第二十一話:大雨の帝国軍キャンプ破り 〜お前たちの足音はうるさすぎる〜
ザーーーーー……。
王都の平原を、バケツをひっくり返したような大豪雨が打ち付けていた。泥にまみれた大地の上、魔王軍の空中要塞へと続く唯一の街道を完全に封鎖していたのは、バルサス帝国が誇る「数万人」の超巨大進駐軍キャンプだった。
彼らは魔王軍の最高幹部『虚無の王』と裏で結託し、この混乱に乗じて王都を二分し、奴隷と財産をそっくり半分ずつ分け合おうという、下劣極まりない約束を交わしていた。
「ひゃっはー! 燃えろ燃えろ! 下町のドブネズミどもめ、今頃魔王様の魔法陣を見て泣き叫んでやがるぜ!」
「おい、この辺りの平民の女やガキどもを檻に詰め込め! 本国へ連れ帰って、一生タダでこき使ってやるんだよ!」
帝国軍のキャンプ内では、兵士たちが略奪した金品を笑いながら山分けし、捕らえた平民たちを泥水の中に引きずり回していた。抵抗する老人の頭を金属のブーツで踏みつけ、泣き叫ぶ子供の目の前で家財道具を破壊する。弱者を蹂全開でいたぶる、反吐が出るほど理不尽で下劣な侵略者どもの醜悪な高笑いが、大雨の音に混じって響き渡っていた。
そこへ、暗雲を裂くように、二人の男の影が真っ直ぐに歩み寄ってきた。
ボロ切れを纏い、コツ、コツ、と木製の仕込み杖を静かに突く盲目の聖騎士、イチ。
そして、全盛期を超えた圧倒的な威圧感で冷徹な魔剣を構える元王宮筆頭騎士、ゲラルト。
「おいおい! なんだあの命知らずのドブネズミどもは!」
「盲目ジジイと、病気でクビになった元筆頭騎士じゃねえか! ひゃはは、魔王軍の脅迫にビビって、全裸で命乞いにでも来やがったか!」
数万人の帝国兵が一斉に二人を取り囲み、魔導槍や大剣を突きつけた。下品な舌をペロペロと出しながら、イチの仕込み杖を嘲笑うゲスども。
「おい、クソ盲目! そこに跪いて、俺たちの靴についた泥を舐めろ! さもなきゃ、お前が可愛がってたあの居酒屋の娘を、上空の要塞で細切れにして――」
「――おい、お兄さん方。ずいぶんと賑やかな足音ですがねぇ」
イチは街道の真ん中で立ち止まり、仕込み杖を『両手』で深く握り直した。
ザーーーーー……。
激しく降り注ぐ大豪雨。常人の視界なら、一メートル先すら白く霞んで何も見えないほどの極限状態。
だが、イチの【限界値】に達した聴覚スキル『世界樹の根』の前では、この大雨こそが『世界を完璧に写し出すレーダー』だった。
数万、数十万の雨粒が、帝国兵たちの漆黒の魔導鎧に、握りしめた槍の刃に、そして下劣な皮算用をする彼らの汚い心臓の鼓動に衝突し、微細な弾跳音を奏でる。
その反響音のすべてが、イチの脳内で超高精細な立体マップとして再構築されていた。数万人の敵の呼吸、体重移動、関節の動きに至るまで、髪の毛一本の狂いもなく『視界のすべてが見えすぎていた』。
「あんたたちの汚ねえ足音は……少々、耳障りなんですよ」
「あぁあん!? 障害者が寝言言ってんじゃねえぞ! 突撃ィッ! 細切れの肉片にしてやれ!」
頭領の下劣な合図とともに、数万人の帝国軍が一斉に地響きを立ててイチたちへ襲いかかった。
「イチ、まずは私が前衛を散らす! 君はそのまま突き進め!」
ゲラルトが不敵に笑い、漆黒の魔力を爆発させて街道へ躍り出た。その魔剣が一閃するたびに、空間が引き裂かれ、前衛の魔導戦車や重装歩兵が一瞬で左右へと吹き飛ばされていく。
「ええ、ゲラルトの旦那。じゃあ、俺は歩きながら、このうるさい足音どもを『お片付け』していきますわ」
イチは、ただ静かに一歩、前に踏み出した。
――カシャッ。
刹那、誰も視認できない速度で仕込み杖の刃が閃いた。
イチが両手で放ったのは、剣風すら起こさない神速の極致。
「ぶ、はっ……!?」
次の瞬間、襲いかかった数千人の帝国兵の最新鋭魔導鎧が、まるで薄い紙切れのように一瞬で両断された。それだけではない。彼らの皮膚には傷一つつけず、鎧の魔力結合だけを正確に切り裂いたのだ。
「な、何だ!? 俺たちの最新鋭鎧が一瞬で消し飛んだぞ!」
「いやあ、まだまだお兄さん方の肩の凝りが取れていませんな。――デコピン一発、追加ですわ」
イチは仕込み杖をサヤに収めたまま、左手の指先で空気を軽く弾いた。
【魔力制御】によって放たれたその『風圧のデコピン』は、指向性の極大爆風となって、広大なキャンプ全域へと一気に吹き荒れた。
ドガァァァァァン!!!
「ひぎゃああああっ!?」
「全裸だ! 数万人全員スッポンポンにされたァァァ!」
天地を揺るがす絶叫が、大雨の平原に響き渡った。
数万人におよぶバルサス帝国のエリート兵たちが、一瞬にして生まれたままの姿(全裸)にされ、衝撃で大雨の泥水の中へともんどり打って転がり落ちたのだ。
イチはただ、コツ、コツ、と仕込み杖を突きながら、静かに歩いているだけだ。彼が歩みを進めるたびに、四方から襲いかかる兵士たちが、防具と衣服だけをミリ単位で正確に切り刻まれ、惨めな悲鳴を上げてスッポンポンになっていく。
さっきまで平民をいたぶり、サホを細切れにするなどとゲス全開で笑っていた侵略者どもが、今や股間を両手で隠し、大雨の泥水の中で涙と鼻水を流しながら「化け物だあぁ!」と惨めに這いつくばっている。世界最強を自負していた帝国軍のプライドは、たった一瞬で、完膚なきまでに叩き潰された。
数万の大軍勢による大包囲網は、イチがただ街道を通り過ぎるだけで、跡形もなく壊滅したのだった。
「ふぅ……。いい運動になりましたな。ゲラルトの旦那、上空のドブネズミの巣が、すぐそこに見えてきましたよ」
イチは飄々と仕込み杖を突き、眼帯の奥の目を動かさずに微笑んだ。
「ああ、素晴らしい腕前だ、イチ。数万の軍勢がただの全裸の群れに変わるとはな。さあ、いこうか。あの魔王軍の最高幹部に、本当の『絶望』を教えてやる時間だ」
最強の二人は、怯えて発狂しかけている『虚無の王』が待つ空中要塞を見上げ、大雨の中、静かに歩みを進めるのだった。




