて」

「そう。でもじゃあどうするの?キレネが服を選び終わるまでの間はどういった雑談で埋めるの?」

「ただ黙っているっていう選択肢はないのか?」

「ええ。へし折られたわ」


選択「肢」だからへし折るという表現を選んだのだろうか。いちいち物騒やつだ。


「えっと、じゃあ…リスは尻尾が発熱するって知ってるか?」

「発熱?尻尾が取れるって言うのは知ってるけど、それは知らないわ?」

「尻尾が取れる!?…ああ、本当だ」


ノラの衝撃的な発言の裏は僕の知識が取った。


「防衛自切の一種らしいな」

「防衛じせつ…?アーサーの屁理屈みたいなののこと?」


それは多分、自切じゃなくて自説だ。


「じゃなくてトカゲの尻尾やカニの足のことだ。捕食者から身を守るための囮として」


もっとも、切断した場所から感染症になったりして結局命を落とすケースも少なくないらしいが。


「ふーん。で、本題はそれが発熱するってことよね。何?もしかして雪国のリスは尻尾で雪を溶かしたりするの?」

「いや、さすがにそこまで発熱はしない。せいぜい寒い日に体温を奪われにくくするってことだ」

「あのモフモフを好きにできるってだけでも特権なのに、あったかいだなんて…」


ノラが悔しそうにつぶやく。一体何を悔やんでいるのやら。


「まあいいわ。リスのしっぽの件はいいとして、どうするの?話題が尽きそうよ?」


そう言うなら少しは自分の方からも話題を提供しろと言いたくなるが、しかし幸いなことに僕の頭には一つの話題が思い浮かぶ。


「知ってるか?人の血を吸う蚊だけど、体温調節のために血を吐き出すこともあるんだぞ」

「何よそれ。捨てるくらいなら吸わなければいいじゃない」


ノラは心の底から憎んでいるかのように眉間に深く皺を寄せる。


「かくなる上は根絶やしに…あ、今魔法使えないんだった」


しかし報復の手段がないと気づく蚊へのと怒りもおさまったようで、怒気の抜けた顔と声で僕に話し掛ける。


「でも何で蚊なの?リスの次に蚊を話題に選択するってどういう神経してるのよ?」


神経を疑われるようなことなのだろうか。


「リスはこれだよ。ナッツのカップケーキ」


言って僕は目の前のケーキスタンドの上に鎮座する、頂点にアーモンドを乗せたカップケーキを指差す。


「なるほど。木の実からリスというわけね。じゃあ、蚊はどこから飛んできたのよ」

「それは、これだ」


僕が指さしたのはヨーグルト。空の容器は僕の皿の上にもある。


「やっぱり意味が分からないわ。神経が腐ってるんじゃないかしら」


だとしたら一大事だ。雑談なんて披露してる場合じゃない。


「違う。このヨーグルトには蜂蜜が入ってたんだ。それで蜂から連想して蚊に…」

「蜂と蚊って似てないわよね?」

「刺すっていう点では一緒だろ」


与えられるダメージは蜂の方がはるかに大きいが。


「まあ、両方人間に害をなすっていうのは事実ね」

「恩恵をもたらすっていうのも事実だけどな?」

「蜂はまだしも、蚊が?恩恵って刑罰の一種じゃないのよ」

「分かってるよ。分かってるけど何だ?おん刑って」


怨刑といったところだろうか?先ほどノラが下そうとして未遂に終わった刑。


「蚊は成虫の時も幼虫の時もいろんな生物に食べられる。食物連鎖のピラミッドの下の方に位置する生物だ。土台が消えれば必然的にその上にいる生物も消えてしまうだろ」

「ふーん。刺されるたびにいなくなればいいと思ってたけど、実際にいなくなったらなったで大変なのね。根絶やしにしなくてよかったわ」


魔法を使えるノラなら本当にやりかねないので今まで実行に踏み切らなかったのは僥倖ぎょうこうと言えよう。


「さてと、この話題も終わったな。まだキレネは…」


着替え終わってないか。と言いかけたその時だった。部屋のドアが開かれる。

ドアのそばで待機していたパラルダはもう少しかかると思ったのだろうか、僅かに驚いたような表情になる。

部屋から出てきたキレネが着ていたのは漆黒のワンピースだった。丈は今までキレネが来ていたのと同じくらいの長さだが、ノースリーブだったこれまでのキレネのワンピースとは逆、手の甲が半分隠れるほどに袖が長い。また、袖にはもう1本腕を通せるくらいのゆとりがある。

