第六話:仕込み杖の一閃。無能と笑った奴らに、世界の広さを教えてやる
ヤンセン辺境伯城の最奥――金箔と宝石で飾られた贅沢な玉座の間は、爆散した扉の破片とともに、冷たい雨風が一気に吹き込んでいた。
「ひ、ひいいいっ!? 五百人の私兵団が……全滅しただとぉ!?」
玉座の上で肥満体をガタガタと震わせ、汚らしく冷や汗を流しているのが、悪徳の限りを尽くしたヤンセン辺境伯だ。その隣には、カジノを潰されてイチへの逆恨みに燃える悪徳ギルド『鉄の蠍』のギルド長が、卑屈なツラを歪めて立っていた。
「お、落ち着いてくだせえ、辺境伯様! 所詮は片腕の無能な盲目ジジイと、裏切り者の病気まみれの粗大ゴミ(ゲラルト)の二人だけです! 檻の中の女を人質にすれば、いくらでも――」
「イチさん! ゲラルトさん!」
部屋の隅に置かれた鉄格子の檻の中から、サホが必死に声を上げる。衣服は少し汚れているものの、怪我はないようだ。イチのカンストした聴覚は、彼女の無事な心音を確認し、静かに安堵の息を漏らした。
「いやあ、サホちゃん。お待たせしましたな。ちょっと下町のゴミ掃除に手間取りましてねぇ」
イチはコツ、コツ、と仕込み杖を突きながら、ゆっくりと玉座へ向かって歩を進める。その隣には、病が完全に完治し、全盛期以上の圧倒的な魔力を湛えたゲラルトが、静かに魔剣を構えて並んでいた。
「く、来るなァ! このクソ盲目が! 障害者の分際で、偉大なる私に盾突くなど万死に値するわ!」
辺境伯は下劣な本性を剥き出しにし、玉座の裏の隠しレバーをガチリと引いた。
ズゴゴゴゴゴ……!
玉座の床が開き、せり上がってきたのは、国宝級の超巨大魔導兵器――『最上級魔導砲』だった。砲口には、平民たちから不当に奪い取った大量の魔力結晶が装填され、禍々しい紅蓮のエネルギーがバチバチと音を立てて収束していく。
「ヒャッハー! 見ろ! これこそが王宮をも一撃で灰にする、ヤンセン家の最高兵器よ!」
ギルド長が下品に舌を出し、勝ちを確信して狂ったように笑う。
「どれほど剣が速かろうが、この至近距離から国家級の魔導レーザーを喰らえば、一瞬で灰すら残さず消し飛ぶわ! 死ねぇ、ドブネズミのジジイがァ!!」
「イチ、あれはまずい! 私が障壁を――」
ゲラルトが前に出ようとする。
しかし、イチは左手一本でそれを制した。
「いやあ、辺境伯の旦那。ずいぶんと大きくて、下品なオモチャを持ち出しましたな。……ですがね、井の中の蛙ってのは、本当の世界の広さを知らないもんだ」
イチは静かに、仕込み杖の柄を深く握り込んだ。
その瞬間、広場で見せたものとは次元の違う、神話の神々すら平伏すほどの圧倒的な黄金の魔力が、イチの全身から文字通り『天を衝く光柱』となって吹き上がった。
「な、何だこの魔力は……!? 盲目の無能ではなかったのか……っ!?」
辺境伯の顔が、恐怖でみるみる土気色に変わっていく。
「【神話級魔剣・世界樹の瞬き(ワールド・ブリンカー)】――全開放」
イチが仕込み杖から、その『本物の刃』を完全に引き抜いた。
現れたのは、光の粒子で編まれた、この世界の概念そのものを両断する伝説の聖剣。
「消し飛べェェェッ!!」
狂乱した辺境伯が、魔導砲の発射スイッチを押した。
極大の紅蓮のレーザーが、玉座の間を焼き尽くしながらイチへと放たれる。
だが、イチの居合いの方が、遥かに速かった。
「【無刀一閃・世界の境界】」
サクッ。
まるで、薄い紙を一枚ハサミで切ったかのような、静かな音が響いた。
直後、放たれたはずの紅蓮のレーザーが、中央から綺麗に左右へと割れ、霧のように霧散した。
それだけではない。イチが放った目に見えぬ黄金の斬撃は、最上級魔導砲を縦に真っ二つに叩き切り、そのまま背後の玉座を割り、さらにはヤンセン辺境伯城
