表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/142

第2話 萌芽の妖精⑤

双子を露払いとして、恐らく当人たちにその自覚はないだろうが、僕たちは森の中を進む。

しんがりは僕だった。本来ならノラに任せていたところだが、今はノラがあれなので、消去法的に僕がしんがりとなる。

ノラは物言わず俯き気味に、時折自分の手の平を見つめながら歩を進めている。

踏み出すたびに巻きあがる緑の光に飽き始めた頃、急に道が開け広場に出た。

まず目についたのは正面の巨大な妖精。見上げるほどの巨体で、背後の樹木と一体化するように鎮座している。よくみると髪や服、そして所々の皮膚も植物でできているようだった。

彼女がここの女王、ティターニアだ。

しかし最初に口を開いたのは彼女ではなかった。


「控えよ!女王様の御前であるぞ!」


右腕が銀でできた壮年の男と


「よく来ましたね。今クッキーとミルクを用意しますからね」


水色のローブに同色のとんがり帽をかぶった老婆だった。

両者は互いに真逆のことを言っている。

男の名はヌアザ。右腕である銀製の義手を、地面に突き刺した剣の柄に載せ、威圧するような視線をこちらに向ける。

老婆の名はフェアリーゴッドマザー。柔和な笑みを浮かべ、自身の肘から先の腕の長さほどの杖を一振りして地面を変形させ、僕たちのための椅子とテーブルを作る。


「そげに畏まらんでもいいべさ。楽にすんべ」


突如、どこからか声が響いた。強い訛りとともに放たれたその声の主を探して僕が辺りを見回すと、また声が聞こえる。


「ずらばってん。どこ見てるべさ。うちはここにいるだべんろ」

「無礼者ども!女王様のお声であるぞ!謹んで拝聴せぬか!」


再び僕らを恫喝するヌアザの言葉で僕はようやく理解した。いや、「ずらばってん」の意味は分からなかったが、声の主は分かった。


「おいアーサーどうするんだ?」「あれって敵なのか?」


双子は先ほどから剣に手をかけているヌアザを見据えて自らも剣の柄に手をかける。


「違う。剣から手を放してそこで待っててくれ」


僕は2人の元に歩み寄り、肩に手を置きその手に力を込める。

強制的に2人を退かせようという意図はあったが、しかし僕の片腕の腕力程度では2人は微動だにしない。蚊が腕に止まったのには反応できるのに、まるで僕の手の存在に気が付いていないかのようだ。


「うちはティターニア。この妖精の国の女王だべさ」


そんな僕たちにはお構いなくティターニアは僕たちに語り掛ける。

音は間違いなく空気を伝わって耳に届くが、ティターニアの口は動かない。口どころか体も微動だにしない。

僕の知識にはこんな樹木と一体化したような姿であるということではなかったが、しかし妖精はフェアリーグラマーのせいで容姿がかなりいい加減だったりする。目の前の姿が真実ということだ。


「まあみなさん。立ち話も何ですから、かけて下さいな」


フェアリーゴッドマザーは先ほど自らが作った背もたれと肘置きのついた椅子を勧める。

わざわざ作って貰ったのだから座るのが礼儀な気がするが、しかしそうした場合ヌアザに不届き者と怒られるのではないかという懸念が脳裏をかすめ、僕はヌアザの様子を伺う。


「何だ?何か我の顔についているか?」

「あ、いえ。何でもないです」


不運にも僕が向けた瞬間に視線がぶつかってしまう。しかし不幸中の幸いか、ヌアザは怪訝な顔をするだけだった。

僕は意を決して椅子に腰を下ろした。その僕に続いて残りのみんなも腰を下ろす。椅子はテーブルのティターニアのいる向きとは逆の半円部分に配置されていた。僕を中心に、右を双子、左にノラとキレネが座る。

