第2話 萌芽の妖精④
「飛べないってどういう…」
「分からないわよ。魔力は出せてるのに魔法にならないのよ」
考えられる原因としてまず思い浮かぶのは魔術を妨害する結界か装置が作動しているということだが、しかし目の前にいるピクシーたちはフェアリーグラマーという魔法を使って現れたという点から広範囲に影響の及ぶ結界や装置ではないと考えられる。
次に思いつくのはノラの魔力の出力を上回る出力でノラの魔法を撃ち消す魔法が発動されているということだが、こればかりは何とも言えない。あり得ないと思いたいが、そう結論付ける根拠はどこにもない。
「ノラ。体の方は何ともないか?」
そしてもう一つ考えられるのは外部からの影響ではなく、単にノラが不調だということ。
「ええ。城の外に出てくるのに魔法は使ったでしょ?あの時点で魔法は使えていたんだから、魔法が使えないのは私の体調とかのせいじゃないわよ」
確かにノラの言う通りだ。もっと言えば転送魔法を使う直前に索敵魔法を発動できていた。やはり意図的に魔術を妨害されたと考えるべきか。
「僕の知識では魔力が出せない原因までは分からない。だからノラはすぐ城に戻ってくれ。魔力が出せるようになったら僕たちと合流すれ…」
「嫌よ」
僕の提案を最後まで聞かず、ノラは4体のピクシーの方へ歩き始める。
「待て」
しかし僕は彼女へ駆け寄り、肩に手をかけて歩みを止めさせる。意外なほどに呆気なくノラは止まる。そのことに驚いたのは僕だけではなかったのが僕の手を介して伝わる。
「まずは落ち着け。本当に魔法は使えないのか、そしてその理由は本当に思いつかないのか考えてみろ」
ノラは振り返らなかった。振り返らないまましばし沈黙し、やがて首を横に振る。
「じゃあやっぱりノラは一緒に来るべきじゃない。魔法の使えないお前なんて…」
僕は一瞬ためらう。今のノラに送るにはあまりに辛辣と思える言葉だったからだ。
しかし次の瞬間僕はためらったことに感謝する。
魔法が使えなくなって普通の人間同然になったノラを城に戻すのは、同様のキレネが城に残るのを許さなかったということと矛盾する。
振り返るとキレネは心配そうな、しかし状況を正しく理解できてはいないという顔で僕たちを見ていた。
ちなみに双子は姉の一大事にも関わらず地面に生えているコケが珍しいのか、しゃがみ込んでコケをつついていた。
「いや、何でもない。…ノラ」
僕は僕に背を向けたままのノラに耳打ちをする。
「キレネのこともあるからお前には一緒に来てもらうけど…」
後に続く言葉に僕は窮する。
「僕が守るから大丈夫」はまずありえない。「双子に守らせる」はありな気もするが、しかし双子は反射神経が優れているだけで索敵能力はかなり低い。かくれんぼ好きの妖精相手に3人も守るというのは正直難しいだろう。
結果、僕が出した答えは
「気を付けてくれ」
だった。
ノラは返事をせずに歩みを再開する。しかしその歩みはまたしても遮られる。
「あーはい。話がまとまりました」
4体のピクシーは円陣を解き、ノラの前で空中を浮遊しながら横一列に整列した。
「悪いけど、あなた達の相手をしてる暇はないの」
ノラが静かに言い放つ。
「嫌だ、は通用しないよ」
しかしピクシーたちはノラからのその言葉を受けてなお立ちはだかる。
僕はノラの前に出て策士らしく弁を弄する。
「さっきも言ったけど僕は君たちの…女王様と言ったか?その方に謁見したい、いや、しないといけないんだ。もちろんお近付きの記にいくらかお土産も用意している」
お土産は口から出まかせだが、しかしその用意はできる。
「とにかく、僕たちは君たちと遊びに来た普通のお客さんとは違うということは分かってくれ」
「うるさいなー。わたしたちと遊ぶのがそんなに嫌~?」
僕の弁論は「うるさい」の一言で軽くいなされてしまう。
「えーとですね。今から皆さんにはクイズに答えてもらいます」
そのまま一番右端にいたピクシーは話し始める。
「僕たちのうちの何人かは本当のことだけを言って、残りの何人かは嘘しか言いません」
話し終わったピクシーに代わって、今度は左端のピクシーが彼らの後方を指差して言う。
「あの2つある道のうちどちらかは女王様のところまで続いてるけど、もう片方はハズレ。進むと死にます」
「死ぬのか…?」
僕の口から思わず言葉が漏れる。ペナルティーが大きすぎやしないだろうか。
「いい?じゃあ今から始めるよ?」
「ちょっと待ってくれ。質問は何回でもしていいのか?」
「うん。そうだよ」
聞いてはみたが、しかし質問は一度で事足りる。
彼らには悪いが、僕はこの問題の答えを知っているのだ。有名な、ある意味使い古されたとさえ言える問題だからだ。ここでするべき質問は
「女王がいない方はどっち?」
違う。これじゃない。口を開いたのはノラだった。
ピクシーたちはそれぞれの役に沿って質問の答えにあたる道を指差す。
結果、端の2人が左を、中央の2人が右を指した。
「ちょっと!何で答えが分かれるのよ!?」
ノラは声を上げる。
「どうなってるのよ!」
ピクシー達にではなく、なぜか僕にノラは食って掛かる。
「いや、今のじゃ駄目だろ」
「だって、本当のことしか言わない妖精と嘘しかつかない妖精しかいないんでしょ?」
「ああ」
「だったら私のした『女王のいない方』は正直者にはいない方で、嘘つきにはいる方を聞かれたことになるんでしょ?だったら結果は…」
「いや、待てノラ」
