第2話 萌芽の妖精③
暫く落下を続け、激突の恐怖が鎌首をもたげ始めたころ、僕の目の前に魔法陣が出現する。
それをくぐった先はリビングの天井付近で、そこから徐々に減速をし、僕は床に着地する。
「どう?見えた?」
「ああ。見たよ。確かにあれは事故とか自然現象とかじゃないな」
「いかにも。わが眷属によるとあの網は陸地から伸びている」
口調を中二仕様にしたパティが端末を片手に持ちながら僕にそう告げる。
「どうする?網自体は私の魔法でなんとかできるけど」
そう言ったノラの手に杖が握られていないところから察するに、網自体は脅威としての度合いは低いのだろう。
「いや、このまま何もするな」
しかし僕の口から出た言葉は否定だった。そうさせたのは僕の知識。
今僕たちがいる場所は妖精の園の領域内。そして妖精は皆いたずら好きだ。反撃するのは躊躇われる。
「何もしないって、それでどうするのよ」
「城のバランスだけを保って、あとはむこうに任せるんだ」
投網、仕掛け網、虫取り網、網は色々あるがその用途は決まっている。捕獲だ。つまりこのまま転覆さえしなければ僕たちは無事に妖精の園に上陸できるということになる。
「パティ。城の周囲に付けてる監視装置の映像を見せてくれ」
「少々お待ちを」
言ってパティは手に持っている端末を操作する。暫くすると鳥の形をしたオートマトンがノートくらいの大きさの端末を持ってきて僕の前でぱたぱたと羽ばたく。
僕がそれを受け取ると同時に画面に映像が表示される。
コマ割りされた映像に加えて城と周囲の地形の模式図も映し出されている。その模式図によるとやはり網の発生源は陸地の方で、城もまたその方向へ引き寄せられている。
「Golem. Keep balance」
「Yes sir」
映像を見る限りでは網以外に脅威と呼べそうなものはなかったので僕は抵抗をせず上陸するように城に指示を出す。
「これで上陸するまでは大丈夫だけど、そこまで悠長にしてられる状況でもない」
網はこちらを逃がさないようにするためだけで、ここから本隊が城に直接飛んで来ないとも限らない。
「このまま城で戦闘が起こった時のために誰かに残っておいて欲しいんだが、オスカーとパティに頼めるか?」
全員で行くつもりだったが、それは双子に事件を起こさせないためのもの。そういう意味ではオスカーとパティはどちらでもいいのだ。
それに妖精がする攻撃というのは普通の攻撃とは違い、頭の固い人間をけむに巻くようないたずらだ。城が自動で対処できるかどうか怪しい。
「任せろ。この俺、戦塵の風を敵に回したことを奴らは後悔するだろう」
不揃いな長さの前髪と顔にあてがわれた右手の指の隙間からオスカーは緑色の瞳を輝かせるが、初めて聞いた通り名だったので毎度のことながら今思いついたとかそういうやつだろう。
「私も奏者が威を示すとしよう」
「ソウジャガイ?」
パティが兄と同じポーズをとりながら口にした初めて聞く単語を僕は片言で復唱する。
「つまり…わが眷属たちを全て目覚めさせるという…」
そこまで言われて僕はようやくピンとくる。つまり彼女はオートマトンを全部起動させるつもりだということだ。
「ああ、うん。そうだな。人手は多い方がいいもんな」
パティは僕の言葉に数度頷くという形で反応を示した。
僕は兄妹から視線をずらし、今度は姉弟へと向ける。
「そして残りのみんなで上陸だ。お前たちはいつも通り僕を守るように」
「仕方ないわね」
「「しょーがねえな」」
3人はほぼ同時にそんな返事をする。何でこの姉弟たちは一人残らず渋々なんだ。
続いて僕はキレネを見る。
「というわけで僕たちのことはこの3人が守ってくれるらしいから、キレネも一緒に来てくれ」
「え?それは…」
何の疑いもなく彼女は首を縦に振ると思っていたが、しかしそれは同時に何の根拠もない予想だったようで、キレネは渋る。
