第一話【悲報】盲目の無能として聖騎士団を追放された俺、スキルがカンストして世界が見えすぎる件
「おいおい、盲目の木偶の坊がいつまで聖騎士団の制服を着ていやがる。おい、さっさとその徽章を置いてここから失せろ!」
ステンドグラスから差し込む光の温かさだけが、そこが王立聖騎士団の本部であることを教えてくれた。
俺――イチに向けられたのは、かつての同僚だった男たちの冷酷な嘲笑だ。
前世の日本でも俺は盲目だった。異世界へ転生すれば目が治るかと少し期待したが、神様の嫌がらせか、生まれ変わっても俺の視界は真っ暗なまま。それでも努力して聖騎士団に入ったが、ある日トップが交代した途端、このザマだ。
「目も見えない無能の障害者が、聖騎士団の面汚しなんだよ。どうせ戦場じゃ、敵の足音一つ聞き取れずに真っ先に首をはねられるのがオチだ。ひゃははは!」
「……そうですか。長い間、お世話になりました」
俺は静かに頭を下げ、私物の『木製の仕込み杖』をコツコツと突きながら、聖騎士団の総本部を後にした。
彼らは何も分かっていない。
目が見えない代わりに、俺の元へ与えられた固有スキル『気配察知・音響探知』。それが前世の記憶と混ざり合い、とっくの昔に神の領域――【限界値】まで成長しているという事実に。
俺の「視界」は、光を失っている。
だが、その代わりに、王都中のすべての人間が発する微弱な生体魔力、空気の振動、地面を伝う虫の足音、果ては空中を舞う砂粒の動きに至るまで、全方位360度、数キロメートル先までが脳内に完璧な超高精細3Dマップとして『見えすぎている』のだ。
(まあ、いいさ。あんなブラックな騎士団、こっちから願い下げだ。これからは下町でマッサージ師でもしながら、のんびりエールでも飲んで暮らそう)
◇
王都の下町スラム。
コツコツと仕込み杖を突きながら歩いていた俺の耳に、下劣極まりない笑い声と、少女の悲鳴が飛び込んできた。
脳内の3Dマップが、数百メートル先の路地裏の状況を鮮明に描き出す。
下町を牛耳る悪徳ギルド『鉄の蠍』のゴロツキどもが3人。酒瓶を片手に、居酒屋の看板娘であるサホを壁際に追い詰めていた。
「ヒャッハー! 観念しな、サホちゃんよぉ! 親父の病気の治療費で膨らんだ『借金』が払えないなら、その小綺麗な身体で稼いでもらうしかねえなぁ!」
「やめて! 触らないで! お願い、誰か助けて……!」
「誰も来やしねえよ、こんなスラムの吹き溜まり! ほら、さっさとその服を剥ぎ取って――」
ゲス極まりないゴロツキのニヤついた顔、少女の涙、破かれかける衣服の繊維の擦れる音。
俺の脳内のマップが、そのすべてを不快なほど精密に捉える。
「……やれやれ。どこに行っても、こういう手合いは絶えないねぇ」
俺はわざとらしく仕込み杖をコツコツと大きく鳴らしながら、路地裏へと足を踏み入れた。
「おいおい、そこのお兄さん方。昼間っから若いお嬢さんをいじめるのは、感心しませんな。目が見えない私でも、あんたたちの下劣なドブネズミのような匂いがここまでプンプン漂ってきますよ」
ゴロツキたちが一斉に俺を振り返った。
「あぁあん!? なんだあ、そのガタガタの杖を持った盲目のジジイは!」
「はっ、目が潰れてやがる。おい、障害者が正義の味方のつもりかよ!」
頭領格のスキンヘッドの男が、下卑た笑みを浮かべて俺の前にのしかかってきた。
「おい、クソ盲目。お前、自分が何言ってるか分かってんのか? 俺たちは『鉄の蠍』だぞ。目が見えないなら、その耳でよく聞きな!」
カチャ、と男が懐から抜いたのは、毒の塗られた鋭利なダガー。
「その杖で地面を這いつくばりながら、俺の靴をペロペロと舐めろ。さもなきゃ、その動かない目ん玉ごと、このダガーで顔面をメッタ刺しにして――」
「おじさん、逃げて! そいつらは本物の人殺しよ!」
サホが悲痛な声を上げる。
だが、俺は一歩も引かない。むしろ、ふっと口元を緩めた。
「人殺しねぇ。……あんたたち、俺が目が見えないからって、ずいぶん舐めてくれたもんだ」
「死ねや、ゴミ虫がァ!!」
スキンヘッドの男が、俺の顔面に向けて最速の突きを放つ。同時に、残りの2人も背後と横から、容赦なく斧と長剣を振り下ろしてきた。
常人なら一瞬で四肢をバラバラにされる、逃げ場のない三位一体の不意打ち。
――しかし、俺のカンストした領域からは、彼らの動きは止まっているのも同然だった。
「【無刀流・神速逆手居合】」
カシャ。
微かな、本当に微かな金属音が響いた。
サホの目には、イチが右手をほんの少し仕込み杖の柄にかけ、一瞬だけ身を震わせたようにしか見えなかった。
直後――。
「え……?」
ゴロツキたちの動きがピタリと止まった。
次の瞬間、スキンヘッドの男が持っていた毒ダガーが、まるで砂細工のようにサラサラと音を立てて粉々に砕け散り、地面に落ちた。
それだけではない。右の男の長剣は根元からポッキリと折れ、左の男が構えていた巨大な鉄斧の刃は、大根のように真っ二つに両断されていた。
「あ、あ、あれ……? 俺の武器が……!?」
「な、何が起きたんだ……!?」
唖然とする彼らに、俺は仕込み杖をコン、と一回突いて見せた。
その瞬間、ガサササササッ!!!と凄まじい音が響く。
ゴロツキ3人の着ていた防具、服、さらには下着に至るまで、彼らが身に付けていたすべての布地が細切れになって一斉に弾け飛んだのだ。
「ぶひゃああああっ!?」
一瞬にして、路地裏に3人の全裸の男たちが晒された。
彼らの皮膚には、髪の毛一本分の傷すらついていない。衣服と武器だけを、ミリ単位の狂いもなく一瞬で切り刻んだのだ。
「ひっ、ひいいいいっ! 化け物! 本物の化け物だァ!」
「全裸だ! 俺たち全裸にされたァーーー!」
ゴロツキたちは、あまりの恐怖と恥ずかしさに尿を漏らしながら、股間を両手で隠して「ひ、ひえぇぇぇ!」と悲鳴を上げて下町の大通りへと一目散に逃げ出していった。
『鉄の蠍』の精鋭が全裸で下町を爆走する姿は、瞬く間に王都中の笑い草になるだろう。これ以上ない、完璧な『ざまぁ』だ。
「ふぅ……。お怪我はありませんでしたか、お嬢さん」
俺はいつもの飄々とした態度に戻り、呆然と座り込んでいるサホに向かって、左手を優しく差し出した。
「す、凄い……。目が見えないのに、どうしてあんな……」
「いやあ、目が見えないってのは不便ですからねぇ。その代わり、ちょっとだけ耳が良くてね」
俺がニヤリと笑うと、サホは顔を赤らめながらも、ホッとしたようにその手を取ったのだった。




