第二話:カジノのイカサマは耳で暴く 〜ダイスが語る裏社会の終焉〜
「いやあ、サホちゃん。この『カツコマ』のエールとエルフ豆は王都一だねぇ」
下町の居酒屋『居酒屋・カツコマ』。
カウンターの隅で、俺――イチは仕込み杖を壁に立てかけ、美味そうに黒エールを喉に流し込んでいた。
あれから俺は、父親が病気で倒れて困っていた看板娘のサホちゃんの店に、マッサージ師兼用心棒(という名目の居候)として居座っていた。
「もう、イチさん! 呑気に呑んでる場合じゃないわよ! 昨日のゴロツキたちは追い払えたけど、うちの店、今月中に悪徳ギルド『鉄の蠍』へ【金貨50枚】を上納しないと、本当に潰されちゃうの!」
サホちゃんが涙目でメニュー表を丸めて俺の頭をポカポカと叩く。父親の治療費を工面するために背負わされた、理不尽な借金の返済期限が迫っているのだ。
「金貨50枚ねぇ……。よし、ちょっとそこらの『落ちているカネ』でも拾ってくるとしますか」
「え? 拾うって、どこでよ!?」
俺はニヤリと笑い、仕込み杖をコツコツと突きながら、下町の中心部にある『鉄の蠍』直営の魔導カジノへと向かった。
◇
「ヒャッハー! 張った張った! 丁か半か、神のダイスが導くのはどっちだぁ!?」
カジノの中は、熱気と、酒と、人間の強欲な汗の臭いで満ち満ちていた。
紫色の派手なタキシードを着たディーラーの男が、不気味に笑いながらダイス(サイコロ)の入ったカップを振っている。
ここで行われているのは、二つのダイスの合計が「偶数(丁)」か「奇数(半)」かを当てる博打。だが、脳内3Dマップを展開した俺の耳には、このカジノの『下劣な秘密』がすべて筒抜けだった。
(なるほどねぇ。ダイスの内部に、特殊な魔導鉱石が仕込まれているな。ディーラーが机の裏の魔導スイッチを押すたびに、ダイスの重心が変わって、カジノ側が思い通りの目を出す仕組みか)
しかもそのダイス、特殊な「音響遮断魔法」がかけられており、普通の人間にはカップの中の音が一切聞こえないようになっている。カジノ側は「完全なブラックボックスだからイカサマは不可能!」と豪語して、カモたちからカネを毟り取っているわけだ。
だが、俺の【限界値】に達した聴覚スキル『世界樹の根』の前では、そんな魔法はただのザルだった。遮断を突き抜けて聞こえる、魔導ダイスがカップの内壁に衝突する微小な振動音。
「おいおい、そこの盲目のジジイ! 邪魔だからすっこんでろ!」
「ここはカネのない障害者が来る場所じゃねえんだよ、ケケケッ!」
周囲のゴロツキたちが俺を嘲笑う中、俺はサホちゃんから借りてきた最後の金貨1枚を、静かに「半(奇数)」のレーンへと置いた。
「いやあ、目が見えないと勘だけが頼りでしてねぇ。――『半』でお願いしますよ」
「ケッ、死に金だな! ――いくぞ、開!」
ディーラーが勝ちを確信してカップを開ける。……だが、その瞬間、ディーラーの顔が引きつった。
「ご、5と2で……半(奇数)!?」
「おっと、当たりましたな」
俺はさらに、倍になったカネをそのまま次の勝負に賭けた。
ディーラーは焦り、机の裏のイカサマスイッチをカチカチと連打する。ダイスの重心が変わり、カップの中でゴロゴロと不自然な回転をする『音』が、俺の耳には大音量の鐘のように響き渡る。
(へえ、次は『丁』に操作したね。じゃあ、俺は――)
「――『丁(偶数)』に、全額」
「なっ……!? 開、開!! ……4と4で、丁……だとぉ!?」
それから先は、ただの虐殺だった。
「半」「丁」「半」「丁」――俺が賭けるたびに、カジノ側のイカサマを完全に先読みされた目が狂いなく出続ける。
「ひ、ひえええ! あのジジイ、また当てやがった!」
