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第2話 萌芽の妖精⑥

「もうやめろノラ。キレネの言う通りだ。意地でどうにかなるようなものじゃない」


ノラの怒りの矛先がキレネに向く前に僕は仲裁に入る。


「アーサー。あんた何でも知ってるんでしょ?だったらどうやったら魔法が戻るか教えなさいよ」


代わりに矛先は僕に向く。


「いや…どうやったらっていうのは分からないけど…多分、妖精の園から出れば戻るんじゃないのか?」


あくまで仮説だが、フェアリーゴッドマザーがノラの魔法を妨害できるのはこの州の環境が手伝っているはずだ。


「その通り。よくできました」


なんとまたしてもフェアリーゴッドマザーは自らの手の内を明かした。


「私にとってこの国の空気は指の延長みたいなもの。杖を一振りすればどこのどんなものでも自在に変身させてあげられるわ」


ぼろをドレスにしたりカボチャを馬車にしたりね。とフェアリーゴッドマザーは付け加える。

それならフェアリーゴッドマザーと直接対峙する前にノラの魔法が使えなくなったのも、城の中ではまだ魔法が使えていたことも説明が付く。


「だから安心して。おうちに帰ればまた魔法は元通りに使えるわ」

「…それじゃ駄目よ。私は万能の魔術師。『できないこと』なんてあっちゃいけないのよ!」

「なら頑張りなさい。私は応援しているわ」


ノラは忌々しそうに表情を歪めたがそれ以上は何も言わなかった。


「おいマザー。そろそろ我らも本題に入る頃なんじゃないのか?」


物言わずにノラとフェアリーゴッドマザーの戦い、否、フェアリーゴッドマザーにとっては文字通りの児戯でしかなかったのだろうが、を傍観していたヌアザがフェアリーゴッドマザーに声を掛ける。


「ああ本当!久しぶりのお客さんだったからつい」


微笑んでフェアリーゴッドマザーは誰かに合図をするように両手を叩く。

数秒後、四方から4体の妖精が現れ、僕たちの方を向いてティターニアの前に一列に並ぶ。


「彼らは私たちと共にこの妖精の園を守護する存在。四元素のキングたちよ」


向かって右から金髪に橙色の目をした青年。赤髪に青色の目の壮年。長い白髪に緑色の目の中年。灰色の髪に茶色の目の老人。

僕の知識はそう紹介された4体の妖精の正体を僕に告げる。右からそれぞれ火の妖精サラマンダーの王、水の妖精ウンディーネの王、風の妖精シルフの王、土の妖精ノームの王だ。


「俺っちはジン。火の妖精の王をやってるぜ。座右の銘は『焼石の上なら三年』だ!」


やや混同が見られる座右の銘を披露し、親指を立ててサラマンダーの王、ジンは一番に自己紹介をする。


「ん?順番に自己紹介すんのかよ?…俺様はニクサ。ウンディーネっつう水の妖精を治めてやってるつうんだよ。座右の銘はあれだ。『他人の水瓶は青い』」


腕組みをしながら、面倒くさそうにウンディーネの王、ニクサが続く。


「じゃあ次は僕だね。僕の名はパラルダ。シルフたちと仲良く暮らしてるよ。座右の銘は『君のものは君のもの』」


シルフの王パラルダはさわやかな笑みを見せる。そして自身の能力で風を起こしたのか、同時に風によって彼の長い白髪はなびいていた。


「吾輩は…ゴホッ…」


間を置かずに最後の一人が口を開く。


「ノームが王ゴーダ。…ゴホッ、ゴホッ…座右の銘は『臥薪嘗胆』」


重々しく、時折咳き込みながらノームの王ゴーダは自己紹介をする。臥薪嘗胆の意味からこの妖精は何かを企てているのではないかと勘繰りたくなる。まあこれまでの3人の座右の銘から察するに、特に意味はないのだろうが。


