第十三話:王都崩壊のカウントダウンと、新団長の命乞い
「ひ、ひぃぃぃ! 来るな! 来るなァァァ!」
聖騎士団総本本の最奥にそびえ立つ、豪華絢爛な『巨大な主塔』。その最上階にある総督室の床を、新団長ボルドーは涙と鼻水を撒き散らしながら、無様にはい回っていた。
彼のすぐ後ろには、カジノを潰され、もはや後がない悪徳ギルドのハゲ支配人が、爪を噛みながらガタガタと震えている。
バシャーーーン!!と、主塔の分厚い魔導防壁が、ただの衝撃波だけで木っ端微塵に吹き飛んだ。
煙の中から現れたのは、愛用の仕込み杖をコツ、コツ、と静かに突く盲目の元聖騎士、イチ。そして、全盛期を超えた圧倒的な威圧感を放つ元王宮筆頭騎士、ゲラルトの二人だ。
「やれやれ。随分と高いところまで逃げたもんですな、ボルドーの旦那。目が見えねえ俺にとっては、この階段の多さはちょっとした嫌がらせですよ」
イチは飄々とした態度で眼帯の奥の目を動かさずに微笑んだ。
「ボルドー、ここまでだ。お前が三百人の精鋭を並べようが、イチの前ではただの紙切れ同然だったな。大人しく魔王軍と内通した罪を認め、王宮へ縛られろ」
ゲラルトが冷徹な魔剣を突きつける。
「く、くそぉぉぉ! どいつもこいつも、平民のドブネズミの分際で、この偉大なる私をコケにしおってぇぇ!」
ボルドーは恐怖が限界に達し、下劣な本性を全開にして、部屋の中央にある巨大な魔導水晶へと飛びついた。
「ハハハ! 捕まるくらいなら、王都ごと無理心中だ! 見ろ、この私には最後の切り札があるのだ!」
ボルドーが狂ったように笑いながら水晶に魔力を注ぎ込むと、部屋の床一面に、禍々しい紫色の巨大な召喚魔導陣が浮かび上がった。それは、内通していた魔王軍から授かった、王都を一瞬で消滅させる超巨大怪獣を呼び出すための禁忌の召喚陣だった。
「ひゃっはー! さすがボルドー様だぜ! おい、ジジイ! この召喚陣が起動すれば、お前らの大好きな下町も、あの居酒屋のサホって小娘も、まとめて魔物のエサになって終わりだァ!」
ハゲ支配人も、勝ちを確信して下劣に舌をペロペロと出し、勝ち誇ったように叫んだ。
ボルドーは水晶を抱きしめたまま、ゲス全開の笑みを浮かべてイチたちを脅迫し始めた。
「そうだ! 私を殺せば、制御を失った魔導陣が暴走し、王都ごと魔物に食わせるぞ! 命が惜しくば、今すぐそこへ膝をついて私の靴を舐めろ! そして、あの居酒屋の娘を今すぐここに連れてきて、私の奴隷として差し出すと誓えぇぇ!」
人質を王都そのものに変えた、反吐が出るほど醜い命乞いと脅迫。
「……イチ、これはまずいな。あの規模の召喚陣、発動を止めれば魔力の暴走でこの主塔ごと吹き飛ぶぞ」
さしものゲラルトも、禍々しい魔力の脈動を見て表情を強張らせた。
だが、イチは仕込み杖を両手で握り直し、ふっと口元を緩めた。
「いやあ、新団長の旦那。あんた、魔王軍に騙されて不良品を掴まされましたな。――どれほど巨大な魔法陣だろうが、魔力が流れる『経絡』ってのは、人間の体と全く同じなんですよ」
イチの【限界値】に達した聴覚スキルは、すでに召喚陣のすべてを『聴き透かして』いた。
床を流れる膨大な魔力の奔流。そのエネルギーがどこから供給され、どこで合流し、どこが一番の『弱点(詰まり)』になっているか――。イチの脳内マップには、召喚陣の魔力回路が、一本の血管のように鮮明に浮かび上がっていた。
「な、何だと……!? はったりを言うな! この術式は魔王軍の最高幹部が構築した絶対の――」
「おしゃべりはそこまでですわ。――ちょっと、ツボ押し(マッサージ)の効果、見せてあげますよ」
イチは一歩、前に踏み出した。
――カシャッ。
刹那、誰も視認できない神速の抜刀が閃いた。
イチが放ったのは、仕込み杖の先端で床の一点だけを正確に突く、極小の衝撃波。
それは、三百人の軍勢を消し飛ばした破壊の剣ではなく、魔力の流れを完全に遮断する、イチ独自の『絶対デバフ指圧』だった。
ピキィィィィィン……!
「え……?」
ボルドーが呆然と声を漏らした。
次の瞬間、まばゆい光を放ち、今まさに起動しようとしていた巨大な召喚陣が、イチが突いた一点を中心に、まるですりガラスが割れるようにバリバリと音を立てて完全に『凍結』し、光を失って消滅していった。
暴走すら起きない。魔力の供給源である『ツボ』を一瞬で完璧に潰され、術式そのものが完全に無効化されたのだ。
「バ、バカな……!? 私の切り札が、ただのステッキの一突きで消えた……!?」
ボルドーは顔面を蒼白にし、腰を抜かして床へとへたり込んだ。
「ひ、ひえぇぇぇ! 嘘だろ、魔王軍の禁忌魔法だぞ!?」
ハゲ支配人も恐怖でガタガタと震え、後ずさりする。
「さあ、ボルドーの旦那、それにカジノのハゲ。お望み通り、次はあんたたちの『ツボ』を、じっくり時間をかけて揉みほぐして(ざまぁ)あげましょうかねぇ」
イチは不敵に笑い、仕込み杖から神話級の魔剣『世界樹の瞬き』を完全に引き抜くために、ゆっくりと構えを取った。
王都を滅ぼそうとした下劣な無能どもに、本当の『世界の広さ』と『絶望』を教えてやる、究極のクライマックスが幕を開ける――。