それに加えて肩にはまばゆいばかりの純白のショールをかけ、それを胸のところで緩く片結びにしている。

その服は、僕が選んだものだった。


「ねえアーサー!もしかして君がこれを選んでくれたの?」


キレネは部屋から出てすぐのところで大きく手を振りながら同じくらい大きな声で僕の名を呼ぶ。


「ああ。…そういう服が欲しいって言ってたのを思い出して」


キレネと僕との間の距離を鑑みれば間違いなく聞こえていないだろう音量の声が僕の口から漏れる。


「ありがとうアーサー!」


キレネは僕たちの前で腕を上げたり回ってみたりしながら笑顔を振りまく。

そんなキレネをエスコートするようにパラルダは手を貸しながらゆっくりと歩く。僕たちは椅子から立ち上がり、2人の方へ歩きだす。


「キレネ。何でそれを僕が選んだって分かったんだ?」


キレネに選んだのはキレネが城の中で言っていたことを参考にしてノラ、オスカー、パティをイメージして選んだものなのだが、しかしそれはあくまで選ぶ際の参考にしたという程度で、この服を見て僕が選んだという逆算は難しいと、少なくとも僕はそう思って選んだのだが。


「え?ああ、分からなかったよ。最初は。でも真っ先に目についていいなって思って、試しに着て鏡で見てみたらなんか見たことあるなって思って。ノラちゃんたちだって気づいたらアーサーが選んでくれたんだろうなって思った」


彼女は笑顔を浮かべながらそんなことを言う。


「やけに早く出てきたから他のをちゃんと見てなかったんじゃないかと思ったけど、その様子から察するに見るまでもなかったってことかな?」


パラルダが微笑を浮かべながらかぶりを振る。


「完敗だね。彼女のことをよく知っていた君たちの勝利だよ」


パラルダは僕たちに拍手を送る。それが何かしらの合図になっていたのか、1体のシルフがパラルダの傍らに降り立つ。

そのシルフからパラルダはあるものを受け取る。


「これは贈り物だ。君たちが僕に勝ったっていう証拠としてね」


それはふいごだった。白塗りのふいごで、表面に人間の顔らしきものが金細工で描かれている。


「その絵は僕さ。デザインにするためにデフォルメしたからちょくちょくモデルとの相違点はあるけど、僕だと思ってみれば見えるだろ?」


言われるとそう見える。というか、そうとしか見えなくなる。


「あとこれは君に。僕からのおまけだ」


言ってパラルダは懐から手鏡を取り出してノラに手渡す。


「私に…?」


ノラは警戒するようにためらってすぐに手鏡に手を伸ばそうとはしない。


「ああ。彼女には服をプレゼントするけど、同じ女の子である君に何もあげないのは不公平だからね」

「別に気を遣ってくれなくてもいいんだけど…折角だしいただいておくわ。ありがとう」


ノラはぎこちない笑みを浮かべて手鏡を受け取る。どうやら魔法があれば愛想がよくできるというのは本当のようだ。


「俺らには何かないのかよ」「俺らも同じ人間だぞ」

「おい、お前たち…!」


不遜な声を上げた双子だったが、パラルダは気分を害した風もなく、シルフから2組の指が出るタイプの手袋を受け取って双子に差し出す。


「君たちは剣を使うんだね?だったら手を守るためにもこれがいいだろう」

「手袋?俺らの手は別に大丈夫だけど…」「でも、オスカーみたいでかっこいいな」


結果双子は礼を言って手袋を受け取り、さっそく装着する。

意外だったのは、双子がオスカーのことをかっこいいと思っていたことだ。もしかしたら単に直射日光で熱くなりそうだという印象は僕特有のものなのだろうか。


「さて、こうなると君にも何かプレゼントが必要だね」


言ってパラルダはポケットに手を入れ、一枚のメモを取り出した。説明を受けるまでもなく確信した。それはサンドイッチのレシピであると。

それに加えてパラルダはふいごを持ち運ぶのに便利な袋を渡して僕たちを見送ってくれた。

次の目的地、3つ目の印ではなくスプリングヒルを目指して歩き始めた僕たちだが、前を歩くキレネの足取りは軽い。よっぽど服が気に入ったのだろうか。ちなみにこれまで着ていた服はふいごと一緒に袋の中に入れてある。


「ありがとうね。アーサー」


そう言って振り返ったキレネの頬は、未だに緩んだままだった。

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