「おい、これで15連勝だぞ!? 持ち金が数千倍になってる!」
カジノ中の客が狂喜乱舞し、逆にディーラーは泡を吹いてその場に気絶した。
俺の目の前には、うず高く積まれた金塊と、金貨の山。カジノの全財産をたった1時間で枯渇させてやったのだ。
「――そこまでにしてもらおうか、クソ盲目」
奥のVIPルームから、金塗りの鎧を着た下品な男――カジノの支配人が、数十人の完全武装した暗殺者たちを引き連れて現れた。
「おいジジイ。てめぇ、何かしらのイカサマスキルを使いやがったな? あああん!? 目が見えねえのをいいことに、調子に乗ってんじゃねえぞ!」
支配人は下劣に顔を歪め、俺が稼いだ金貨の山をガシャガシャと踏み荒らした。
「このカネは全額没収だ! それから、その調子に乗った片腕と両足をここで叩き切って、スラムのドブ川に放り込んでやる! 野郎ども、この障害者をなぶり殺しにしろ!!」
数十人の暗殺者たちが、ギラギラと光る短剣を構えて一斉に俺へ飛びかかろうとする。
だが、俺は仕込み杖の先で、床をトントンと2回、軽く叩いた。
「いやあ、目が見えないってのは本当に不便でしてねぇ……。だから、あんたたちにも『同じ気分』を味わってもらいましょうか」
「あぁん? 何をボケっとしたことを――」
「【闇域】」
パツンッ!!!
次の瞬間、カジノ内のすべての魔導照明が一瞬で『完全消滅』した。
窓一つない地下のカジノは、光子が完全に遮断された、一寸先も見えない完全な漆黒の闇へと変わる。
「うわあああ!? なんだ、真っ暗だぞ!?」
「何も見えねえ! おい、どこにいる!?」
視界を奪われ、パニックに陥る暗殺者たちと支配人。暗闇の中で彼らは武器を振り回し、お互いを傷つけ合う。
――しかし、俺の世界は、何も変わらない。
むしろ、周囲が静かになった分、彼らの恐怖に満ちた心臓の鼓動、荒い呼吸、下劣な冷や汗が流れる音まで、脳内マップに鮮明に浮き上がってくる。
「さて、お仕事の時間ですな」
暗闇の中、コツ、コツ、と俺の足音だけが響く。
「ひ、ひいいい! 来るな! 来るなァ!」
――シュパッ!!
「ギャアアアアアアアアアアアッ!?」
誰も俺の姿を捉えられない。ただ、暗闇の中で仕込み杖の魔剣が風を切り、正確に暗殺者たちの武器を粉砕し、防具を切り刻み、彼らの衣服をミリ単位で剥ぎ取っていく。
「武器が……服が消えたァ!?」
「痛くねえ……痛くねえけど、スッポンポンだァー!」
暗闇の中で、ゴキ、バキ、と小気味よい音が響くたびに、暗殺者たちが全裸で床に転がっていく。
「ひっ、ひいいいい! 悪魔だ、暗闇の悪魔だァ!」
最後に残った支配人の背後に、俺は音もなく立った。
「……あ、あ、ああ……」
支配人が恐怖で歯をガタガタと鳴らす。
「支配人の旦那。イカサマはいけませんな。カネってのは、綺麗に稼がねえと」
俺は仕込み杖の柄で、支配人の額をツン、と軽く小突いた。
それだけで、カンストした衝撃波が脳を揺らし、支配人は白目を剥いて全裸のまま床へ垂直に突き刺さった。カジノの全財産を失い、精鋭も全滅、自身は全裸で気絶。完璧な『ざまぁ』の完成だ。
パチン、と指を鳴らすと、カジノの照明が元に戻った。
そこには、数十人の全裸の男たちが折り重なって気絶している、あまりにもマヌケで下品な地獄絵図が広がっていた。
「おっと、サホちゃんへの手土産を忘れるところだった」
俺は部屋の隅に転がっていた大きな麻袋に、金貨50枚(と、ついでに上乗せ分の金塊)を左手一本で詰め込むと、それを肩に担いだ。
「いやあ、やっぱり目が見えないってのは不便ですな。カネの重さで、少し肩が凝りそうだ」
俺はフフッと笑いながら、仕込み杖をコツコツと鳴らし、サホちゃんの待つ美味い酒場へと帰るのだった。




