第2話 萌芽の妖精①
水魔城を後にして最初の朝、僕たちはお土産として貰った2つの玉手箱を開封したのだが、中に入っていたのはいずれも大量の魚だった。
ちなみに生の魚は知的生命体の食べるものでないという水魔城の矜持のためか、魚は全て干物だった。そのおかげか不快な生臭さは感じられない。
今朝の朝食はそれをおかずにしたものだったのだが、問題はこの後、第4州妖精の園の領海に侵入したときに起こる。
「2人とも。その頭はどうしたんだ?」
今のは頭大丈夫か?という意味の暴言ではない。純粋に目の前の2人、オスカーとパティを心配して出た言葉だ。否、それは嘘で、単に自分の好奇心を満たすためだったかもしれない。
僕はその場にいたテンペスト兄妹のそれぞれの頭部に目をやりながら問いかける。
ちなみに今僕たちがいるのは僕の自室だ。
「フッ。案ずることはない。王たちに伝染する類のものではないのだからな」
「ククッ。原因は既に特定済み。憂慮の必要はない」
大丈夫と言う2人だが、その言葉はにわかには信じがたい。なぜなら彼女たちの頭部を覆っているのはパティの発明したフルフェイスのヘルメット、名前は確かサウザンドアイとか言ったものだからだ。
「お前たちが大丈夫だと思っていてもそうじゃない場合もある。とにかくわけを話してくれ」
「先天的な因子への外的干渉によるものだと言っておこうか」
オスカーはいつもなら毛先の長さが不揃いになっている前髪を掻き上げてそんなことを言ったのだろうが、今日に限ってはヘルメットのためにそんなことはしない。
何を言ってるのやらと思ったのがパティに伝わったのだろうか、すぐさまパティは口を開く。
「我らの体内に存在するエルフたる部分、そこが妖精の園の大気中のある成分に拒絶反応を起こしたと考えている」
パティが多少かみ砕いて説明してくれたが、しかしそれでも僕の頭は要領を得られないでいる。
「えっと、つまり妖精の園に対するアレルギー反応ってことか?」
「いかにも」
パティが頷いたのを見て、当てずっぽうが的中したことに僕は驚く。
「妖精の園の何に対するアレルギーだっていうんだ?」
2人に問いかけると同時に僕は自らの知識にも問いかける。まだ上陸していない上に城の中だということを考えると花粉のような微細なものと考える他ないだろう。
「確か…コケと言っていたな。パティ」
オスカーは僅かに顔を傾けてそう口にする。そのコケという単語から僕は一つの仮説を導き出す。
「フェアリーカーペットのことか?」
フェアリーカーペットとは妖精の園の地表を覆うコケのことで、圧力がかかると四散する性質を持つ。そのため妖精の園を歩くと空中に舞い上がったコケが光を浴びて緑色に輝き、かなり幻想的になるという。
まあ、確かにあれがアレルギーな者にとっては嫌がらせのような性質だが。
「フェアリー…カーペット…申し訳ない。私は妖精の園の内情にはあまり…」
「ああ、そうだな。まあとにかくそういう植物があるんだ。多分それだと思う」
さて、まだ仮説ではあるが原因が分かれば対策は打てる。パティの科学では患者に蓋をするという手しか打てないようだが、この城には万能の魔術師がいるのだ。彼女が何とかしてくれるだろう。
僕たちはノラの部屋に向かい、かくかくしかじかと事情を説明する。
「要は何?外からの空気が入らなければいいのよね」
ノラはそう言って自分の頭上に手を掲げるが、しかしノラの言っていることは正確な理解とは言えないので訂正を加える。
「いや、外部からの空気の流れを断ったとしても既にコケはこの城の中に侵入しているんだ」
「その通り。それをどうにかしなければ私たちに明日はない」
「そこで俺たちはやむなくこれを付けてるというわけだ」
オスカーとパティの表情は伺えないが、しかし口調から切羽詰まったものを感じ取る。
「じゃあその因子とかいうのも消せばいいの?」
僕の物言いがノラの神経を逆撫でしてしまったのか、少し眉をひそめながらノラは亜空間から杖を取り出して構える。今度は大がかりな魔法が必要と判断したようだ。
「その因子というのは非常に微小と思われま…思われるが、可能なのか?」
パティがおずおずと声を上げる。しかめた眉を元に戻した
「説明さえしてくれれば何となく捉えられるわよ」
「では…」
パティがノラにコケの特徴を説明をする。ノラは頷くと構えた杖を掲げ、しばらく灰色のオーラをその先端から放出してから下ろす。
「多分大丈夫だと思うわ。外して息をしてみて」
ノラに言われて2人は素直にヘルメットを脱ぐ。しばらく何も言わずに深呼吸を繰り返したが、やがて同時に口を開く。
「どうやら危機は去ったようだ」
「さすがは万能の魔術師です」
2人からの言葉に満足げな表情をたたえてノラは杖を亜空間へ転送した。
「まあ万能の魔術師にとっては当然のことよ」
「じゃあ妖精の園に上陸してからも2人の周りだけその魔法をかけ続けてくれるか?」
「ええ。構わないわよ」
ノラはこともなげに頷いて見せる。本当に頼もしい限りだ。
「じゃあこのまま今回の作戦を話すぞ」
「ちょっと。私の弟たちがいないわよ」
「いた方がいいのか?」
「…いえ、そうね。いいわ」
ノラは彼女の弟たちが作戦会議という場に向いていないことを思い出したようだ。
