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第2話 萌芽の妖精⑩

「え、いや本当に私は今着てるこの服で大丈夫。…です。ケーキもまだ残ってるし」


キレネの皿の上はまだケーキによって占められている面積の方が多かった。

多分だが、キレネが遠慮している主な理由はこっちの方だろう。


「もちろんケーキは好きなだけ食べて。服を選ぶのはその後で構わないよ」


時間はたっぷりあるんだから。と、パラルダは朗らかに言う。しかしその言葉によって僕は覚醒するように正気に戻って思い出す。のんびりしている暇など無いということを。


「キング・パラルダ」


僕の知識では彼の正式名称は今しがた口から出たものだった。それに「さん」か「様」を付けるべきかどうか悩んだが、すでにキングが敬称な気もしたので迷いながらも敬称は付けなかった。


「キングなんてキャラじゃないよ。パラルダと呼んでくれ」

「ではパラルダさん。おもてなしには感謝しています。ですが待たせている人がいるので僕としてはそろそろ本題に入りたいんですが」

「本題?…ああ!マザーの言ってたあれのことか」


パラルダは本当に今の今までフェアリーゴッドマザーに言われたことを忘れていた様子で左の手の平を右の握りこぶしでポンと叩く。


「君たちと何か勝負をして、勝てば君たちにイタズラをして、負ければ粗品をプレゼントをするっていうあれだね」

「はい。それのことです」


パラルダは腕組みをして俯き、うーんと唸る。どうやら何も考えていなかったようだ。僕たちとの勝負のためにチェス盤と駒や部下たちまで用意していたゴーダとは大違いだ。

同時に僕の胸中では、ここでの戦いは楽に決着がつくんじゃないかという期待が鎌首をもたげ始める。


「じゃんけんとかにする?」


僕自身それでいいだろうとも一瞬思ったが、しかし同時に負けた時にされるイタズラとはどのようなものなのだろうかという不安が脳裏をかすめる。


「運に任せるのは良くないと思います。マザーはあなたを信頼して僕たちと勝負をするように言ったはずですから」

「ふむ。なるほど、確かにそうだね」


運、すなわち不確かなものによって結果が左右されてしまうような勝負よりはこちらの勝利が確定している勝負、例えば徒競走や力比べなど、の方がいいと僕は考えた。

前回のゴーダとの勝負に引き続き双子の体力にものを言わせるとしよう。


「徒競走なんてどうですか?うちには足の速いのもいますし、空を飛べるあなたやシルフ達とならいい勝負になると思うんですけど」

「競走、か…うーん。僕はあまり速く動くのは好きじゃないし、うちの娘たちもみんな速く動くのに適した服装じゃないからなあ」


言われて僕は先ほど目にしたシルフの姿を思い出すが、確かに高速で動くには適さないようなヒラヒラした服装だった。

パラルダの言葉に僕は体を使う勝負は無理と悟る。


「じゃあ僕とクイズで勝負しませんか?」


双子が駄目ならば僕の出番だ。知識で僕が負けることはないだろうし、州の入り口で披露したような屁理屈、もとい柔軟な思考をもってすれば大抵の問題には対応できるはず。


「そうだね。そうしようか……いや、待った!いいことを思いついた」


言ってパラルダは僕からキレネに視線をずらす。

ケーキに再び夢中になったキレネはそれにまだ気づいていないようだったが。


「どちらがより彼女に似合う服を選べるかで勝負しよう」


その言葉を耳にしてようやくキレネは「彼女」とは自分のことを言っているのだと理解し、顔を上げた。


「止めた方がいいと思うわ。アーサーが女子の服を見繕うなんて、ネコが犬かきするようなものよ」


助け船のつもりか、あるいはただの悪口か。ノラが空になった皿の脇にフォークを置いて口を開く。ネコだって泳ぐときは犬かきをしそうなものだが、言いたいことはよく分かる。


「どうだろうか。いい勝負になると思うけどな。君は彼女のことをよく知ってるし、僕は服についてよく知っている」


フェアな勝負だろ?と言わんばかりにパラルダは首をかしげて見せる。

そんなことはないと再考を促そうとしたが、しかしパラルダの視線に揺るぎないものを感じ取ってためらってしまう。


「じゃあ僕はちょっと失礼するよ。サイズの合わないものと男ものを除外した分を地上に下ろすよ」


その隙をつかれて、あるいは僕が言葉を発さなかったのを了承と取られてか、パラルダは席を立ち、ふわりと浮かび上がって僕の声が届かない高さまで飛翔する。


「…まずいことになったな……」


言って僕は問題点をまとめるべく自問自答をする。

まず、僕の知識は一般に衣服と知られているものは網羅しているが、それでキレネに似合う服を選び出せるだろうか。

無理だろう。キレネという特定の個人に似合う服装など知識にはない。

ではどうすれば僕の知識を用いてキレネに似合う服を選定できる?

