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第2話 萌芽の妖精⑪

無理だという考えが僕の脳裏からじわじわと脳内全域に広がる。


「何してるのよ。行くわよ」


立ち尽くしている僕の手をノラが引く。彼女は毛ほども怯んでいなかった。


「もう選び始めていいのよね?」


ノラは地面から少し浮いた状態で静止しているパラルダに言葉を投げかける。


「うん。どうぞ」

「…あなたは見ないの?」


頷くがしかし大量の服に背を向けたまま動かないパラルダにノラは怪訝な顔を向ける。


「運んでくるときに見てもう決めちゃったからね。あとは君たちが好きに見てくれるといいよ」


僕は愕然とする。ここの王だからある程度把握しているのも要因としてあるのだろうが、しかしこの大量の服からたった一つを即座に選び出すなんて、人間じゃないのは分かっているが、それでも人間業じゃないと言わずにはいられない。


「そう。じゃあゆっくり見せてもらうわ」


ノラは興味を失ったようにパラルダに背を向け、服の森に向き直る。


「ノラ。本当に見るのか?」

「見ないと選べないでしょ?」


僕の言葉の真意を測りかねるといった風にノラは首をかしげる。


「まさか目をつぶって適当に選ぶって言うんじゃないでしょうね」

「いや、さすがにそんなことは…」


当然見るべきだし、まずは目の前にあるものから片付けて行かないと駄目なのだが、しかしその奥にそびえたつ山の大きさに思わず目を逸らしたくもなる。

そんな僕を置いてノラは服の森に踏み入る。


「あんたの目にどう映ってるかは知らないけど、キレネはかなりスタイルがいいわ。だから体のラインを強調するような服とかがいいかもね」

「スタイル…」


キレネの容姿を思い浮かべようとしてなぜか彼女の食事風景を脳裏に映し出してしまう。キレネに関しては食べてるイメージしかないが、確かに普段食べてる量から考えると細い方だろう。

食べても太らないと言うと、女子には嬉しかったり羨ましかったりするのだろうが、生物的に考えると恐ろしく効率の悪い生き方だな。と考えながらキレネを眺めていると彼女と目が合い、気まずそうに逸らされる。

つられて僕も気まずくなり、視線をノラの背中に移す。


「あのパラルダっていう妖精、親切ね。服が系統ごとに分けられてるわ」


言ってノラは空中に浮いている服を手に取り、貼り付けられている空間から剥がすように自分へと引き寄せ、左手にかけるようにして持つ。


「持つよ」


僕はノラに手を差し出す。

僕にできることと言えばこのくらいな気がしたからだ。


「ありがとう」


ノラは僕を一瞥してから持っていた服を僕に手渡す。


「それにあの子、肌もすごく綺麗ね。魔法で手入れされたみたいに傷が一つもないわ」

「そうか」


なら肌を出した服も似合うということか。


「まあ魔法を使ってないのは魔力を見れば分かるんだけど。つまり天然ってことね」

「そうか…」


ミニスカートやへそ出し、肩出しなどが僕の脳内で挙げられる。


「だから肌の露出が多い服でも似合うでしょうね」

「そうか…」


しかしどうだろうかそういった服は本当に彼女に似合うんだろうか。

今着ているのがひざ下10センチほどのワンピースでそれがかなり似合っているだけにミニスカートは考えにくいが。


「全裸にするという選択肢もありだと私は考えているわ」

「そうか……痛っ!」


突如、つま先に痛みが走る。見るとノラが僕の足を踏みつけていた。


「さっき私が何て言ったかもう一度言ってみて」

「…キレネの肌が綺麗だって話だろ?」

「その後よ」

「後?」


聞いていなかった。何か質問でもされたのだろうか。


「やっぱり聞いてなかったんじゃない」


僕が白状する前に呆れたようにノラが言う。


「悪かったよ。でもぼーっとしてたわけじゃないからな。僕なりにどんな服が似合うか考えてて…」

「別にいいわ。後半はほとんど冗談みたいな話しかしてなから」


ならば足を踏みつける必要はなかったんじゃないかと、思ったが言えなかった。


「じゃあアーサーが考えてたことについて聞かせて」

「ああ、えっと…」


言おうとした瞬間、僕の頭に別の考えが浮かぶ。

肌を出した服が似合うかどうかという疑問をよりは多少本質に迫った考えだったので僕はそっちの方を口に出すことにする。


「この勝負だけど、どうすれば勝てると思う?」

「キレネに似合う服を探す。今私たちがやってることでしょ?」

「まあルールではそういうことになってるけど、本当にそうだと思うか?」


ノラは服を選ぶ手を止めて僕の顔を真正面から見る。


「またいつもの屁理屈?」

「そうだけど、まあ聞いてくれ」


屁理屈だって馬鹿にできない。現にピクシー達からのなぞなぞはそれで乗り切ったのだから。


「パラルダが用意した服の中から、よりキレネに似合う服を選んだ方の勝ち。それが今回の戦いのルールだ」

「そうね」

「このルールの中に存在する不確定な部分ってどこか分かるか?」


少し考えるだろうと思った。しかし予想に反してノラは即座に


「似合うってところでしょ」


と答えた。

驚きながらも頷き、僕は肯定の意を示す。


「そうだ。ただキレネに選んだ服をそれぞれ着せるだけでは勝負はつかない。どっちの方が似合ってるか判定する人がいるはずだ」

「人じゃない可能性もあるけれどね」


ノラは言う。

その通りであり、また、その可能性の方が高いとも言える。


「さすがに対戦相手であるパラルダがそのまま審査員も務めるとは考えづらい。それは僕たちにも言えることだ。少なくとも服を選んでいる僕とノラは審査員にはなれないだろう」


