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第2話 萌芽の妖精⑦

左右からノームは迫りくる。しかし僕の腰までほどしかない身長のノームの歩みはさほど早くない。彼らが到達しないうちに僕は双子に指示を出す。


「シニステル、デキステル。作戦変更だ。お前たちにも戦ってもらう」

「やっぱり俺らの出番じゃねえかよ」「全員ぶん殴ればいいのか?」


この場にいる敵の数を把握した上での言葉なのだろうか。指示を受けて行動を開始しているノーム以外にもノームはまだまだいる。殲滅は無理だろう。


「いや、それは多分無理だろうから…まずはこの僕らのキング」


冠のてっぺんは僕の身長を僅かに超えるくらいの位置にある。裏拳で軽く叩いてみた手応えから、中までしっかり石が詰まって総重量は同じ身長の人間よりも重いと考えられる。

100キロくらいはあるだろうか。


「これをなるべく高く投げてくれ」

「いいのか?」「多分割れるぞ」


多分というか、双子の腕力をもってすれば間違いなく落下の衝撃で粉々になる高さまで上げられるだろう。


「それまでに相手のキングを破壊して戻ってくるんだ。…できるか?」


見ると迫りくるノームは他の駒を破壊しながら近づいてきている。その手に握られているのはピッケルやハンマーだった。

双子ができないと答えた場合は別の作戦を考えないといけないのだが、その余裕はなさそうだ。


「まあ、できるけどさ」「なるべく高くだろ?」


双子は頼もしくもそう応え、2人で片腕ずつ使い、キングを軽々と持ち上げる。


「ん?おい。デキステル。あれ」「ん?ああ、そうだな。やるか」


シニステルが前方を指差し、デキステルは頷く。彼らの間で交わされた言葉だけでは何を企んでいるのか僕には分からなかったが、何か閃いたようだ。

僕は2人の頭の中を推し量るべくまずシニステルが指さした方を見てみる。


「何だあれ!?」


それは予想をはるかに超えるものだった。前進したことによってできたポーンとキング間に現れたノームたちは土台となるノームの肩の上に立ち、そしてそのノームの肩の上にまた別のノームが立って、という親亀子亀方式で組みあがり、キングの全長の倍ほどの高さの壁を築き上げていた。


「よし、じゃあ俺が投げるから」「おう、俺が上に行く」


短く言葉を交わし、直後に双子は動き出した。

デキステルはノームの壁を目掛けて猛然と走り出し、シニステルは1人で持つこととなったキングをノームの壁の数メートル上めがけて投擲する。

僕たちのキングを目指して進行をしていたノームたちはあと一歩というところまで来ていたが、流星のごとく飛び去る己が標的を目で追うことしかできず、ただ言葉を失っていた。

一方デキステルはノームの壁の目前までくると真上に跳躍し、一番上のノームの頭の上に着地する。


「うわっ…意外と不安定だな」


デキステルは彼が乗ったことによって崩れかけるノームの壁の上で器用にバランスを取りながら、頭上から落下してくる白のキングを受け止めようと両手を構える。

デキステルに乗られたノームは彼の足を何とかどかそうと頑張るが、しかしデキステルの足はびくともしない。できるのはせめてもの抵抗として「下りろー!」と叫ぶことくらいだった。

その光景を見て僕は双子の考えを悟った。

デキステルはあの位置から、ノームの壁のてっぺんからキングを真上に投げようとしているのだ。


「よっしゃ…いくぜ!」


気合十分に挑むデキステルだったが、しかし彼がキングをキャッチした瞬間、キングの重量に耐え切れず足場が、ノーム同士の繋がりが、崩れる。


「なっ!まじかよ!」


デキステルは崩れる足場に目をやりながらそう言うが、「まじかよ」はこっちのセリフだ。

デキステルの筋力でキングを支えられても重さが無くなるわけではない。彼の体を支える足はその重さを嘘偽りなく真下に伝わるのだから、倒壊は必至と言える。


「くそっ!行けぇーー!」


しかしデキステルは落下しながらも空中で上体をひねり、右腕を投石機のように使い、キングを空へ、上空とさえ言えるほどの高度まで投げ上げる。


「行くぞデキステル」


その隙に地上にいたシニステルはまだ破壊されていなかった2体のポーンを両手に、デキステルの真下まで来ていた。着地したデキステルにそのうちの1体を手渡す。


「石砕くならこっちの方がいいだろ」「そうだな。やるか」


互いに見合わせていた視線を同時に黒のキングに向け、双子は少しだけ姿勢を低くする。

ゴーダは何かを察したのか、表情が変わる。


「全隊!キングを死守せよ!」


動かずに見守っていたノームたちも、白の陣地に攻め込んできていたノームたちも、全てのノームが自陣のキングを目指して走り出す。

そしてゴーダ自身もキングに手をかざし、足元の土を操りキングに巻き付けて強化を図る。

が、それらの全ての意思と行動に現実を叩きつけるかのように、ポーンは絶大な破壊力と共に振り下ろされた。

黒のキングは土台のみを残し、瓦礫と化した。その数秒後、上空から落下してきた白のキングが盤と衝突し、盤にクモの巣を描きながら砕け散る。


「ば…ゴホッ、ゲホッ…馬鹿な…」


ゴーダの手は力なく下ろされる。部下のノームたちは続々と双子の元へ到達するが、守るべきキングは既に破壊されている。彼らは皆、自らが取るべき行動を見失ったように動きを止める。


