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第1話 深淵の水魔㉑

「やっと来たか」


レヴィアタンは海を背にし、地面に胡坐をかいたまま唸るように呟く。


「待たせたようだな」


オスカーは不適な笑みを浮かべて応える。まだ約束の正午までは1時間ほどあるのだが。


「ノラ。2人にレジスタンスを着せてやってくれ」

「ん」


ノラが手をかざすと2人の衣服は消え失せ、代わりにレジスタンスが彼らの体を覆う。

2人はさらにヘルメットをかぶり、両腕を胸の前で交差させて「装着」した。レジスタンスは2人の体に密着し、ヘルメットと癒着する。


「さあ、始めるとしよう」


オスカーは右の拳を左の手の平で受けながら首を回す。


「こちらの準備に不足はない」


パティは持ってきた箱の側面に取り付けられたボタンを押す。その瞬間箱は変形しながら身の丈ほどの高さにまで展開する。さながら武器のクローゼットというように大量の武器を携えて。


「そちらは、素手で戦うつもりか?」

「ん?ああ、いや。俺の武器は…こいつだ」


言ってレヴィアタンは右腕を後方に伸ばし、そこにある目に見えない何かを握るように拳を握りしめる。それを2人のいる方へ突き出した瞬間。彼の後方で波を立てていた海面が持ち上がり、球体に変形して飛んでいく。


「パティ『槍』」


パティは傘のような黒い棒をオスカーに手渡す。水の塊がレヴィアタンを超え、2人まであと2メートル隔たっていようかというところでオスカーは傘のグリップのスイッチを押し、傘を開く。

傘の直径は飛来する水の球よりも小さい。しかしオスカーは何ら動じることなく、


「開け」


命じるように言い放つ。直後に黒い布だけの傘に緑色の筋が入り、その面積は爆発的に増加する。

衝突した水の球は壁にぶつかった泥団子のように崩壊し、地面を濡らす。


「へぇ」


レヴィアタンは感心したような声を上げ、第二波を加えるべく先ほどと同様に手を後ろに伸ばす。しかし海水が操作されるよりも早くオスカーは傘を畳み、今度はグリップの先端をレヴィアタンに向ける。

グリップを数秒握ってから手を緩めると、ひゅっと風を切る音を立てながらグリップの先端から親指ほどの大きさの何かが射出された。


「貫け!」


射出されたそれはレヴィアタンの眉間にまっすぐ飛んで行く。しかしレヴィアタンは命中の寸前に首を傾げるように躱す。

しかし突如、レヴィアタンにとって脅威でなくなった飛翔体は光と音を伴って彼に牙をむく。放出された爆炎は彼の白いシャツを這い回り、白を黒に変えていく。


「あ?んだよ今の」


レヴィアタンに与えられたのはダメージよりも驚きの方だったようだ。彼は苛立ちに顔をしかめ、海水を操作して頭からかぶる。


「パティ。今だ」

「はい」


「今だ」で伝わるとはまさに以心伝心。パティはオスカーから傘を受け取り、そして今度はボウガンのようなものを渡す。装填されていたのは矢ではなくチェイサーと呼ばれていたあの円盤だった。

引き金を引く乾いた音が響くと円盤はフリスビーのように飛んでいき、絶妙に減速してレヴィアタンの手前に着地する。

続けざまに2発目、3発目を発射し、足元にできた水たまりから水を再びかき集めているレヴィアタンを形成された三角形の中に捕らえる。


「走れ閃光!」

「チェイサー起動!」


兄妹の咆哮の直後、起動されたチェイサーは電撃を放出する。海水を、電解質である塩分が豊富に溶けた水をかぶったレヴィアタンを、逃すはずがない。


「ぐっ…!」


今度は効いたと見えてレヴィアタンは体をのけぞらせ、膝をつく。意識がぶれたためか、レヴィアタンの操っていた海水はコントロールを失ってレヴィアタンの両手と共に地を打つ。


「あ、しまった」


と、パティがその光景を見て口走らせる。


「どうした。パティ」


オスカーは妹の方を振り返る。彼のヘルメットには同じくヘルメットに包まれたパティの頭部が映し出されていた。


「漏電だ」


どうやらレヴィアタンの操っていた海水が装置の内部に浸水し、漏電を引き起こしてしまったらしい。


「ああ…痛ってえなぁ…」


束の間、四つん這いになっていたレヴィアタンだったが、彼はその目にさらに激しい怒りを宿して2人を睨みつける。


「兄者。補給を」

「ああ」


オスカーはパティから新たに3発のチェイサーを受け取り、装填する。

レヴィアタンは再び海水を集合させる。それが完了しきらないうちにオスカーは引き金を3度引き、先ほどよりも大きな三角形を描く。これほどの距離があれば漏電は避けられる。

しかし


「同じことばっかしてんじゃねえぞ」


レヴィアタンは頭上で水を槍のように絞り、チェイサーの一つを貫く。さらに海水を躍らせ、瞬く間に残りの2つも破壊してしまう。


「兄者…」

「落ち着けパティ。残りはいくつだ」

「あと、6つ」

「…プラン変更だ。『星』を」


オスカーの指示を受けてパティは2本のナイフをオスカーに手渡す。


「はっ。もうネタ切れか?まあせいぜい守ってみろよ」


レヴィアタンは水の槍を放った。オスカーはそれを避けようともせずに見据え、右手に持ったナイフを一閃させる。

ナイフは空を切る。狙いが外れた。わけではない。そもそもこのナイフは切るためのものではないからだ。

このナイフは矢じり型の金属片を多数連結させたもの。肉を切ろうものならバラバラと崩れてしまう。このナイフの使用法、それは力一杯振ることによってその切っ先を飛ばす。このナイフは飛び道具なのだ。