僕たちが席に着いた直後、クッキーの入った大皿とミルクの入った水差しを持ったピクシー達が現れた。よく見るとさっきのピクシー達だった。

彼らは特に何も言わず、置くもの置くと両方の下瞼を指で押し下げ、舌を出して消えていった。先ほどのことを根に持っているようだ。


「さあ召し上がれ。お口に合えばいいのだけれど」

「すごくおいしい!」


召し上がれの言葉の直後に1つを口に運んだキレネが真っ先に答える。僕と双子もキレネに続いてクッキーを取る。形も様々あれば味付けも様々だった。プレーン、ココア、ナッツ、ジャム、チョコチップ。いずれもまだ焼いてからあまり時間が経過していないかのように芯にぬくもりを感じられた。


「ミルクもどうぞ」


フェアリーゴッドマザーが杖を振ると目の前に取っ手のついた木のカップが現れ、水差しの中のミルクが生き物のように流動し、それぞれのコップに移動する。

僕の隣でノラはその光景をじっと眺め、続けてフェアリーゴッドマザーを見つめる、というか睨む。


「ノラ。食べないのか?」


その不穏な視線にフェアリーゴッドマザーが気付く前に僕は手に持ったクッキーを割り込ませる。ノラの目の焦点はすぐにそのクッキーに定められ、続いて僕の顔に移る。


「…食べるわよ」


ノラは僕の手からクッキーを受け取り、口には運ばずにカップの中の牛乳に浸す。


「ノラちゃん。何やってるの?」


それに目ざとく反応したのはキレネだった。


「こうするとクッキーが柔らかくなるのよ」

「へー。おいしいの?」

「私はこっちの方が好きね」


キレネもノラに倣って右手に持っている方のクッキーをミルクに浸し、左手に持ったクッキーはそのまま口に入れる。


「申し遅れました。僕はアーサー・マクダナムといいます。この妖精の園に用があって来ました」


僕は立ち上がり、忘れかけていた本題を切り出す。今回はもう水魔城のような失態は犯すまい。


「ええ。知っていますよ。ここに来る誰もがそうなのだから」


フェアリーゴッドマザーは頷きながらそんなことを言う。


「私はフェアリーゴッドマザー。全てのいたいけな子供の味方。さあ、まずは私にわけを話してごらんなさい」


そして優しい口調で僕に語り掛ける。残念ながら僕はいたいけでも子供でもないのだが、しかしそれは見れば分かることだ。絶対に、見れば分かるはずのことだ。

だから彼女の言う「いたいけな子供」とは何かの比喩なのだろう。

何の比喩かは知らないが。


「僕はある本に関する情報を集めてるんです。…黄金の、触れたものに知識を与える本なんですけど」

「触れた者に知識を…ごめんなさいね。私は知らないわ」

「そうですか…女王様はどうでしょうか?」


ティターニアにそう問いかけた瞬間だった。


「貴様!」


うっかりしていた。ヌアザに怒鳴られた。


「何を貴様ごときが女王様に気安く話しかけ…」

「悪いけど、うちは知らねえべな。ずらばってん」


ヌアザが言い終わる前にティターニアはそれを遮って答える。

今度は申し訳なさそうに発された「ずらばってん」だったが依然として意味は不明。「ずらばってん」の意味を尋ねたい衝動に駆られるが、しかし睨みを効かせるヌアザによってその意思は打ち砕かれる。