のそびえ立つ尖塔を、天に向かって『完全な左右対称に真っ二つ』に両断したのだ。
「ひ、ひえあうあわあああああーーーっ!?」
割れた城の隙間から、夜空の豪雨が吹き込んでくる。
辺境伯とギルド長は、イチが放った衝撃波の風圧だけで、皮膚を傷つけることなく、着ていた高級な服や防具、下着に至るまでを一瞬で粉々に切り刻まれた。
「ぼ、僕の城がぁぁぁ!」「全裸だ! また全裸にされたァァァ!」
スッポンポンになった二人の悪党は、イチのデコピン一発分の風圧によって、真っ二つに割れた城の天井から遥か彼方へと吹き飛ばされていった。
二人が頭からまっ逆さまに叩き落とされたのは、王都の中央広場にある、冷たい「不浄の池」。
翌朝、全裸で池に浮かぶ悪徳辺境伯とギルド長の姿は、王宮の全貴族と平民たちに目撃され、ヤンセン家は即座に取り潰し、ギルドは完全解体。これ以上ない、歴史に残る完璧な『社会的ざまぁ』が完了した。
「……ふぅ。サホちゃん、怪我はなかったかい?」
イチが魔剣を仕込み杖の鞘へと収めると、鉄格子の檻は自重でサラサラと砂のように崩れ落ちた。
「イチさん……!」
サホは檻から飛び出すと、イチの胸へと力いっぱい抱きついた。
「怖かった……でも、絶対に助けに来てくれるって、信じてた!」
「いやあ、綺麗なサホちゃんを奴隷鉱山になんて落とされたら、明日から美味い酒が飲めなくなっちゃいますからねぇ」
イチは不器用にサホの頭を撫で、隣のゲラルトと顔を見合わせてニヤリと笑った。
◇
数日後。王都の下町には、かつてない平和と活気が戻っていた。
ヤンセン辺境伯の悪政から解放された住人たちは、毎日のように新装開店した居酒屋『カツコマ』へと集まっていた。
「はい! イチさん、ゲラルトさん! 最高の冷えたエールよ!」
サホが満面の笑みで、なみなみと注がれたジョッキをテーブルに置く。
店内は連日、超満員の大繁盛だ。
「かんぱーーーい! いやあ、病気が治って飲む酒ってのは、こんなに美味いもんなんだな!」
「ハハ、ゲラルトの旦那、すっかり酒豪になっちまいましたな」
イチとゲラルトは、並んでカウンターでジョッキを激しくぶつけ合った。
病が完治したゲラルトは王宮への復帰を断り、今では『カツコマ』の常連にして、下町の新たな用心棒としてイチと一緒に居座っている。
辺境伯を倒したことで、王宮からは「新しい辺境伯の地位を」「聖騎士団の団長に」と、山のような名誉と大金の打診が届いていたが、イチはそれらをすべて「目が見えないので、書類仕事は無理ですな」と笑顔でゴミ箱に投げ捨てていた。
「イチさん、本当に良かったの? 大金持ちになれたのに」
サホが呆れ半分、嬉しさ半分でエルフ豆を差し出す。
イチは仕込み杖に手を置き、下町の賑やかな笑い声と、サホの温かい呼吸、そしてゲラルトが美味そうに酒を飲む音を、その最高の耳で聴いていた。
「国や大金なんていらねえよ、サホちゃん。前世のブラック企業でも、今世の聖騎士団でも、俺は散々カネのために身を粉にして働いてきたんだ」
イチはエールをごくりと飲み干し、悪戯っぽく笑った。
「目が見えない代わりに、俺にはいま、こんなに美味い酒と、最高の仲間(家族)の声が『見えて』いる。……これ以上の財宝なんて、世界のどこを探したって、ありゃしませんよ」
「もう、相変わらず格好いいこと言っちゃって! はい、お代わりね!」
「おっと、ありがたいねぇ。……いやあ、それにしても。やっぱり目が見えないってのは、不便ですな!」
イチの冗談に、サホも、ゲラルトも、そして店内の住人たちも、全員が声を合わせて大爆笑した。
盲目の最強元聖騎士が手に入れたのは、名誉でも富でもない、下町の小さな居酒屋で紡がれる、最高に贅沢で愛おしい――【百万両の日常】だった。
(『盲目の無能と蔑まれ追放された聖騎士』・第一部 大団円 完)