「何か行きたくない理由でもあるのか?」
「行きたくない理由というか…私は行かない方がいいんじゃないかな?」
行きたくない、ではなく、行くべきでないということだろうか。
「だって、水魔城でオスカーとパティが戦わないといけなくなったのは私のせいだったよね?今回もそうなるかもしれないから、私はもう外に出ない方がいいんじゃないかな?」
どうやらキレネは水魔城でのことをまだ気に病んでいるようだ。確かにあれはキレネが悪いわけではなかったが、きっかけはキレネにあったようだった。そう考えたくなる気持ちも分からなくはない。
「その心配は妖精の園ではまずないよ」
しかし僕はキレネが口にした懸念を否定する。
「さっきも言ったけど妖精はいたずら好きなだけで好戦的な種族じゃない。多分喧嘩っていう概念すらないんじゃないかな。たとえ君が妖精たちに嫌われても、君一人がちくちく嫌ないたずらをされるだけだから大丈夫だ」
「そう…なんだ」
それは大丈夫とは言わないよ。とキレネの表情は言う。
ノラはキレネの傍らまで歩いていき、彼女の肩に手を置く。
「それに安心しなさい。妖精に物理的な戦闘力はないわ。だから戦うとしたら魔法を使ってくるはず。魔法を使う相手に私は負けないわ」
確かにノラの言う通り妖精たちの大半は物理攻撃よりも魔法を使ってくる。いや、攻撃というか彼らにとってはいたずらなのだが。
しかし「私は負けない」というノラの言葉を手放しで信じるのは躊躇われる。僕の知識によればあの国には伝説級の魔法使い、フェアリーゴッドマザーがいるのだから。
「ノラ。くれぐれも油断だけは…と、上陸したかな?」
話していると城がまた少し揺れる。それによって僕は城が上陸したということを悟る。
この城は水上や陸上を移動する際には内部に一切振動は伝播しない。しかし水上と陸上を行き来する時にはそうではないということは出航の時に判明していたのだ。
「で、キレネ。一緒に来てくれるか?」
「ごめん。私がしてるのは…確かに自分の心配もしてるけど、ここに置いてもらってるからみんなに迷惑かけたくないとも思ってて…」
説得の仕方を誤ったようで、キレネは首を縦に振らない。
「そうか。でもそうなると妖精の園の料理とかが食べられないぞ」
「あ、え…えぇー…」
キレネが頭を抱える。しかしまだ首を縦には振らない。先ほどよりも揺らいでいるように見えるがまだ崩れない。
「ノラ、シニステル、デキステル。お前たちはキレネと僕を守りながら妖精の園を移動できるか?」
「当たり前でしょ」
自らを侮られたと思ったのか、ノラは顔をしかめてから一言放つ。
「俺らもできるぞ」「ああ、楽勝でな」
ノラに続いて双子も声を上げる。
次に僕はオスカーとパティのいる方を向いてこう問いかける。
「じゃあオスカーとパティは万が一この城に刺客が来た場合、キレネを守りながら戦えるか?」
「ククッ。王よ。もちろん我々はいついかなる時でも…」
「いや、申し訳ないが王よ。それは難しいな」
不敵な笑みを浮かべるパティを遮ってオスカーは声を発する。その得意げな顔は微塵も申し訳なさそうではなかったが、しかし僕の意図を見事にくみ取った返答だったので得意げなのも無理はない。
「兄者…何故…?」
困惑した表情を浮かべるパティを傍らに、オスカーは続ける。
「我々は万能の魔術師の如き無尽蔵の魔力を持つわけでも、万全の剣士の如き底無しの体力を持つわけではない。万が一のことを考えるとキレネを王と同行させるのが最善だ」
まあ実際は城自体が自衛の砦である上にオスカーもパティも弱くはない。籠城戦ならば、城の中に無数の発明品を抱えるパティとそれらを完璧に使いこなせるオスカーなら鉄壁をも誇れるだろう。
しかし今回僕がこんな質問をし、オスカーにこんなことを言わせたのは、僕たちのことを心配するがゆえに城に残ると言い張っているキレネの考えを変えるためだ。外に出ないより出た方がみんなの安全のためだと知れば考えも変わるだろう。
