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第2話 萌芽の妖精②

話し合いの過程は省略するが、結論として僕は出入り口のある、つまりキレネが彼女の意思で出入りできる部屋を作ることになった。言い負かされてやけくそになった僕は部屋のレイアウトも全てノラに従うことにして、現在2人で部屋を作っている。


「ベッドはこの辺で、洗面所はその隣でいいでしょ」

「隣って、そんなに近くに作るのか?」

「キレネは普通の人間でしょ?」


その答えについて確信はなかったが、しかしそういうことになっているので頷いておく。


「だったら起きてすぐとか寝る前とかに洗面所が必要でしょ?」

「そうかもしれないけど、普通じゃない人間には必要ないのか?」

「ちょっと。私を異常者みたいに言わないで」


ノラは不満を漏らすが、しかし誰もノラについて言及などしていない。


「私は魔法があるからわざわざ洗面所にいく必要はないのよ」

「お前の部屋に洗面所作った覚えがあるんだが」

「ええ。あるわよ」


まあこの程度の言動矛盾はよくあることだ。構わずに話の続きを聞く。


「必要ないから無くていいってわけじゃないのよ。デザインっていうのは」


そんなものなのだろうか。と首をひねる僕をおいてノラは話題を別なものに変える。


「そういえばあの子って一着しか服持ってないのよね」

「そうだな。身一つで引き上げられたからな」

「まあ服はアーサーに言ってもしょうがないわよね。あとでパティに言っておくわ」


確かに僕は男だから女子の服の相談をされても的外れな答えを返してしまうかもしれない。

しかしパティというのもどうだろう。防水、防刃の繊維で作って貰うつもりなのだろうか。


「だからアーサー。あなたはクローゼットを作ればいいのよ」


何が「だから」なのか分からないが、ノラはベッドの向かい側の壁を指差す。


「まあ、その指示に関しては了解なんだけど…」


僕は一度言葉を切って城に指示を出し、壁をクローゼットに変形させる。


「…ノラ、お前の部屋にもクローゼット作ったよな?」

「ええ。作ったわね」

「でもお前ってあれ使ってないよな」


つまりノラには事実上クローゼットなんて必要ないはずなのだ。


「そうよ。でも女の子の部屋にはクローゼットはあるものなのよ」

「それも『必要ないから無くていいってわけじゃないのよ』ってやつか?」

「あることに意味があるのよ」


実用品をして存在そのものに意味があるとはずいぶんな言い草だが、ノラがそうだというのならそう言うことにしておこう。


「あっ、ちょっとアーサー」


僕が何か粗相でもしたのか、ノラが僕の腕を力強く引っ張る。


「そんな空間に蓋をしただけのクローゼットなんてクローゼットじゃないわ」


どうやらクローゼットの外観が気に入らなかったようだ。


「はいはい」

「『はい』は108回よ」

「何の修行だそれは」


このペースで軽口を叩きあっていてはまた予定が狂いそうなのでしばらく黙ろうとしたその時だった。


「それと攻撃用魔法の練習をするためのスペースも必要ね」

「それは単なるお前の要求だろ!」


これだ。

僕の意思が弱いのか、それともノラが余計なことを言いすぎるのか。


「でもそういうことならこの機会に作ってやってもいいか…」


この城はスペースを持て余しているのだ。


「え?本当に作ってくれるの?」


ノラがキツネにつままれたような顔をして見せる。


「ああ、ついでだしな。…Golem. Dig a space next to the room2 and connect it to the room2」


僕の忠実なるしもべはすぐさま呼びかけに反応し、Yes sirと答える。


「じゃあ後はアーサーに任せるわね。私は急用があるから」

「待て。間違いなくそれは今増設した部屋の視察だろ」


急を要する用事ではなく、急に思いついた用事だ。


「行く前にこの部屋に何か足りないものがないか見てからにしてくれ」


