第十二話:大雨の聖騎士団訓練所破り 〜無能はお前たちだ〜
ザーーーーー……。
割れた天窓から、激しい大雨の音が不気味なほど大きく響き渡る。
王立聖騎士団総本部が誇る、サッカースタジアムをも凌駕する広大な『屋内訓練所』。その中央に、イチとゲラルトの二人は悠然と立っていた。
「囲め! 囲めェッ! 一歩も動かすな!」
訓練所の周囲の観客席、そして出入り口を埋め尽くしたのは、新団長ボルドーが非常召集をかけた、聖騎士団の精鋭エリート総勢三百人だった。
彼らは全身を最新鋭の重装魔法鎧で固め、手には魔導槍をギラつかせている。しかし、その顔に浮かんでいるのは、正義の騎士とは程遠い、窮地に陥った悪党特有の下劣でゲスなニヤつき面だった。
「ひゃはは! 自分の足で訓練所まで入ってくるとは、とんだ間抜けな大罪人どもだぜ!」
「おい、クソ盲目! お前がかつて『足手まといの無能』として追放されたゴミのイチだな! 元王宮筆頭騎士のゲラルトをたぶらかして、随分と大きな顔をしてくれたじゃねえか!」
精鋭のリーダー格である騎士が、下品に唾を吐き捨てながら、イチに向けて槍の先を突きつけた。
「ボルドー新団長様からのご命令だ! お前たち二人をここで跡形もなく細切れにして、魔王軍の内通者として処理してやる! ――おい、あの下町の居酒屋の小娘もな、お前らが死んだ後にじっくり俺たちの『玩具』として可愛がってやるからなぁ、ケケケッ!」
悪党たちの反吐が出るほど醜い高笑いが、大雨の音に混じって不快に響き渡る。
――だが、イチはただ、静かに仕込み杖を突き、眼帯の奥の目を動かさずにふっと息を吐いた。
ザーーーーー……。
激しく叩きつける雨音。普通の人間の視界なら、室内とはいえ水飛沫で前方が霞むほどの大豪雨。
しかし、イチの【限界値】に達した聴覚スキルの前では、この雨音のすべてが『超高精細なレーダー』だった。
三百人の兵士たちが握りしめた槍の金属疲労、魔法鎧の魔力回路のノイズ、そして「小娘を奴隷にしてやる」と下劣な妄想に耽る彼らの下品な呼吸音まで、全方位360度、ミリ単位の狂いもなく完璧に『聴き届けて』いた。
「……いやあ、お兄さん方。せっかく俺の古巣の訓練所に来たんです。ずいぶんと肩や腰が凝り固まっているようですから……」
イチは静かに、仕込み杖を『両手』で握り直した。
片手で鞘を固定し、もう片方の手で柄を逆手に握る。両腕が健全だからこそできる、至高の居合いの構えだ。
「――全戦力で、お仕置き(マッサージ)の時間といきましょうかねぇ」
「あぁあん!? 障害者が寝言言ってんじゃねえぞ! 細切れになりやがれ、突撃ィ!!」
頭領のゲスな合図とともに、三百人のエリート聖騎士たちが、地響きを立てて一斉にイチとゲラルトへ襲いかかった。
「イチ、右の百人は私が引き受けよう。……左の無能どもは任せたぞ」
ゲラルトが全盛期を超えた冷徹な魔剣を引き抜き、電光石火の速さで突撃する。
「ええ、ゲラルトの旦那。じゃあ、俺は歩きながら適当に揉みほぐしておきますわ」
イチは一歩、前に踏み出した。
――カシャッ。
刹那、訓練所内の空気が一瞬で真空に変わったかのような錯覚が走った。
誰も、イチが仕込み杖から刃を抜いた瞬間を見ていない。ただ、夜の闇を黄金に染める、神速の剣気が弧を描いた。
「ぶ、はっ……!?」
次の瞬間、襲いかかった前衛の騎士数十人の最新鋭重装魔法鎧が、まるで薄い紙切れのように一瞬で両断された。それだけではない。彼らの皮膚には髪の毛一本分の傷すらつけず、鎧の魔力結合だけを正確に切り裂いたのだ。
バフ(強化魔法)が強制中和され、衝撃波によって全員が全裸のまま床へと激しく転がっていく。
「な、何が起きた……!? 俺たちの魔法鎧が一瞬で消し飛んだぞ!」
「何も見えねえ! 構えすら見えなかった!」
「おやおや、まだまだ凝りが取れていませんな。――デコピン一発、追加ですわ」
イチは仕込み杖をサヤに収めたまま、左手の指先で空気を軽く弾いた。
【魔力制御】によって放たれたその『風圧のデコピン』は、指向性の爆風となって残りの騎士たちを直撃した。
ドガァァァァァン!!!
「ひぎゃああああっ!?」
「全裸だ! 俺たちも全裸にされたァァァ!」
広大な訓練所の床に、数十人、数百人のエリート騎士たちが、一瞬にして生まれたままの姿(全裸)にされて折り重なっていく。イチはただ、コツ、コツ、と仕込み杖を突きながら、静かに歩いているだけだ。
彼が歩みを進めるたびに、左右から襲いかかる兵士たちが、防具と衣服だけをミリ単位で正確に切り刻まれ、惨めな悲鳴を上げてスッポンポンになっていく。
かつてイチを「盲目の無能」と笑い、組織の面汚しだと罵った元同僚たちが、今や股間を両手で隠し、涙と鼻水を流しながら「化け物だあぁ!」と泥水の中で這いつくばっている。これ以上ない、圧倒的なカタルシスMAXだ。
ゲラルトの猛攻も合わさり、わずか数分で、聖騎士団が誇る三百人の精鋭大軍勢は文字通り完膚なきまでに壊滅した。
「ふぅ……。いい運動になりましたな」
イチは飄々と仕込み杖を突き、眼帯の奥の目を動かさずに微笑んだ。
「ああ、素晴らしい腕前だ。古巣の無能どもがこれほど綺麗に片付くとはな」
ゲラルトが魔剣をサヤに収め、訓練所の最奥にそびえ立つ、新団長ボルドーが隠れる『巨大な主塔』を見上げた。
「さあ、イチ。最後の大掃除といこうか。あの下劣な新団長に、本当の世界の広さを教えてやる時間だ」
「ええ。サホちゃんへのお土産(新団長の失脚)を抱えて、早く美味いエールを飲みに行きましょうかねぇ」
最強の二人は、恐怖で発狂しかけているボルドーが待つ主塔へ向けて、静かに歩みを進めるのだった。




