第2話 萌芽の妖精⑨
僕たちはゴーダに別れを告げて先に進む。
その際ゴーダから1人1つずつ土の入った袋を渡された。フェアリーゴッドマザーの言っていた、勝てばもらえるプレゼントというやつだろう。
袋の口を開けて中を確認してみたが特に何の変哲もない土だった。土の妖精の王だから自慢の土を、ということなのだろうか。僕は何でも知っているが土を貰った時の正しい喜び方までは知らなかったので、簡単に礼を言って次の印を目指して出発した。
「何とかしてオスカーとパティに連絡を取りたいな」
森の中を歩き始めた僕の口から言葉がこぼれる。
「のろしでも上げればいいんじゃない?」
まるで他人事とばかりにノラは言うが、のろしは事前に打ち合わせをしておかなければ意味のない合図だ。
「そうだな。こういう時を見越してそうできるようにしておくべきだったよ」
まあ実際はのろしとかではなく通信機か発信機になるだろうが。
「悪かったわね。本来なら私の魔法で連絡したりするつもりだったんでしょ?」
それはそうなんだが、しかしもうそれは言わないことにしていいんじゃないだろうか。傷口に死を塗る痛みは十分理解しているつもりだ。
「ノラ。今回の件はこういった事態になるかもしれないという想定をせずに踏み込んだ僕にも責任があるんだ。だから…」
「自分だけを責めるな。とでもいうつもり?」
「そういうことだ」
ノラは首を横に振る。
「魔法が使えなくて不便になっていることなら確かにそうね。でも私が言ってるのはそっちじゃなくて、あの妖精に私が魔法で負けたことよ」
そう言ったノラの表情は意外にも穏やかだった。
「いや、相性が悪かっただけってことも…」
「私が本当に万能なら、そんなものは関係ないはずでしょ?」
「それは…まあ……」
確かにそうなんだが、しかし「万能の魔術師」はノラの自称でありよりどころでもある。それをそんな風に言うことはないと思うんだが。
「ねえ、ノラちゃん」
僕が言葉を詰まらせていると、前を歩いていたキレネが速度を落としながら声を上げる。
「ノラちゃんの魔法が使えないのって、あのおばあちゃんが見えない手で魔法をいじっちゃうからなんだよね?」
「ええ、そうね」
「それでノラちゃんは昨日、触られないように壁と一緒に魔法を撃ったん…だよね?」
何も知らないようだが、しかし意外にもキレネは自分の目の前で起こったことをよく理解しているようだった。
何でも知ってるくせに何も見えていない僕とは大違いだ。
「ええ、でも魔法を発動するためにはその殻から外に出さないといけないわ。その一瞬の隙でも、駄目だった」
「それって、空気に触れたから駄目だったんじゃないの?魔法は物をすり抜けるなら、地面に潜らせれば…」
「駄目よ。地面を伝おうが魔法を発動する時にはむき出しになる。結果は変わらないわ」
ああ、と唸ってキレネは口を閉ざす。しかしすぐにまた口を開く。
「じゃあ潜るのはやめにして、逃げられないの?」
「逃げる?」
ノラは立ち止まって振り返り、キレネを見据えた。
その視線に臆せずキレネは続ける。
「そう。いじられないように魔法を動かせば、魔力って魔術師は結構自由に動かせるんだよね?」
ノラは押し黙った。すぐに不可能と断定することはできなかったのだろう。
「…その発想はなかったわ」
そう言うとノラはローブを翻し、また歩き始めた。
「でも、魔術師といえど魔力の見え方は普通の人間と一緒よ。自分以外の魔力は感覚的に分かる程度。フェアリー婆が私の魔法に触れるまで、どこをいじられた分からないの」
「そっか…。…あ、ごめん。こういう話ってしない方がよかったよね」
意気消沈して数秒後、ハッとした顔をしてキレネは言う。
「どういうこと?まさか私に気を使ってるの?」
「ううん。そうじゃなくて、あのおばあちゃんの魔法はこの国中を覆ってるんだよね。だったら私たちの話してることって筒抜けなんじゃ…」
キレネは囁くように懸念を述べる。
「いや、その心配はない」
ノラがすぐに答えなかったので代わりに僕が答える。
「この国中を覆っているのは魔法そのものじゃなくて魔法を伝える物質だ。彼女が把握できるのは僕たちがどこにいるか程度の情報だよ」
多分。という言葉は口には出さなかった。
この州の空気はフェアリーグラマーの発動を助けるもの。話してる内容を傍受したりする通常の魔法の助けにはならない。
「ちょっと待ちなさいよアーサー。私たちが見つけられないくらい小さい虫に変身して盗み聞きしたりはできるでしょう?」
「はっはっはっ。なるほどな」
その通りだった。思わず笑ってしまうと同時に体の奥がヒヤッとする。
「ま、まあ、その可能性はある。でも現に向こうは何もしてきてないだろ?もしかすると本当に僕たちと遊びたいだけなのかもしれないぞ」
そんなわけないだろうと僕の冷静な部分は告げる。
遊びたいだけの相手を、イタズラという可愛げな表現を用いてではあるが、脅迫する奴がどこにいる。
「とにかく今やるべきことは地図にある残り3つの印を制覇することだ」
この州の時間の進み方ではそれに一体何日費やされることになるかという見通しは全く立たない。
もしこの勝負自体が何かの時間稼ぎだとしたら非常にまずい。
「そうね…そんなことより私はお風呂に入りたいわ」
「ああ、そういえば私たち昨日お風呂に入らずに寝ちゃったね」