キレネを普遍的な記号にすることだ。女性、20代、金髪。などのように要素を抽出していけば選択肢をかなり限定できる。


「助言くらいならしてあげてもいいわよ」


ノラはそれだけ言うと一度僕に向けた視線を、両手で持ったティーカップに向けなおす。


「頼むよ。大まかな振るいかけは僕がやるから、終盤に助言を頼む」


僕一人の意見よりもキレネと同世代のノラからの意見もあった方がいいのは確かだ。僕はノラからの申し出を受け容れる。

しかしふとノラの服装を見て懸念もよぎる。果たして彼女は年頃の女子の好みというものを持ち合わせているんだろうか。と。

ノラが今着ているのは灰色のローブ。飾り気はなく、付いているものと言えばフードと胸のよく分からない紋章みたいなワンポイントくらいのものだ。ノラがこの服以外の服を着ているのを見たことがない。


「言っておくけど、普段私はこの服しか着ていないというだけで、これ以外に服を持ってないってわけじゃないのよ」


僕の視線から思考を読み取ったのか、ノラが唸るように声を上げる。


「そうなのか」

「ええ」

「その服っていうのはどこにあるんだ?亜空間か?」

「実家に全部置いてきたわ」


それは事実上の破棄なのではないだろうか。実家を、故郷を飛び出して波斗原まで流れ着いてきた彼女にとっては。


「まあ、それはいいとして…」


僕はキレネに視線を送る。


「どうしたの?」


それに気づいたキレネは僕を見返す。


「あ、いや。キレネの特徴をちゃんと把握しようと思って」

「あぁ、そう…」


キレネは視線をふわふわと浮かせながら俯く。


「なんかそう言って見られると…ちょっと照れる」


照れくさそうに綻ばされた口元のそばで頬が徐々に赤みを帯びいく。そんな反応をされてはこちらも見づらいのだが、しかし僕はあくまで構わない風を装って分析を開始する。


「ちょっと待ちなさいアーサー!嫌がる女子を見るように舐めるだなんて!最低の生命体であるという自覚はあるの!?」

「え?ああ、ごめん。嫌だったか?」


謝ってからノラの言葉がおかしいことに気付く。正しくは舐めるように見る。だ。

謝ってしまったせいでツッコめなかった。


「あ、ううん。…いいよ。見てくれても」


キレネは首を振ったが、しかしノラは立ち上がり、僕とキレネの間に割り込むように立つ。


「キレネの観察は私がするわ。それをアーサーに口頭で伝える。それが一番平和でしょ?」


平和かもしれないが、間違いなく効率は悪い。とはいえここでノラを説き伏せてから分析を再開するのと、ノラの言う方法で分析をするのとでは後者の方が費やされる時間は少なく済みそうだという予想のために迎合する決断を下す。


「分かったよ。じゃあノラ。頼んだぞ」

「ええ。じゃあ早速アーサーは向こうに行っててね」


ノラは僕の背後を指差す。


「シニステル。デキステル。アーサーが一人じゃ嫌みたいだから一緒に行ってあげて」

「いや、一人がどうとかいう問題じゃなくてだな…」


しかし同時に意地を張るほどの問題でないことにも気が付く。


「分かった分かった。行くよ」

「珍しく素直ね。まあそういうわけだから2人とも、お願いね」

「しょうがねえな」「行くぞアーサー」


双子は皿とフォークを持ったまま立ち上がり、ノラの指差す方を目指して歩き始める。ケーキスタンドに目をやると既にケーキは一つも残っていなかった。

僕が少し離れたところに腰を下ろすと背後でノラによるキレネの分析が始まった。髪の色や目の色に始まり、続いて体形や大まかなスリーサイズといった服を選ぶのに必要な情報が次々と寄せられる。

中には指の本数や歯の数など、およそ服を選ぶのに必要ないと思われる情報が混ぜられたりもしていたがそういったものは適宜無視することにした。

そんな中、無視できない情報が僕の耳に入る。


「身長は、私より高いわね。もしかしたらアーサーより高いんじゃない?」

「そんなわけがないだろ」

「いえ本当に。いい勝負してると思うんだけど…アーサー、ちょっと来て」


背後から足音が接近し、僕の襟首が掴まれる。

バランスを崩しながらも立ち上がり、引っ張る力が止まるのと同時に足を止めて僕は直立する。


「もうちょっとこっち」


声と同時に再び引っ張られ、背中に柔らかいような堅いような感触が訪れる。思うにキレネの背中だ。

キレネと背中合わせになってからしばらくの間、沈黙が場を支配する。


「微妙に、アーサーの方が高いわね」


沈黙を破ったノラの声に僕は胸を撫で下ろす。しかしそれもつかの間。


「数ミリだけ。もしかしたら髪の毛の分の誤差かもしれないから、公平を期するために坊主にしてもいい?」

「いいわけがあるか。そんな厳正なものでもないだろ」


ツッコみを入れ終わったにもかかわらず何ら反応を返さないノラに違和感を感じて振り返ると、彼女は僕の頭に手をかざしていた。

僕と目が合うとはっとしたような表情を見せ、僕の背中を八つ当たり交じりに押して戻らせる。魔法を使えないという事実を再確認させてしまったようだ。

僕が元の位置に戻ろうと歩いていると、強めの風が後頭部を撫でていった。遅れて声が届く。


「お待たせしたね。ここにあるものから選んでもらうよ」


振り返った僕の目が捉えたのは、千を越えようかという勢いの数の服が空中を浮遊しているという光景だった。おそらくパラルダかシルフの力によって浮遊させているのだろうが、これ、一日で全部見て回れるのか?

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