「俺らの勝ちだよな?」「先に黒の方が壊れただろ?」


いつまでたっても何も言おうとしないゴーダに、きょとんとした顔で双子は問いかける。


「ああ…吾輩らの…負けである」


驚愕と絶望のために喉につかえ、出なかった言葉をようやく絞り出し、ゴーダは僕たちの勝利を認めた。


「ありがとう。シニステル、デキステル。それじゃあ早いところ次の印に行くぞ」


僕は早速地図を広げてここから一番近い印を探す。


「待つのだ」


ゴーダが唸るように声を上げる。


「もう日が沈む。今日はここで夜を明かすのだ」


ゴーダの言う通り陽光はすでに傾き、赤みを増していた。今まで大して重要な情報じゃないと思って忘れていたが、ここ妖精の園では外と比べて時間が早く進む。正確に何倍とかいうのはその都度変化すると僕の知識にある。


「あれ?本当だ」「もう夕方じゃねえか」

「私たちお昼食べてない!」


キレネは大変だとばかりに叫ぶが、自らのお腹を押さえて首をかしげる。


「何で?お昼抜いた割にはお腹が空いてない…」

「それは、実際に肉体にかかる時間は自分が経験した時間だけだからだよ」


つまり時刻だけを見れば昼食を抜いた上、夕食前まで飲まず食わずということになるが、実際に肉体にかかった時間は数時間。フェアリーゴッドマザー作のクッキーが丁度消化されて胃袋が空いたくらいだ。

この性質のせいで妖精の住処に踏み入れた人間が数年後にほとんど変わらない外見で帰ってきたりという話もある。

そういう意味では長寿に一役買いそうな性質だが、しかし厄介なこともある。気づいたら時間が進んでるという点だ。時計を見ている間は普通に時間が過ぎるのにふと目を外すと一気に針が進んでたりするらしい。つまり時間に基づいた計画が立てられない。


「食事と寝床は用意しよう。夜の森は危険である」

「猛獣でも出るのか?」

「いや、思わぬところでつまずいたりすることがある」


なるほど。であればやはりお言葉に甘えるとしよう。


「それじゃあご厚意にあずかるよ」


ゴーダは頷くとすぐ近くにいたノームに何事か指示を出す。指示を受けたノームは頷き、盤の中央に向かって、立派な口ひげで時折盤を撫でながら、とたとたと駆ける。そして体格に似合わない大きな声で他のノームに砕かれた駒の処理を始めるべく指示を出し始める。

僕たちも数体駒を破壊したから少しは作業を手伝った方がいいかとも思ったが、しかし一歩の幅は小さくてもノームたちはなかなか機敏だった。すぐにノームの手が回っていない瓦礫は皆無となる。


「それでは、我々はゆくとしよう」


ゴーダは数歩足を進めて盤から下り、地面に足を付ける。それと同時に地面がうごめき、ゴーダの体を人間が歩くのと同じくらいのスピードで運ぶ。


「まずは食事である。土の幸をご馳走するとしよう」

「土の幸…?」


あまり聞かない言い回しだった。土から取れるもの、つまりは根菜のたぐいのことだろうか。

ゴーダはそれ以上語らず、体感時間で数十分歩いてテーブルの形をしたキノコと、それより二回りほど小さい椅子と思われるキノコが生えている場所へと案内した。

まるで僕たちのために誂えられたように椅子の数は5つだった。


「かけるがよい。しばし待たせることになるだろうが、なるべく急いで用意させよう」

「あ、いや。急ぐ必要はないよ」


肉体で経過した時間的に、まだ我慢できる程度の空腹だったからだ。

頭上で赤い光が灯り始める。もう日はほとんど沈み、空は紫色になっていた。見上げると光の源は木の枝にかけられたいくつものランタンだった。


「お待たせしました」


光にみいっていると1人のノームが身長よりも高いワゴンを押してやってきた。後からやってきた2体のノームは脚立きゃたつを担いでいる。

そのうちの一つをワゴンの傍らに、そしてもう一つを僕たちの傍らに立て、料理を運び始める。


「前菜は木の実とカボチャのサラダです」


ワゴンを押してきたノームがメニュー表らしきものを手に料理の説明をする。目の前のサラダの内容に、さっそく僕は予想が外れたことを悟る。サラダには一切根菜が含まれていなかった。マッシュされたカボチャと一口大にちぎられたレタス、そこにカットされたナッツ類が散りばめられている。

スプーンが差し出されたのでマッシュポテトを一掬いして口に入れた。

カボチャの甘みが口の中で広がる。後味に残るまろやかなものはクリームチーズだろうか。時折出会うナッツの噛み応えも心地よい。

皿の上の前菜が無くなるとすぐに次の料理が運ばれてきた。

木のお椀に入れられ、湯気を立てるシチューだった。


「それでは次はメインディッシュ、春野菜のシチューです」


コース料理ならば次に来るのはスープだと高をくくっていた僕はまたしても予想を裏切られる。まあシチューはスープだから大外れというわけでもないか。

具材は玉ねぎ、人参、アスパラ、キノコ、そしてタケノコだった。タケノコの歯ごたえと、キノコを噛みしめるたびににじみ出るうま味に思わずうなってしまう。


「お替りもございますのでたくさん召し上がってください」


コース料理にしては珍しいが、双子とキレネには嬉しい一言だったようだ。

その後食事を終えた僕らは干し草の上にシーツを敷いたベッドに案内されたが、体感時間で半日しか経過していない僕には昼寝程度の眠りにしか落ちることはできなかった。

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