この時点で候補として残っているこちら側の人間は双子のみだが、能力的な問題としてあの2人が審査員をできるとは思わない。

あの2人なら多分何も考えずにノラの考えに賛同するだろう。


「向こうの妖精…シルフだったかしら、あれが審査員になるんじゃないかと私は思うんだけど」


僕もそう思っている。消去法的にこちらに適任者がいないとなるとそうならざるを得ない。


「だからまず最初にやるべきはその辺の確認なんじゃないかと思うんだ。どんな人が審査員になるのか」

「まさか賄賂でも送るんじゃないでしょうね」

「さすがにそこまではしないよ」


媚を売るくらいのことはするかもしれないが。


「そう。なら行ってくればいいじゃない。服を選ぶのは私がやっているから」

「いいのか?選んだ服を持つのがいなくなるぞ」


僕は既に腕の中で山となりかけている服に目をやって言う。しかし涼しい顔でノラはこう返す。


「大丈夫よ。アーサーは気付いてないみたいだけど、試しに一度服を手放してみて」

「そんなことしたら落ちるだろ」


そして服が汚れてしまう。

しかしそんな僕の懸念はよそに、ノラが動く。


「いいわ。じゃあ見てて」


手に持ったのは無造作かつ無作為に選んだ一着のドレス。ノラの腕力でも片手で持てているようだが、服にしてはその重量は重めのように見える。

そして何の予告もなしに手を放し、ドレスを落下させる。

落下したのは数秒間だけだった。数秒地面に向かって進み、地面から10センチほどのところで不自然に停止する。


「何だこれ…」

「パラルダの力でしょうね。この周辺の誰も触ってない服に自動的に風が作用して、絶対に地面にはつかないようになってるみたい」


それこそもっと早く言うべきことだ。今まで僕は一体何のためにノラの選んでいた服を抱えていたんだろうか。


「じゃあ今持ってるこの服も…」

「大丈夫なんじゃない?放り投げても」


そうしようかとも思ったがさすがに恐れの方が勝った。僕は一枚ずつゆっくりと、置くように服を手放していく。

無事、腕に抱えていたすべての服から解放された僕は敵情視察のためにパラルダのいるところまで歩を進める。


「パラルダさん。少し聞きたいことがあるんですけど」


僕が見つけたパラルダは双子とキレネと共にお茶を再開していた。今回のケーキスタンドには上の2段にはケーキが、一番下の段にはサンドイッチが並べられていた。


「パラルダさんはもう彼女に着せる服は選んだんでよね?」

「うん。ただし、まだここには持ってこずに向こうの服の中に混ぜたままだけどね」

「…どうしてそんなことを?」


聞かれたパラルダの方が怪訝な表情を呈して口を開く。


「だって、君たちは僕と同じ考え方をして僕が選んだのと同じ服を選ぶかもしれない。その時に僕が既に選んだという理由でそれを選べないっていうのは卑怯だろ?」


てっきり選ぶ服は早い者勝ちだと思っていた。それだけにありがたい話と言える。

ふと服の在庫が尽きるまでパラルダと同じ服を選び続ければ永遠に勝負がつかず、負けることはなくなるんじゃないかという考えが脳裏をかすめるが、振り返った瞬間にそれは無理と悟る。


「それで、勝ち負けの判定は誰がするんですか?」


平静を装うが、しかし言い終わってから反射的にごくりと唾を飲んでしまう。


「それはもちろん…」


これ以上動揺を外に出すまいと構えるが、それで一層身がこわばり、息が詰まる。


「彼女さ」


パラルダは手でキレネを指す。

僕は初めキレネの後ろに誰かがいるのかと思った。

それはどうやらキレネも同じだったようで、注目が集まると同時に体をひねって後ろを向く。


「…キレネが自分で選ぶんですか?」


ようやく出た声で僕はパラルダに尋ねる。


「ああ。選ばれた服が似合ってるかどうかは服を着てる人のことを良く知らないと言えない。彼女のことを一番よく知っているのは彼女自身だろ?」


キレネに限った話をすればそれは思ったよりもそうでもないんだが。


「でも、それじゃあ僕たちに有利になるように選ぶかもしれませんよ」

「そんなこと…!」


しない。とキレネは言い切らなかった。

言い切れないのは当然ともいえる。負ければイタズラをされるというのだから。

しかし僕は何でこんな発言をしたんだろうか。黙っていればこちらに有利になったかもしれないのに。結果キレネを困らせただけのように見える。


「それに関しては一応、どちらの服をどちらが選んだかは結果発表まで伏せておくということで公平性を持たせようと思っている」


なるほど。と僕は頷いておく。


「納得してもらえてよかったよ。じゃあこっちはちょっと準備をしておこうかな…」


パラルダが手を上げる。すると僕たちの目の前の地面に正方形の影が現れる。

見上げるとそこにあったのは、立方体に窓を取り付けた、家のような構造物だった。

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