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第2話 萌芽の妖精⑬

翌朝。目が覚めると太陽はかなり高くまで昇っていた。

昨日、というか前回の夜にあまり寝なかったことと羽毛布団の心地よさのせいで熟睡してしまっていた。

昨日は僕よりも早く起きていた双子もまだ眠っている。代わりにいなかったのはノラの方だった。

ノラはかぶっていた布団から這い出るようにして外に出たのだろう。彼女の布団は眠っていた時の形状を記憶して洞窟のようになっていた。僕はその洞窟に掌を差し入れる。


「起きてからまだそう時間は経ってないな…」


入り口は既に外気と同じ温度になっていたが、奥の方にはまだ僅かにぬくもりを感じられる。今は冬ではないので熱が逃げにくいのもあるだろうが、せいぜい30分ほどしか経っていないだろう。

僕は自分の布団を半分に折り返してから寝室を出る。

ドアを開いたその瞬間、涼しい風が頬を撫でていった。この辺りには風を遮る物が少ないため風通しがいいのだろう。そしてそれは同時に見晴らしのよさにもつながる。僕は労することなくノラの背中を見つけられた。

ノラが何をしているのか見当はつかなかった。片膝を立てた状態で地面に右手をついているということまでは分かるのだが。


「ノラ。何してるんだ?」


歩きながら、声が届くくらいの距離まで近づいたところで僕は彼女の背中に声を掛ける。しかしノラは答えなかった。

足音が聞こえるようにわざと強めに足を踏み出したりもしてみたがやはり結果は変わらずずっと背を向けたままだ。

歩いているうちにとうとう手が届くところまで来てしまった。しかし死角から急に手を触れると噛みつかれる恐れがあったので僕はノラの顔を覗き見た。


「寝てるのか?」


その顔に2つ存在する青い瞳は両方ともまぶたによって覆い隠されていた。

寝てるようにも見えるが寝てるにしては奇怪な姿勢だ。恐らく起きているだろう。


「起きてるわ」


予想通りだったようでノラは目を閉じたまま口を動かす。


「集中してて気が付かなかったのよ」

「そうか」

「嘘。気が付かないふりをしていただけよ」

「……」


必要な訂正なのだろうか。今のは。

ノラは目を開くと同時に地面についていた手を引っ込め、その手で膝のあたりを払いながら立ち上がる。


「何してたんだ?」

「さあ。何をしてたのかしらね」

「そうやって無駄に会話を長引かせる必要があるのか?」

「不必要なことは無価値とでも?」


人生のテーマにもなりうる深い返しだった。あるいは単に不快なだけかもしれないが。


「まあ白状すると、キレネが言ってたことを試してたのよ」

「ああ…地面を潜らせるってやつだったか」

「ええ。結論から言うと、無理だったわ」


そういうノラは意外なほどに落ち着いていた。もしかすると僕がここに来るまでにひとしきり落ち込んでいたのかもしれないが。


「地中には障害物が多すぎて、放った魔力をそこで魔法に変えるのはどうしても不可能だったわ」

「それは、魔力の量を増やしても変えられそうにないのか?」


ノラは一瞬考えるような素振りを見せたがそれも一瞬で、すぐに頷いて見せる。


「ええ。魔力はいわば風とか熱みたいなもの。そこに『ある』ものにはどうしたって勝てないわ」


いつかパティが説明した魔力の性質でも魔力は「軌道修正」をすると言っていた。やはり魔力の量を増やしても根本的な法則は乗り越えられないようだ。


「先に地上で魔法を形成してから放つことができれば地中を潜らせたり物をすり抜けたりする魔法を組み込めるから何とでもできるけど、この状況じゃそれも…」

「そうか…。まあ、それは…なんと言うか」


何と言って励ませばいいのか分からず、僕の口から出る言葉は曖昧なものになる。


「やあ2人ともおはよう。よく眠っていたね」