ノラにとって魔法以外の話題は関心事ではないのか、驚くべき速さで話題が変わる。
「ねえアーサー。この州ってどこかに温泉とかはないの?」
「ない」
地形が完璧に頭に入ってる僕は即答する。
泉や川ならあるが、僕の前を歩く女子2人がそれで満足するとは思えない。
「ないならないでなんとかする方法を考えなさいよ」
何でも知ってるんでしょ。とノラは僕に食って掛かるろうとするが、
「前、気を付けろよ」
ノラの進行方向先には歩みを止めた双子がいた。
僕の忠告によりノラは衝突する前に停止する。
「どうかしたのか?2人とも」
「多分着いたと思う」「2つ目の印の場所」
双子はそう言うが、僕の視界にはまだ森しか映っていない。
「やあ。来たね。お客さんたち」
双子が見据える先を覗こうと2人の隙間に目を凝らしていたその時、僕の背後から何者かの声が響いた。
「どうぞ前に進んで。お茶くらいは出すよ」
振り返った僕の目に映ったのはシルフの王、パラルダだった。彼は長い白髪を風にたなびかせ、柔和な笑みを浮かべながら自らの体も空中に浮かべていた。
「お構いなく。すぐお暇するつもりですから」
パラルダの言ったお茶というのは社交辞令だろう。だから僕も社交辞令を返す。「お茶を出す」と言われれば「お構いなく」というのが大人というものだ。
「えー?折角だからいただこうよ」
しかしキレネは不満げに声を漏らす。それを見てパラルダは一層笑みを深め、
「うん。遠慮はいらないよ。マザーのお菓子には敵わないけど、お茶菓子もいくらか用意してるんだ」
パラルダは僕たちの間をすり抜けるように飛び、立ち止まっていた双子の前に降り立って僕たちを中へ導きいれた。
「何だ…ここは」
そしてこの言葉がこぼれる。目の前に広がっているのは異様な光景、木の葉の代わりに衣服を纏った木が並び立つ森だったからだ。
「さあ、こちらへ」
パラルダが1本の一際大きい木の下で手を振っている。そこには中央にパラソルが刺さった丸テーブルと透かし彫りの椅子が並べられていた。さらにテーブルの上には鳥かごのようなデザインのケーキスタンドやガラス製のティーポットが鎮座している。
ティーポットの底には植物の枝のようなものが沈んでいることから、中の薄茶色の水溶液はハーブティーと思われた。
先頭を歩いていた双子とケーキを目にして歩行スピードを上げたキレネに続いて僕とノラも椅子に身を預ける。
僕たちが席に着くとパラルダが右手を上げた。するとそれが合図となり、銀のトレーを持ったシルフが1体頭上から降下してパラルダの傍らに下り立つ。
彼女の持つトレーの上から取った銀色のスプーンでポットの中を軽く混ぜると、続いてスプーンをトレーに戻して茶こしに持ち替えた。
本格的な入れ方だと思わず唸ってしまいそうになるが、その場を支配する静寂が僕をそうさせなかった。並べたティーカップにゆっくりと注いでいくその様を黙って見届ける。それが唯一の正解であるようにさえ思えた。
ハーブティーの香りに染められた静寂を破ってパラルダは短くお茶の葉の説明をし、カップとケーキの取り皿、そしてトングを配った。
取り皿とトングが差し出されるや否や、流れるような動作で双子はケーキにトングを伸ばした。
アフタヌーンティーのマナーでは下の段から料理は取っていくものなんだが、目の前にあるケーキスタンドはケーキスタンドなだけあってケーキしかない。その時点で下からサンドイッチ、温料理、デザートの順に盛り付けられるアフタヌーンティーのルールが適用されるかどうか分からなかったが、少なくとも知っている僕は下の段からケーキを取ることにした。
双子は同時に複数のケーキを取ろうとしていたが、それは姉によって制止される。その光景を見ていたキレネは2つ目のケーキにトングが触れる数秒前というところでトングを引っ込めた。
「別に構わないよ。好きなだけ取ってもらって。足りないようなら新しいのもあるから」
その言葉の直後、3本の腕が閃光のごとく動いたのは言うまでもない。
「…そういえば、ここにはどうしてこんなにたくさん服があるんですか?それも野ざらしで」
僕は自分の皿に取ったチーズケーキを一口食べてから思い出したようにパラルダに尋ねる。
あれをインテリアと考えるならば招き入れられたその時に褒めるべきだったのだが、どうも僕の目には不可思議な光景にしか見えない。
「これは全て僕が作った服さ。野ざらしにしてるのは…風に当てた方が服が喜ぶからだよ」
「服が喜ぶ…雨の心配はないんですか?」
「うん。マザーのお陰でね」
フェアリーグラマーを使えば雨雲を変形させて雨を降らさないことも可能ということかと、僕は感心して頷く。
「もし気に入ったのがあれば持って行ってくれていいよ。その方が服も喜ぶさ」
「じゃあキレネ、いくつか貰えばいいんじゃない?あなた確かそれしか服持ってなかったでしょ?」
「え?いや、そんな。悪いよ…」
キレネは食べ物のことになると遠慮はないが、それ以外についてはそうでもないみたいだ。チョコレートの挟まれたウエハースをサクサクしながら渋る。
「いやいや、悪いなんてことはないさ。本当に」
「でも…」
ケーキを次々と口に運びながら逡巡するキレネを見かねてか、パラルダは立ち上がってこう言った。
「それじゃあ実際に着て見てはどうかな?服の声を聴くにはそうするのが一番さ」