ノラはぐるりと回りを見渡してから、


「後はキレネさえいれば完璧なんじゃない?」


と言うが早いか転送魔法で僕の目の前から消え失せた。


「つまり部屋自体は完成ってことか」


僕はノラがいた空間に一人呟く。僕が言った「足りないもの」というのは者じゃなくて物のつもりだったんだが。


「じゃあキレネを呼んでくるか」


転送魔法を使えない僕は自分の足でキレネの部屋に一番近い壁の前まで歩いていった。

城に命じて通路を開く。この先にキレネがいるのだ。

彼女は自らの立場をどう理解しているのだろうか。朝食が終わるなり何も言わずにこの部屋に戻り、出口を塞がれても一言も文句を言わなかった。

計り知れないキレネの胸の内に考えを巡らせながら僕は歩を進める。


「キレネ…?」


僕の目に映ったキレネは布団の上にいた。しかし横たわっているのではなく、両腕で膝を抱え、瞑目して座っていた。

僕の声に反応して彼女の目は開かれる。


「…あ、アーサー」

「何してたんだ?寝て…」

「寝てないよ!」


食い気味にキレネは僕の言葉を否定する。


「何か思い出せないか色々考えてたんだけど…」


後に続いたその言葉は徐々に勢いを失っていく。それだけで十分に成果は推し量れた。


「まあ、無理はしなくていいと思う」


僕はそう言うがキレネ本人は納得していない様子だ。


「なあ、ところでこの部屋なんだけど…」

「うん」

「お前はいいのか?」

「…何が?」


キレネは首をかしげる。


「何って…」


言葉は僕の喉のあたりで詰まる。ここで言葉にすることが罪の告白にも等しいという意識が僕の中にはあったのだ。


「それは、僕が君を…」


しかし僕は詰まった言葉を少しずつ絞り出す。


「この部屋に閉じ込めてたって…ことだよ」

「閉じ込め…え!?私が!?」


キレネはよっぽど驚いたのか、目をむいて僕を見つめる。


「でも、だって、近づくだけで勝手に開くよね?その入り口」


そして僕を、否、僕の背後に口を開けている空間を指差して、そんなことを言う。


「いや。ここは僕が指示を出さないと開かないよ」

「そうだったんだ…」


今になって初めてそのことを知ったという風だった。つまり彼女は一度として自分からこの部屋を出ようとしなかったということになる。


「ねえ。私ってさ、正直なところあんまり信用されてない?」


キレネは静かに、さながら昼食の献立を尋ねるくらいの気軽さで僕に問いかける。


「ああ…まあ」


言い淀みはしたが言い逃れはできなかった。


「そうだよね。自分のことも自分で分からないような奴、そばに置いてて安心できるわけないよね」

「いや、それは…」

「でもいいよ。3食食べ放題だし。私は満足だよ」

「待て。食べ放題?」


事実上そういうことなのだが、しかしそう約束した覚えはなかった。否、していないと声を大にして言わないといけない気がするのだ。


「いや、仮にそうだとしてもそれでこの仕打ちを妥当だと言えるのか?」

「うん。私は別に…」


いいのだろうか。冷酷な対応さえ辞さないと決めていた僕の決心が早くもぐらつく。


「いや、でも君の部屋を作ったんだ。だから今日からはそっちで暮らしてくれ」

「本当?じゃあ、引っ越しってことだよね」

「ああ。ノラを呼んでくるよ。荷物を運ぶのはあいつにやらせた方が楽だから」


ノラがどこにいるかは分かる。新たに作られた魔術実験用の部屋だ。今頃爆撃魔法を連射、あるいは乱射していることだろう。


「ノラちゃん…仲いいよね。君たちって」

「僕とあいつの会話のどの部分を聞けばそう思えるんだ?」


僕の口から出たのは純粋な疑問だった。


「違うの?」

「ああ。違うと断言できるよ」


僕とノラはそもそも利害が一致しているから行動を共にしただけであって、意気投合したとかでは断じてない。


「そっかー。違うんだ」


キレネは笑みを浮かべながらそんなことを言う。笑っているが何を考えているか分からない表情だ。

念を押すためにもう一度否定はしておいたが、キレネの表情は変わらなかった。


「ところでキレネ」