そんな僕を救ったのは突如僕たちの頭上から現れたパラルダだった。


「お腹は空いていないかい?もうすぐお昼近いけど」

「ああ、言われてみれば少し空いています」

「ええ。私も」


昼近くまで寝てしまったとは、時間が早く進むとはいえ僕は自らの失策を悟る。


「少し待ってくれますか?他の者を起こしてきますので」

「分かった。待ってるよ」


パラルダは鷹揚に頷きながら両足で地面に降り立った。

僕は寝室まで歩いて戻り、そのドアを開ける。


「みんな起きろ。もう朝…いや、昼だぞ」


僕の呼びかけに布団の中の3人は寝息で答える。


「おーい!起きろ!」


少し声を張ってみる。すると向かって左の2つの羽毛布団がうごめき、上半身が2つ、同時に起こされる。

2人はあくびと目をこするタイミングを寸分もたがわず行い。伸びをして布団から出る。


「何だよ。もしかしてもう昼か?」「あんまり寝た感じしねえのにな」


外の明るさからそう言ってるのだろうか。だとすれば素晴らしい時間感覚、腹時計と言える。


「パラルダさんが何か食べるものを用意してくれるらしい。外にノラがいるから一緒にいてくれ」


返事代わりにあくびをよこして双子は部屋から出て行った。


「さてと…キレネ。起きるんだ」


キレネのかぶっている布団を彼女から引き剥がす。中にいたキレネは目を開けることなく身を縮め、呟く。


「あと5秒」

「…待ったぞ」


例によって僕は待つ。


「もう5秒…」

「あのな…」

「もう後生」

「人生のこんな序盤でそれを使うのか?」


そんなに切実に頼まれると待ってやりたくもなるが、しかし外で待っているであろうみんなに申し訳ない。


「外でみんなが食事の準備をして待ってるんだ」

「じゃあ行かないと」


何の使命感に駆られてか、ばね仕掛けのようにキレネが跳ね起きる。そして寝起きとは思えないほどきびきびとした動きで外に出ようとするが、僕はそれを止める。


「止めないでアーサー!私は…行かないといけないの!」

「いや、だから何なんだよその使命感は…。じゃなくて、靴だ。靴を履いていけ」

「え?…あぁ…」


どうやら体は動いてもまだ頭は回り切っていないようだ。キレネは周囲を見渡し、やがて発見した靴を履く。

それを見届けて僕は扉を開く。

その先に広がる景色の中で、パラルダとカタリスト姉弟は昨日のようにパラソル付きの丸テーブルを囲んでいた。


「あれ?なんか、朝の割には明るいね」

「ああ。時間的には昼らしい」

「え?もしかして私、朝ごはん食べ損ねた…?」


どうしてすぐに思考がそっちへ向くのだろうか。


「安心しろ。朝食なら僕を含めて誰も食べてない」

「そっか。それなら…いい、のかな?」


キレネは首をかしげたがそれも数秒のことで、鳴った自らのお腹に駆り立てられるように皆の元へと足を向ける。


「やあ、みんな揃ってるみたいだね」


既にその場にいた4人は食事を始めていたが、キレネと僕の着席を見届けたパラルダが2度手を叩くと新たにシルフがサンドイッチやトーストなどの軽食が載った皿を2つ持ったシルフが現れ、僕たちの前にそれを置いて去っていった。


「それとこれも」


パラルダの言葉の直後、もう1体のシルフが昨日の昼間に見たようなケーキスタンドを2つ持って現れた。お皿の上がメインなら、ケーキスタンドの方はデザートと言ったところか。ケーキやババロア、プリンにヨーグルト。フルーツもある。


「彼女はよく食べるみたいだからね。1つじゃ足りないだろう」


パラルダは視線をキレネに向けって言ったが、キレネはそれには気付かず自分の目の前の皿の上に並ぶ料理を一つずつ口へと運んでいる最中だった。

僕もサンドイッチを一つ手でつまんでかじりつく。挟まれていたのはスクランブルエッグ。それと共に薄く輪切りにされたキュウリが挟まれており、食感にアクセントを添えている。