確かにノラの言ったように質問が伝わるなら正直者はいない方、嘘つきはいる方でない方、つまりいない方を指差すので答えが分かる。
「正直者は本当のことを言うだけで、質問の内容が脳内で嘘に変換されるわけじゃない。…そうだよな?」
僕はノラを、続いてピクシー達を見る。ピクシー達は僕の投げた質問に一斉にうなずいて応える。
ノラはそれを受けてもまだ文句がありそうだったが、僕はそれをなだめて質問を繰り出す。
「君たちが来たのはどっちだ?」
これは正直村と嘘つき村というクイズだ。正直者はそのまま正直に正解を指差し、嘘つきはハズレを指差そうとして嘘をつくので正解を指差す。
勝利を確信した僕だったが、しかし目の前のピクシー達がとった行動は予想を大きく裏切った。
皆てんでばらばらの方向を指差したのだ。
「なっ…」
何故だという言葉は驚きのあまり言葉にならなかった。
しかし即座に僕は納得する。これは正直村と嘘つき村などではない。だって彼らに問うているのは女王の居場所。彼らの家か寝床とは本質的に何の関係もない。
まずいと思うが口には出さない。頭脳をフル回転させて考えをめぐらす。女王のいる方向を聞き出す方法を考えるのではなく、まず考えるべきは4人全員に同じ答えをさせる方法だ。それさえ思いつけば同じ論法で正解の道も聞き出せる。
「そのためには『どっち』とか聞いてるんじゃだめだよな。…いや、イエスかノーで答えさせるのが駄目なんだ。……ん?待てよ」
ふと僕の頭に妙案、というか反則すれすれの考えが浮かぶ。
「なあ、君」
僕は一番左にいたピクシーを指差す。
「あ、俺?」
「君はそんな長い髪してるけど、男の子だよな」
「そうだけど…何でそんなこと聞くの?」
「いや、やっぱり何でもない。気にしなくていいよ」
もちろん何でもないことではない。この質問こそが勝利への布石となる。
「どっちの道を行けば女王に会える?」
無意味と分かり切った質問を僕はここで繰り出す。当然ながら結果は2対2に分かれる。それぞれ指差すのは最初にノラが指さしたのとは逆の道だ。
「アーサー。その質問は意味ないでしょ」
ノラがせせら笑うように言う。しかし僕はそんなノラを無視して言い放つ。
「答えが分かった。正解は右だ」
そして右側の道を目指して歩き始める。
「ちょっとアーサー。何言ってるのよ」
ノラは僕に言葉を浴びせる。対して出題者のピクシー達はみなぽかんとしている。
「嘘でもはったりでもないよ。根拠を言おうか?」
というか言わせてくれないと困る。これはクイズ的には全く正解ではないのだから。
「まず君、さっき僕に性別を聞かれたときに男だって答えたな?」
「あ、ああ」
「そして君は実際に男だ。つまり君は正直者で、さっきの質問で指差したのは正解の道ということになる」
「な!そんな…!」
一番左のピクシーの後頭部のポニーテールが揺れる。
「僕はちゃんと確認したぞ。どんな質問でもしていいのかと。それに対して君たちはそうだと言った。だったら彼の性別を問うのもルールの範囲での正当な質問。それに対する回答も判断材料にしてしかるべきだ」
可哀そうに。4体のピクシーは想定外の事態に完全に言葉を失い、茫然としている。
「というわけで右の道が正解ってことでいいんだよな」
僕はわざとらしく見せつけるように右の道を指差して歩き出す。しかしノラもキレネも僕の答えに納得していないのか、付いて来なかった。
ハズレの道を行くと死ぬと言われれば普通そうだろう。
だが僕は「普通」そうだからこそあえて躊躇せずに進む。これで僕が死ねば向こうのせいにして文句を言える。いや、死人に口はないのだったか。だからできれば早めに引き留めて欲しいんだが。
「あーあ。どうする?」
「いや、うちに聞かれても」
「うーん。行かせてあげてもよくない?」
「えー?さすがにずるいよ」
ピクシー達は僕を引き留めはせずに再び円陣を組んで文字通りの内輪揉めを始めてしまった。
僕は仕方なく彼らの議論が落ち着くまで待つことにする。
ノラとキレネは僕の背後に、そのさらに後方では双子が我ら関せずといった風にコケをつついて遊んでいた。
やがて話が付いたのか、ポニーテールの妖精が僕の前に飛んでくる。
「あのね、話し合った結果行っていいことになったよ」
「それはよかった」
「ああいう反則をする余地のある問題を出したこっちが悪いってことでね」
僕の目の前のピクシーは口を尖らせてそう言う。
「で、進む道は右でいいのか?」
「ああ、うん。というか、どっちの道も安全だよ」
「そうなのか?」
「当たり前だよ。ここってそんな危ない国じゃないからね」
「何だ。じゃああんな卑怯な手を使うまでもなかったのか」
僕がそういうと三つ編みのピクシーが僕の眉間に人差し指を突き付けながら飛んでくる。
「いやそんなわけないでしょ!不正解の道を進んでたら、ちょっといたずらしようと思ってたのに」
商売あがったりだと言わんばかりに肩をすくめ、彼女は蝶の姿になって飛んで行ってしまった。
それに続いて他のピクシー達も蝶になって飛び去って行く。
「というわけだ。行こうか」
「何がというわけだ。よ」
「アーサー。もうちょっとちゃんとした方がいいよ?」
女性2人が引き気味だった。まああんな暴論を世の心理の如く堂々と謳ったのだから当然か。ノラの視線は純粋な軽蔑なのに対して、キレネのそれには心配が含まれているのが僅かに僕の心を痛めた。
「何にせよ進むぞ。…シニステル!デキステル!」
僕は双子を呼びよせ、露払いとして先を歩かせた。