「何だねアーサー」


一端ノラのことを忘れさせるために僕は別の話題を提供する。いずれ話そうと思っていた話題を。


「持ってる服って引き上げられた時に着ていたそれだけだよな」


キレネの衣服事情である。


「うん。そうだよ」


言ってキレネは自らの服の襟元を引っ張ったりする。僕はそれとなく目を逸らす。彼女はノラと違って立体的なのだ。

肉色しか見えなかったが、気にしないことにする。彼女がワンピースの下に何を着ていようと、あるいは着ていまいと僕には関係ない。


「それだけだと多分色々と大変だろうから、今度パティに何か作ってもらうように頼んでおくよ」

「パティって服も作れるの?」

「服というか繊維をな。それの延長で服も作れるらしい」


そのデザインはだいぶ兄の趣味に寄ってる感がなくはないが、しかし相談すればかなり要望に近い服を作ってくれるだろう。


「そっか、じゃあ色々欲しいな。ノラちゃんみたいなのもいいし、パティのあのおっきなコートみたいのも可愛いし、オスカーの黒いのもかっこいいよね」


キレネは指を折りながら次々と候補を上げていく。

ちなみにパティに関しては彼女の白衣が大きいのではなく彼女の体が小さいだけなのだが、ああ見えるような着こなしが可愛いのだろうか。僕は首をひねる。

キレネにはここで服のことを考えてもらうとして、僕はノラの部屋に行くと言って部屋を後にする。もちろん出入口は開けたままで。


「警戒のし過ぎ…なのか?」


信じて裏切られるくらいなら、疑って信じられない方がましだという僕の矜持がその考えを完全に飲み下すことを邪魔する。

それに僕の知識もその邪魔に加担する。僕の知識には歴史上で繰り広げられた様々な嘘が刻み込まれている。つい先日水魔城でも歴史の嘘と対峙したばかりだった。

そんなことを考えているうちに僕の足取りは段々と重くなる。しかしそれは突如軽くなり、続けざまに3歩踏み出すことになる。


「おっと」


同時にそんな声も漏れだす。

僕は壁に手をついてバランスを取る。スキップをしたとかではなく、単に僕はつまずいたのだ。

何かに足を取られたわけではない。しかし、つまずくに足る何かは起こった。城が、航行に最適なルートを取るように制御されているため絶対に座礁などしないこの城が、突如横に揺れたのだ。


「何が…Golem! Show me the situation around castle」


壁に向かって僕は指示を飛ばす。城からの返答が帰ってくるよりも早く、僕の視界は歪み、景色はリビングのそれに変わった。


「アーサー。何が起こったの?」


そこにはノラを含め、城の中の全員が揃っていた。数名がきょろきょろしているところを見ると、多分全員ここに強制的に飛ばされてきたのだろう。


「それを僕は今城に聞いたところだったんだよ。…いや、パティ。お前の監視装置に何か映ってるだろ。多分そっちの方が早い」

「あ、はい。網が、映ってました」


動揺のためか、パティは傍らにオスカーがいるにもかかわらず、敬語で答える。


「網?それがさっきの揺れの原因だっていうのか?」


この城の推進力は城の底部にある複数のスクリューだ。それの1つに網が絡まったということだろうか。


「はい。敵の目的は不明ですが、早いところ対処しないとまずいかと」

「敵?事故じゃないのか?」

「…そう考えるのには…少し無理が」


パティの歯切れが悪くなる。


「あんたが自分の目で見た方が早いわ」


そう言ってノラは僕に手をかざす。直後に視界が歪み、落ちる感覚が訪れる。僕は城の上空に転送されていたのだ。反射的に目をつむりそうになるが、ノラのやることなので恐れを振り払って目を開ける。


「え?」


僕の口から出たのはその一音だけだった。風に全身を強く叩かれながら、僕は四肢を広げて体勢を安定させようとする。うつぶせの状態になり、目をこじ開ける。

その目は直後に釘付けにされた。巨大な城を完全に覆ってしまうほどのさらに巨大な網に。

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