第二十二話:魔王軍空中要塞のカウントダウン
ゴゴゴゴゴゴ……!
黒鉄の装甲に覆われた魔王軍の空中要塞。その最奥に位置する、禍々しい骨で装飾された『玉座の間』には、不快な駆動音と邪悪な魔力の脈動が満ち満ちていた。
「ヒャッハー! 燃えろ、エネルギーが溢れてきやがるぜぇ!」
「おい、もっとあの小娘の苗から魔力を絞り尽くせ! 根こそぎ吸い上げるんだよ!」
玉座の壇上に鎮座する、魔王軍の最高幹部『虚無の王』ヴァルガス。その周囲では、下劣な隠密兵たちがゲス全開の笑みを浮かべ、部屋の中央に据えられた巨大な魔導抽出機を操作していた。
その機械の檻の中に捕らえられていたのは、居酒屋『カツコマ』の看板娘、サホだった。
彼女の腕の中には、家に代々伝わる『神話級の最高級エルフ豆の苗』がしっかりと抱えられている。しかし、機械の触手から伸びた赤黒い光線が、苗、そしてサホ自身の生体魔力をも強引に吸い上げ、天井に展開された超巨大な【滅びの終焉魔法陣】へと注ぎ込んでいた。
「う、うあぁ……! イチさん、ゲラルトさん……っ!」
サホは肌を青ざめさせ、激しい魔力吸収の苦痛に耐えながら、涙を流して絶望の声を漏らす。
「ククク……ハハハハハ! 泣け、喚け、無力な人間の小娘がぁ!」
ヴァルガスは玉座から身を乗り出し、下品に舌をペロペロと伸ばしながら、サホを指差して嘲笑った。
「お前たち平民どもが毎日呑気にエールを飲んでいたその豆が、世界を滅ぼす燃料になるなど、最高の皮肉だなぁ! おい、もっと魔力を絞れ! 苗が枯れたら、次はあの女の魂ごと燃料にして、この王都を一瞬で塵に換えてくれるわ!」
理不尽極まりない魔王軍の暴挙。彼らは弱者を限界まで痛ぶり、その絶望をエネルギーに変えて世界を滅ぼそうとしていた。
ドガァァァァァン!!!
そのゲス極まりない高笑いを完全に掻き消すように、玉座の間の強固な魔導鉄扉が、凄まじい衝撃波とともに粉々に吹き飛んだ。
爆煙の中から姿を現したのは、木製の仕込み杖をコツ、コツ、と静かに突く盲目の元聖騎士、イチ。そして、全盛期を超えた圧倒的な威圧感で冷徹な魔剣を構える元王宮筆頭騎士、ゲラルトの二人だった。数万の帝国軍を全裸で壊滅させ、そのままこの空中要塞へと正面から突入してきたのだ。
「イチさん! ゲラルトさん!」
サホの目に、希望の光が戻る。
「おいおい、随分と高いところで、下品な機械をいじくり回しているねぇ……」
イチは飄々とした態度のまま、眼帯の奥の目を動かさずにふっとため息をついた。
「ヴァルガス、ここまでだ。お前の仕掛けた罠も、数万の帝国軍も、イチの前ではただの紙切れ同然だったな。大人しくサホちゃんを返し、その醜い首を差し出せ」
ゲラルトが天を裂くような漆黒の魔力を魔剣に収束させ、冷酷に告げる。
「ハッ! ハハハハハ! 虚張声勢をかましやがって、無能のゴミ虫どもがァッ!」
だが、ヴァルガスは恐怖を傲慢さで塗りつぶし、立ち上がって狂ったように笑い声を上げた。
天井の魔法陣は、すでにサホの苗から吸い上げたエネルギーで100%チャージされ、王都全土を消滅させるための極大レーザーがバチバチと音を立てて収束していた。
「遅いんだよ、クソジジイ! 見ろ、この【滅びの終焉魔法】はすでに完全起動している! この術式は、一度発動したら神ですら止めることはできん! 私を殺せば、制御を失った魔力が暴走し、王都全土の数百万の平民がまとめて塵になるぞ! ひゃはははは!」
最高幹部は勝利を確信し、下劣な本性を全開にして、イチたちを脅迫し始めた。
「命が惜しくば、今すぐそこへ膝をついて私の靴を舐めろ! そして、その仕込み杖を捨てて無抵抗のまま四肢を切り刻まれろ! 逆らうなら、この小娘を目の前でひき肉にしてから、王都ごとすべてを消し去ってやるわぁ!!」
王都全土の命を人質に取った、反吐が出るほど醜い、ゲス全開の命乞い。
「……イチ、これはまずいな。要塞全体の魔力炉が完全に連動している。下手に術式を壊せば、この空中要塞ごと大爆発を起こすぞ」
さしものゲラルトも、要塞の壁を伝う不気味な魔力の脈動を感じ取り、表情を強張らせた。
だが、イチは仕込み杖を『両手』で深く握り直し、ふっと口元を緩めた。
「いやあ、魔王軍の最高幹部の旦那。あんた、大きな要塞を造った割には、その構造が随分と雑だねぇ……。どれほど巨大な術式だろうが、魔力が流れる『経絡』ってのは、人間の体と全く同じなんですよ」
イチの【限界値】に達した聴覚スキル『世界樹の根』は、すでに要塞全体のすべてを『聴き透かして』いた。
壁の中を流れる膨大なエネルギーの奔流。それがどこから供給され、どこで合流し、この要塞のどの部分が一番の『弱点(詰まり)』になっているか――。イチの脳内マップには、空中要塞全体の魔力回路が、一本の細い血管のように鮮明に浮き上がっていた。
「な、何だと……!? はったりを言うな! この要塞は魔王軍の叡智を結集した絶対の――」
「おしゃべりはそこまでですわ。――サホちゃんの大事な苗を傷つけた罪、その最高幹部の安い命じゃ、とても払い切れませんがねぇ」
イチは一歩、前に踏み出した。
その盲目の男の全身から、魔王軍の空中要塞すら内側からへし折らんばかりの、圧倒的な黄金の神聖魔力が吹き上がる。
「さあ、あんたのその歪んだ術式、今日ここで【完全強制終了(お仕置き)】してあげましょうかねぇ」
イチは静かに、仕込み杖から神話級の魔剣『世界樹の瞬き』を完全に引き抜くために、ゆっくりと、しかし絶対的な絶望の構えを取ったのだった。