「おいしいですね。このサンドイッチ。特にこの挟まれてるスクランブルエッグ、塩コショウで下味がつけられてて、そのままで食べてもいけそうです」

「気に入って貰えてよかったよ」

「アーサー。ちゃんとこの味を覚えておくのよ」


ノラが食べていたのは僕が先ほど食べたのと同じサンドイッチだった。


「再現しろって言うのか?」

「いいえ。さすがにそれは高望みだということは分かってるわ。ただ、こういう風にしっかり味付けをするっていうのを見習ってほしいってことよ」

「悪かったな。薄味で」


僕が自分の作る料理に薄味しかつけていないのは手抜きというわけでは決してないし、食べる分には濃い目の味付けでも普通に食べられるのだが、どうしても自分で味付けをすると薄くなってしまうのだ。


「良ければレシピを教えようか?」


僕たちのやり取りを聞いていたパラルダの申し出を、僕は初め断ろうかとも思ったが、しかしこのサンドイッチをいつでも食べられるのはかなり魅力的なことだったので僕は申し出を受けることにした。


「OK。帰る頃にはメモに記したものを用意させておくよ」

「ありがとうございます」


礼を言って僕はもう一口サンドイッチにかじりつく。それを咀嚼していると僕の耳が重なった声を捉える。


「「酸っぱ!」」


声を上げたのは双子だった。その手には8分の1にカットされたオレンジ。そして皿の上には空になったプリンの容器。


「先にプリンを食べたからだろ。フルーツだってさすがにクリームの甘みには負ける」


ケーキスタンドの上のプリンに目をやると白いホイップクリームがたっぷりと載っていた。後に食べたオレンジの酸味が際立つのも頷ける。


「そういう時はこのお茶を一口すすると良いよ。舌がリセットされる」


言ってパラルダは自分のティーカップを持ち上げ、一口含む。

シニステルとデキステルはパラルダからの助言を受け、まだ僅かに湯気を立てるハーブティーをあおり、オレンジにかぶりつく。


「本当だ」「甘い」


続けてもう一口かじり、オレンジは外の皮だけになる。

僕は皿の上に最後に残ったトマトとレタスとチーズのサンドイッチを食べ終え、ハーブティーを一口すする。

ハーブの効果か、寝起きでまだ少しぼうっとしていた頭が目覚めていく。そして気付く。


「こんなことしてる場合じゃない!」


激しく下ろされたティーカップの中で残ったハーブティーが波を立てたが、奇跡的に全てカップに収まり、テーブルは汚さなかった。


「どうしたのよアーサー?食事に勝る急用がまさかこの世にあるとでも言うの?」


ノラが食事第一主義のキレネみたいなことを言い出した。いや、もちろん食事は必要なことだが、それでもこんなに優雅に食事してる場合ではない。

僕はパラルダの様子を伺う。彼は僕たちよりも早く食事を済ませたのか、あるいは妖精ゆえに食事の必要がないのか、食事の場にいながらお茶しか飲んでいなかった。


「パラルダさん。今日に持ち越された例の勝負ですけど…」

「ああ、いつでもいいよ。もう準備はしてるんだ」


顔を上げたパラルダは言って指を鳴らす。するとすぐさま頭上から例の巨大な更衣室が降りてくる。


「服は中に入れてある」

「よし、じゃあキレネ」


キレネを見ると彼女はまだ食事中で、もぐもぐと口を動かしながら顔を僕に向ける。


「なるべく急いで皿の上の料理を食べて、着替えてくれ」


キレネは頷いて了解の意を示し、ケーキスタンドに手を伸ばす。


「待て待て待て」


僕の言葉をどう聞けばその行動に出られるんだ。

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