「今回なんだが、前回の教訓を活かして、全員で行く」
「フッ。つまりは総力戦か」
「ククッ。我が作品たちも大盤振る舞いと行こうか」
「いや、違うぞ。2人とも」
僕の考えとは違う方向へ向いた兄妹の思考を僕は修正する。
「この間双子に留守番を命じてたら大変なことになっただろ」
「結果的にはそれで良かったでしょ?」
ノラは弟たちの弁護に回るが、あの双子が取った行動で僕の肝は絶対零度付近まで冷え込んだのだ。
「その話はもういいとして、とにかく僕としてはあの2人は目の届くところにいて欲しいんだ」
「まあ別に構わないわよ。私としてもあの子たちと一緒にいたいしね」
なんと弟思いの姉だろうか。
「で、キレネはどうするの?」
突如出たキレネの名にオスカーとパティは説明を求めるように僕に視線を送る。
「2人にはまだ言っていなかったな。僕がこの間水魔城にキレネを連れて行ったのは、彼女に色々なものを見せて記憶を呼び覚まさせたいというのと、何か企んでいるならそのボロを出すところを押さえたいと思ったからだ」
2人は予想だにしていなかったという風に目を見開く。
「アーサーさ…王よ。確かに彼女を引き上げた直後ならその警戒は妥当だろう。しかしあれから既に3日が経過している。さすがに…」
「王よ。俺もパティと同意見だ。まさか、未だに彼女をあの部屋に入れているのはそのためなのか?」
オスカーとパティの言いたいことは分かる。ものを食べるときのあの屈託のない笑顔は演技には見えない。おそらく心からのものだろう。
「2人の目にはそう見えなくても、向こうが何かを企んでいたらそれは彼女の思うつぼなんだ」
こんな底のない疑心暗鬼に突き落とすようなことを言うべきではないのかもしれない。しかし僕としては警戒を解くわけにはいられない。
「彼女を疑いたくないっていうなら、彼女を厳重に監視してやましいところがないと証明してやらないといけないだろ?」
「それはいつまで続くの?」
なんとノラが横やりを入れてきた。それもかなり的確な横やりを。
「いつまで…それは……」
僕は口ごもって何も言えなくなる。答えられてしかるべきなのに、答えられるなかった。
「分かった。じゃあ君たちは彼女を疑う必要はない。彼女が決定的な何かをした時だけ僕に報告してくれればいい」
合理的ではなかった。しかし僕の感情は非常に救われたような気になる。こんな泥沼に足を踏み入れるのは僕だけで十分だ。
間違っても全員ではまっていいような深さではない。
「それは何?意地?」
かもしれない。あるいは保身か。
「何でもいいだろ。とにかくこの雑談は終わりだ。作戦の話に戻るぞ」
それが本題だったことを忘れそうになっていた。
「そうね。話すことはまだあるけれど、後にするわ」
ノラはそう言うが何をまだ話すことがあるというのだろうか。
「で、作戦は?」
気になったがノラに促されたので僕は話し始める。
「妖精の園は名前からも分かる通り妖精の国だ」
「遊び好きの幼子」
「いたずら好きの童子」
オスカーとパティが片手で顔の片側を覆ってそんなことを言うが、しかし中々に的を射たことを言っている。
「2人の言う通り、妖精は基本的に遊びやいたずらが好きな魔物だ。だからきっと入国した瞬間からちょっかいを掛けられるだろう」
「安心しなさい。私の魔法で蹴散らして…」
「蹴散らすな」
戦争をしに行くんじゃないと何度も言ったはずなんだが。
「いいわ。私は了解した。でもあの子たちに同じことを了解させられるかしら」
あの子たちとは双子のことだ。
「られるかしらじゃない。お前の弟だろ。…まあ、それに関しては問題ないよ。妖精は魔術師か剣士かで言うと魔術師だ。そういう相手ならあの2人は苦手だろ?」
ノラは数秒置いて渋々といった風に頷く。弟たちのことを悪く言うのに加担した気になったのだろうか。つくづく弟思いだ。
「あの2人は物理攻撃に特化してるからな。ノラの支援がなければ妖精たちにとって遊び程度の干渉しかできないだろう」
「そうね。で、どうするの?また今回も『仲良く』なりに行くの?」
ノラの言う通り、最終的には妖精の園と仲良くなるつもりだ。しかし第一の目標はそれではなく情報収集。僕の知識に関する情報をここでも収取するのだ。
「やることは分かったわ。毎回思うんだけど、わざわざ集まって話し合うほどの作戦なの?」
もちろんだと僕が返すよりも早く、オスカーとパティは口を開く。
「当然のこと、極秘の会議は結社にとって必要不可欠」
「結社の秘密性を維持するために必要な工程なので…なのだ」
極秘でも秘密でもある必要はないのだが、まあ突っ込む必要はないだろう。冗談のたぐいだろうから。
「そう。なら仕方ないわね」
ノラは露骨に面倒臭がって気のない返事をよこす。
まあ仕方ないのなら納得いったということだろう。そういうことにして僕は
「さあ、話は終わりだ。各自出発の準備をしてくれ」
と号令をかけて部屋を出ようとした。その時だった。
「待ちなさいアーサー。まだあの話が残ってるでしょ?」
僕は恐らくノラの魔法によると思われる謎の引力で部屋の中央まで引っ張られる。
「どの話だ」
「キレネの部屋に関する話よ」
またえらく時間がかかりそうな話だった。