もっとも、普通の人間がこれをやろうとすると切っ先は明後日の方向へ飛んで行ってしまい、使いこなせるのは今のところオスカーくらいのものだ。

オスカーが飛ばした切っ先はレヴィアタンの槍と正面からぶつかり合う。否、ぶつかったという印象は受けなかった。水であるレヴィアタンの槍は切っ先を飲み込み、お構いなしに進む。

が、刹那、取り込まれた切っ先は溶け、破裂音を轟かせて槍が破裂した。直後に炎も上がる。


「なっ…また爆弾か!?」


レヴィアタンは反射的に動いた手で顔を覆う。その隙を逃さずオスカーは2度ナイフを振る。


「だったら…」


レヴィアタンは地面にできた水たまりから二塊の水を動かし、切っ先を完全に包み込んでしまう。


「無駄だ」


オスカーの放ったその言葉通り、ナイフはまたしても爆発する。


「何でだよ!?完全に…」


レヴィアタンの理解が追い付かないうちにオスカーは追い打ちをかけるがごとくナイフを振り、切っ先を飛ばし続ける。

その間レヴィアタンができたことと言えばただ後退し、オスカーから距離を取ることだけだった。

レヴィアタンは爆弾を、爆発する前に濡らしてしまえば問題ないと考えたのだろう。もちろん爆薬は濡れると使えない。しかし爆弾というのは得てして爆薬によるものとは限らない。

パティが使ったのはナトリウムなどのアルカリ金属。水に触れると激しく反応を起こし、爆発する物質だ。


「くそっ!何なんだよ」


後退するレヴィアタンの動きを読んで、オスカーは今度はレヴィアタンの退く先に切っ先を着地させる。地面に落ちた切っ先空気中の水分と反応しないところを見ると、何かしらのコーティングがされているようだ。


「レヴィアタンよ!周りを見てみろ!」


ナイフの切っ先を投げ終わって柄だけになったナイフをパティに返しながらオスカーは叫ぶ。


「お前はすでに爆弾の檻に囚われている。その爆弾は水に対して牙をむく性質を持つ!お前の技では抜け出せないぞ」

「何言ってんだ?爆弾は全部地面の上。オレがお前らに水で攻撃したところで濡れねえよ」

「ククッ。それはどうかな?」


久しぶりに声を上げたパティは手に銀色のボールのようなものを持っていた。


「この球体の中には水が入っている。投げられた瞬間から水を四散させるという代物だ」

「で?やろうと思えばいつでも爆発させられるってことか」

「貴様の負けだ。大人しく降参しろ。さもなくば…」

「来いよ。来てみやがれ。何が起ころうと関係ねえ。これがオレのやり方だ。…これしかできないんだ。オレには!」


レヴィアタンの気勢が衰える様子はない。彼はさらに海水を持ち上げる。あくまで最後まで戦うようだ。しかしそうさせるわけにはいかない。


「そこまでだ!」


そう言って両者の間に立ちはだかることができればかっこよかったんだが、実際僕ができたのはそのセリフを吐くことだけだった。

オスカーとパティはその言葉に動きを止めるもレヴィアタンは構わず槍を飛ばす。

が、それは突如出現した魔法陣に吸い込まれ、レヴィアタンの背後で水柱が上がる。


「ほらアーサー。今のうちに言いたいこと言いなさい」

「あ、ああ。そうだな」


僕はレヴィアタンが海水を補給する前に両者の元へ歩み寄る。


「まだ互いに無傷で不完全燃焼だろうが、勝負はついた」

「おいおい誰だよてめえは!」


どうやらレヴィアタンは僕のことを録に認知していなかったようだ。


「僕はアーサーマクダナム。全知の策士だ」

「で、そのチビが何だ。負けを認めるってのか?」


僕の自己紹介は一切情報に反映されていなかった。まあ構うまい。


「そうだ。負けを認める。彼らの負けだ」

「なっ!待ってくれアーサー!」

「何故我らが負けたことになるのだ。説明を!」


オスカーとパティが僕の背後で抗議する。しかし彼らの取った戦法を、僕としては見過ごして続行させるわけにはいかない。


「はっはっは。なるほどな。お前こいつらの親かなんかか?」

「親じゃない。上司だ」

「親が臆して降参ってか?笑わせるじゃねえか!」


レヴィアタンは人の話をあまり聞かないようだ。


「いくら我が主と言えどさすがにそれは許せないぞ」

「兄者の言う通りだ。一体どうして」

「それはだな…」


僕が説明を始めようとしたその時。僕の視界の端、レヴィアタンの背後で再び海水が持ち上がる。


「おい。待て。だから勝負は終わりだって…」

「何でもいいけどよお。邪魔するならお前も一緒にやるぞ?」

「君の勝ちだ!君が勝ったんだ。勝負は終わりなんだ!」

「……意味ねえよ。他が何て思ってようが関係ねえ。オレが勝たなきゃ意味ねえんだ!」


一瞬水の操作を止めたかに見えたレヴィアタンだったが、海水は再び空中を流動する。

もう口で何を言っても無駄だと悟った僕がノラに何とかしてもらおうと思ったその時、僕とレヴィアタンの間にさらに立ちはだかる者が現れた。

それは、ニルプだった。

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