「いえ。ありがとうございました。聞きたいことは終わりです」


僕が頭を下げると同時にフェアリーゴッドマザーは口を開く。


「そちらのお嬢さんはいいの?」


顔を上げて目に入ったフェアリーゴッドマザーは、ノラの方を向いてそう言っていた。


「…聞きたいことならあるわ」


ノラは口に入れたクッキー、ミルクに浸して柔らかくなったクッキーを飲み込んで話し始める。


「あなたね?私が魔法を使えなくなった原因は」

「よく分かったわね」


笑顔で答えるフェアリーゴッドマザー。対してノラは物騒な表情を浮かべて彼女を睨む。


「一体何をしたの?魔力を封じる何かならあなたも魔法を使えないはず」

「その通り。魔力はあなたの体から問題なく放出されているわ。でも、魔法にはならない。そうでしょう?」


子供を諭すような口調でフェアリーゴッドマザーはノラに話し掛ける。ノラは敵意のこもった視線はそのままに頷く。


「それはね、私のフェアリーグラマーであなたの魔法を変形させているからなのよ」

「魔法を…変形…?」


フェアリーグラマーはものの形を操ることに特化した魔法。それで魔法を変形させるというのは魔法を言葉で理解、否、知っている僕には腑に落ちる言い回しだった。

しかしノラにとってはそうではなかったらしく、しばし硬直する。


「少し難しい?じゃあ…一度魔法を使ってみて。目で見えるように魔力を出しながら。あなたならできるわよね?」


ノラはすぐには行動しなかったが、しかし魔術に関する知識欲の方が勝ったか、やがて右手を出し、手の平から灰色の魔力を放出する。

放出された魔力は煙のようにくねりながら魔法陣へと形を変えていく。


「よくできたわ。ありがとう。とても大きな魔法陣ね」


にこやかに、可能であればノラの頭を撫でていたであろう優しい表情でそう告げ、フェアリーゴッドマザーは彼女の言葉通り巨大な魔法陣の前に立ち、杖の先端で魔法陣の一部を指す。


「それじゃあこの魔法陣を起動して頂戴」

「本当にいいの?攻撃用の魔法だけど」

「ええ。構わないわ」


ノラの手の平から魔力の帯が放出され、魔法陣に命中する。その瞬間魔法陣は輝きだす。

しかしそれよりも一瞬早くフェアリーゴッドマザーの杖が輝き、水色の光が空間を割いた。光は魔法陣の一部を包み込むように付着し、魔法陣の文様が変えられたように僕の目には映った。


「…かなり複雑な魔法だったんだけど」


ノラは忌々しそうに。しかし結果が分かっていたからか、幾分落ち着いたように呟く。

彼女の魔法は不発に終わったのだ。


「ええ。だからこそよ。複雑な魔法はそれだけ効果は絶大だけど、少しの妨害や失敗で破綻してしまうのよ」

「それは…そんなことは分かってるわよ!でも…」


何かを言いかけたノラだったが、しかし不意に口を閉じ、まっすぐにフェアリーゴッドマザーを見据える。


「いいわ。事実は事実。認めてあげる」


言ってノラは両手を合わせ、視線もそこに集中させる。誰も言葉を発さなかった。その場に響いくのは双子がクッキーを食べるサクサクという音だけだった。

ノラの両手は徐々に離れていき、生まれた空間は灰色の魔力で満たされていた。その光景を目にしてフェアリーゴッドマザーは感心したように唸る。


「自分の魔力で壁を作ってその中で魔法を?…まあまあ。かなりの技と力も持っているようね」


しかしその表情はまだ余裕に満ちた、いうなれば子の成長を見守るようなものがあった。


「私相手に種明かしをしたのは失敗だったわね」


言ってノラは手を勢いよく前に突き出し、灰色のオーラの球体に包まれた手の平ほどの大きさの魔法陣を放つ。

それに反応して地面に突き刺した剣を引き抜き、構えるヌアザだが、しかしそれを手で制してフェアリーゴッドマザーは杖を振り上げる。


「遅いわ!」


ノラが叫んだ瞬間、球体は割れて中の魔法陣があらわになり、それは七色の煙を吐き出した。

ノラが何をしたかったのか分からない僕だったが、僕以上にノラの方が困惑している様子だった。


「嘘…何で…?」


ノラの目は大きく見開かれる。そして彼女はふらふらと、無感情に右手を掲げようとする。


「待ってノラちゃん」


しかしその手はキレネに握られ阻まれる。


「まだ、やるの?」

「放して。邪魔しないで」

「駄目だよ…!今のノラちゃん、何か変だよ?いつもと違う…」

「邪魔しないで。何も分かってないくせに」


キレネに目を向けることなく冷たく言い放つノラに、キレネは目を伏せてこう答えた。


「うん。私は何も知らないし…何も分からないけど、ノラちゃんが悲しそうだってことは見れば分かるよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