「本当に?」
「ああ、だからキレネは安心して付いて来ていい」
「そっか…。じゃあ、そうするね」
まだ僅かに後ろ髪を引かれている様子ではあったがついにキレネは承諾した。
「よし。そうと決まれば上陸するぞ。どうやら城は止まったようだ」
手に握っていたパティの映像を確認すると網はまだかかったままだったが、網はもう引かれていないということが分かった。
妖精はまだ遠くから様子を伺っているのか、画面には何も映っていない。
「じゃあノラ。僕たちを城の外に転送してくれ」
「ええ。じゃあ飛ぶわよ」
視界が歪み、戻ると僕たちは森にいた。
転送魔法に慣れていないキレネがバランスを崩して尻餅をつく。すると彼女の足元から埃が撒きあがるように緑色の粉が吹き上がる。それは太陽の光を受けてキラキラとエメラルド色に輝き、やがて風に流され消え失せた。
僕はキレネを助け起こしてから口を開く。
「さてと、ノラ。僕たちの周りに妖精はどのくらいいる?」
「……」
「ノラ?」
僕の問いかけにも無言を貫いたノラの顔を覗き込むと彼女の目は、はっとしたように僕の顔に焦点を合わせる。
「いるわ。信じられないくらいにたくさん」
ノラは首を振り、周囲を見渡す。
しかし思うにその目は妖精を捉えられないだろう。妖精たちが使う魔法は魔法の中でも特に「フェアリーグラマー」と呼ばれるもので、対象物の形を変えることに特化した魔法だ。
子供ほどの大きさの妖精が鳥や虫になることだって可能。つまり何もいないように見える緑色のコケの中でも妖精にとっては格好の隠れ場所となるだろう。
「そうか。好都合だよ」
僕は一歩前に出て息を大きく吸い、同量の息を吐き、そしてまた吸う。今度は張り上げた声と共に息を吐く。
「僕は波斗原よりの使者!求めるのは君たちとの対話だ!どうか恐れずにその姿を現してくれないか!」
言い終わってから何の反応もなかったことから一人称を「僕」じゃなく「我」にしておけばよかったかという後悔が走ったが、しかししばらくするとそれが杞憂だと告げるものが現れた。
「あはは。ハトハラ?」
「いひひ。お客さんってこと?」
「うふふ。ハトハラってなあに?」
「えへへ。一緒に遊んであげようよ」
それは4体の妖精、ピクシーと呼ばれる妖精たちだった。
仮にそれぞれの名前を「ピクシーあ」「ピクシーい」「ピクシーう」「ピクシーえ」とすると、ピクシーあは長い赤髪をポニーテールにした男の子、ピクシーいは長い赤髪を2本の三つ編みにしたの女の子、ピクシーうは肩までの長さの髪を小さくツインテールにした女の子、ピクシーえは4人の中で一番短い赤髪を七三分けにした男の子だった。みな背中に透き通るような桃色の翅を4枚持ち、服も同じ色のワンピース。
「あーでも、まずはじめに女王様に見せなきゃ」
「いやだよー。せっかく拾ったのに」
「うーん。でも女王様に言われたことは守らないと」
「えっと、じゃあどうする?」
4体のピクシーは僕そっちのけで円陣を組み、何やら話し合いを始めてしまった。
「ちょっと…君たち?」
反応を返さないピクシーたちを確認して僕はノラに耳打ちをする。
「ノラ、あのピクシーたちが話し合いに夢中なうちに僕たちは僕たちでさっさと女王のところへ行こう」
先ほどの4体のやり取りから、そう呼ばれる存在がいることは分かった。あとはどこにいるかだが、それはノラの索敵魔法で探れることだろう。
「そうね。それがいいわ」
言ってノラは少しの間目を閉じ、やがて開く。
「森の中央にかなり大きい魔力を感じる。多分そこね」
さすがはノラ。と思ったのもつかの間。僕は違和感を抱く。
「どうしたんだノラ?」
いつもならもう視界が歪んで女王の前に飛んでいる頃なのに。
違和感が心配に変わりだした頃、ノラはようやく呟いた。
「飛べない」