「さあ、それでは今から皆さんにはこの4人のキングたちと戦ってもらいます」

「え?」


フェアリーゴッドマザーは唐突にそう言い放って杖を一振りする。

するとテーブルの上のクッキーやミルクなどの一切が消滅し、代わりに1枚の地図が現れる。クッキーに手を伸ばしていた双子の手は空を掻くこととなる。


「その地図に書いてある印のところに4人はいます」

「いや、ちょっと待って下さ…」

「勝利できればプレゼントがもらえるでしょう。しかし負ければイタズラをされてしまいます。頑張ってくださいね」

「いや、だからちょっと待…」

「それが嫌だというならば!」


ヌアザの声が響き渡る。


「我が今ここでイタズラをしてやってもいいんだぞ?」


そして地面から剣を引き抜き、構える。

彼の眼光から察するにされるのは「イタズラ」では済まないことだ。仕方なく僕は言葉を引っ込めることにする。


「それじゃあジン、ニクサ、パラルダ、ゴーダ。あなた達は持ち場に戻って」

「了解」

「はいはい」

「OK」

「御意に」


ゴーダは地面にずぶずぶと沈み、他の3人は空を飛んでその場を去っていった。


「それじゃあ皆さんは10数えてから行動を開始してくださいね」


フェアリーゴッドマザーからのその言葉の直後、テーブルの上の地図は持ち運びやすいように筒状に巻かれる。


「ア、アーサー…どうするの?」


そう僕に聞いたのはキレネだった。しかしその答えは今僕が丁度迷っているものだった。


「あの、一つ聞いてもいいですか?フェアリーゴッド…」

「マザーでいいわ」

「じゃあ、マザー。もしも僕たちが彼らと戦わずに妖精の園から逃げたら、その時はどうなるんですか?」


フェアリーゴッドマザーは首をかしげる。質問の意図が分からないというように。


「どうして?これは戦いじゃないわ。楽しい遊びよ」

「え?そうでしたっけ」


先ほど確かに彼女の口が「戦い」と言ったのを確かに僕は聞いたのだが。

いや、そんな言った言わないの議論に意味はない。


「無駄よアーサー。逃げられないわ」


不意にノラが口を開く。


「あなたは彼女の話を聞いてなかったの?この州のどこにいようと彼女にとっては同じこと。逃げることなんてできないわ」


ノラの言葉にフェアリーゴッドマザーは満足げに頷く。


「その通りよ。折角だから楽しんでいってね」


僕は諦めて地図を広げ、とりあえず現在地に一番近い印を目指すことにする。


「行くぞ。ここから一番近いのはここみたいだ」


言って僕は印の一つを指差す。地図上の印は全て同じものでどの印がどの王を表すかは分からなかったが、こうなった以上行くしかない。


「よし。じゃあ…あー、いや…何でもない。行くぞ」


いつもの癖でノラに転送魔法を頼みそうになるのをギリギリで僕は回避して自分の足で歩き始める。


「僕が先導するからシニステルとデキステルは一番後ろをついてきてくれ」


僕は地図と知識にある妖精の園の大まかな地形を照らし合わせて歩き始める。細かい地形や道という人為的なものは地図から、現在地は知識から情報を得られる。

歩くこと数分、最初の印の場所に到着する。


「これは…チェスか?」


目の前に広がるのはチェス盤とその上に並べられた白と黒の駒。


「何?お墓?」


チェスというものを知らなかったのか、キレネはその光景を見てそう漏らす。


「違うよ。これはチェスって言うゲームだ。…もっとも、本物はもっと小さいけどな」


駒はそれぞれ独立に作られており、移動が可能だった。もうこの時点で何をするかは察しが付く。


「来なさったな」


足元で声が響いたかと思ったら地面から生えてくるようにゴーダが現れる。


「玉座から一番近いのは…ゴホッ…ここであるゆえ予想はしていたがな」


咳き込みながらこちらに一歩踏み出す。

ゴーダの登場と同時に彼の部下であろうノームたちもあちらこちらで姿を現す。


「今から吾輩と貴様らで勝負をする」

「お前を倒したら」「俺たちの勝ちか?」


双子が「勝負」という言葉に反応し、僕の背後から声を上げる。


「違う。悪いけど今回の勝負にお前たちの力は必要ない。僕がやる」

「いや、吾輩らは吾輩ら全員でこの勝負に挑む。おぬしらもおぬしら全員で来るがいい」


ゴーダの言う「吾輩ら」とは先ほどから続々と現れているノームたちのことだろうか。三人寄れば文殊の知恵とは言うが、300くらいいるんじゃないだろうか。

こちらはというと、ゴーダが何と言おうとやるのは僕だけだ。双子はチェスのルールを知らないし、キレネはルールどころかその存在さえ知らなかった様子だった。


「それでは戦に先立ってルールの確認をするとしよう」

「あ、いや、それは結構」


僕はゴーダの申し出を辞退する。チェスのルールはかなり複雑だ。それを全て説明する時間はカットできるものならばカットしたい。


「そうであるか…では、さっそく始めようではないか。色は好きな方を選ぶと良い」

「僕が選んでいいのか?」


ゴーダはゆっくりと頷く。厳格にルールで決められているわけではないが、慣習的にチェスでは白が先攻ということになる。つまり色を選ぶ権利というのは先攻後攻を決定する権利と等しい。


「じゃあ僕は白だ」


チェスにおいて有利なのは先攻。だから僕は躊躇なくそれを選ぶ。

常とう手段と呼ばれるチェスの戦法は大体知識にあるが、しかしそれらをつぎはぎにしてチェスの名手に勝てるかと言われると正直分からない。知識を得てからチェスをするのはこれが初めてだからだ。

故郷で将棋をしたことはあるが、その時の勝率は五分を少し下回るくらいだった。つまり知ってることはそこまで絶大な後ろ盾にはならないということだ。可能性があるならかき集めるに越したことはない。


「では吾輩はゴホッ…黒。…指揮官はキングの背後まで移動を」


僕は白のキングの後ろに立ち、ノラと双子とキレネは僕の後ろに並ぶ。

対するゴーダは黒のキングの後ろに着くが、その場にいたノームは溢れかえらんばかりの数で、盤の4辺のうち、僕たちがいる辺以外は完全にノームで埋まっていた。


「ゴホッ…それでは、開戦である」


ゴーダは重々しく宣言する。


「じゃあ白の僕が先攻。e2のポーンを…」

「ポーンたちよ、前進せよ」

「え?いや、僕が先攻なんじゃ…」


先攻は僕のはずなのにゴーダの口からは指示が飛び出し、彼のポーン全てが盤との摩擦音を響かせながら前進する。


「1隊はキングの前方、2隊は後方を固めよ。3,4隊は右舷より、5,6隊は左舷より相手のキングを狙い、残りは待機」


一度も咳き込むことなくゴーダは部下たちに指示を飛ばし、盤を取り囲んでいたノームたちが一斉に動き出した。

僕は悟った。これは初めからチェスであってチェスでない。僕がゴーダからルールを聞かなかったためにはまってしまった罠。

ゴーダの言っていた「吾輩ら全員で」とはこういう意味だったのだ。

必要な知恵は文殊ではなく猛獣の方だったということか。


「何をしてもよかったってことか…」

「ルールは聞いておくべきだったな。わが軍の勝利である!」

「いや、僕たちの勝ちだよ」


こんなの悪手以外の何でもない。こっちには既に猛獣、双子がいるのだから。

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