第十一話:天才魔剣士の宣戦布告 〜ゲラルト、王宮騎士の誇りを胸に怒りの乗り込み〜
ザーーーーー……。
王都の夜空を不穏な黒雲が覆い尽くし、激しい雨が降り始めていた。
その大雨を突いて、王都の最重要防衛拠点たる『王立聖騎士団総本部』の巨大な白亜の門前に、二人の男の影が音もなく現れた。
一人は、ボロを纏い、コツ、コツ、と木製の仕込み杖を正確に突きながら歩く盲目の元聖騎士、イチ。
そしてもう一人は、かつて王宮の至宝と称えられながらも、病に侵され使い捨てられた元王宮筆頭騎士、ゲラルト。
ゲラルトの左手には、先ほど居酒屋『カツコマ』で捕らえた、魔王軍の超一級隠密部隊『幻影の牙』の頭領が引きずられていた。もちろん、衣服をミリ単位で全て消し飛ばされた、無様な全裸姿のままである。
「おい、そこを動くな! ――って、げ、ゲラルト様!? それに、その横の片腕の障害者は……追放されたイチか!?」
門衛の聖騎士たちが、驚愕の声を上げて魔導槍を構えた。
だが、全盛期以上の魔力を取り戻した元王宮筆頭騎士の一瞥だけで、門衛たちは蛇に睨まれた蛙のように硬直した。
「どけ、三下ども。新団長ボルドーに伝えろ。――『お前が裏で手引きしていた魔王軍のドブネズミを、返品しに来てやった』とな」
ゲラルトの身体から溢れ出る、天を裂くような漆黒の魔力圧。門衛たちは恐怖でバタバタと失神し、二人は厳重な防衛結界が張られた大門を正面から堂々と蹴破り、総本部へと足を踏み入れた。
◇
王立聖騎士団総本部・謁見の間。
そこには、自分たちの差し向けたエース騎士たちが全裸で敗走してきたという報告を受け、発狂寸前になっていた新団長ボルドーと、あの下劣なカジノのハゲ支配人がいた。
「ええい、無能どもが! エースを3人も向かわせて、なぜ返り討ちに遭う! しかも全裸で街を走るなどと、聖騎士団の面目は丸潰れではないか!」
「お、落ち着いてくだせえ、ボルドー様! 幸い、魔王軍の『幻影の牙』が、今頃あの盲目のジジイの弱みである居酒屋の娘を人質に取っているはずです! すぐに朗報が――」
ドガァァァァァン!!!
ハゲ支配人のゲス極まりない言葉をかき消すように、謁見の間の頑丈な鉄扉が、凄まじい衝撃波とともに木っ端微塵に吹き飛んだ。
「ひぎゃあああ!? 何事だ!」
「な、何奴だぁ!」
爆煙の中から姿を現したのは、仕込み杖を静かに突くイチと、激しい怒りを湛えたゲラルト。そして、床へ無造作に投げ捨てられた、全裸の魔王軍暗殺部隊の頭領だった。
「――お探しの『朗報』なら、ここに転がしておいたぜ、ボルドー新団長様よぉ」
ゲラルトが氷のように冷たい声で言い放ち、頭領の懐から奪い取った密書を床へと叩きつけた。そこには、ボルドーが自身の失脚を防ぐために魔王軍と結託し、王都の防衛結界の鍵を売り渡そうとしていた、決定的な内通の証拠が網羅されていた。
「な、ななな……何だそれは! 捏造だ! 盲目の大罪人と、我が王宮に不義理を働いた元筆頭騎士が手を組んで、我が聖騎士団を陥れようという虚偽の嫌がらせだ!」
ボルドーは一瞬にして顔面を蒼白にしながらも、エリート特有の傲慢なプライドのまま、汚らしく声を荒げた。
「ひゃはは、そうだぜ! 証拠なんていくらでも偽造できる! おい、ボルドー様、こいつらは不法占拠の現行犯です! 今すぐこの場で処刑しちまいましょう!」
ハゲ支配人も、ボルドーの陰に隠れながら、下劣に舌をペロペロと出してイチたちを指差した。
「おい、イチ! お前のような目も見えねえ、出来損ないの障害者が、聖騎士団のトップであるこの私に逆らえると思っているのか! お前はただのゴミだ! 組織の面汚しなんだよ! ゲラルトもそうだ、病気で吐血して死に損なっていた落ちこぼれが、我が組織に何の用だ!」
ボルドーは下品に唾を吐き捨て、周囲に控えていた数百人の近衛聖騎士たちに一斉に命令を下した。
「出会い頭だ! 構うことはない、この魔王軍の内通者どもを、その場で細切れの肉片にして、スラムのドブ川へエサとして投げ捨ててやれ!!」
「ハハハ! 威勢がいいですな、ボルドーの旦那」
その罵詈雑言の嵐の中、イチは静かに口元を緩め、仕込み杖の柄に手をかけた。
「いやあ、目が見えないってのは本当に不便でしてねぇ。あんたたちのその、地位に溺れた醜くてゲスなツラを、拝まなくて済むのはありがたいんですが……」
コツ、と仕込み杖の先で床を突いた瞬間、イチの全身から、王都の夜空を覆う大雨の雲すら一瞬で蒸発させかねないほどの、圧倒的な黄金の神聖魔力が吹き上がった。
その凄まじい魔力圧だけで、謁見の間の高級な大理石の床が、バリバリと蜘蛛の巣状に砕け散っていく。
「ひ、ひえぇっ!? 何だこの魔力は……!? 盲目の無能ではなかったのか!?」
ボルドーが恐怖で椅子から転げ落ちる。
「ボルドー。お前たちが保身のために、私の大切な飲み友達であるイチと、あの美しい下町を汚そうとした罪……その安い命じゃ、到底払い切れんぞ。王宮騎士としてのプライドに懸けて、お前たち聖騎士団の無能さをここで証明してやる」
ゲラルトもまた、全盛期を遥かに超越した冷徹な魔剣を引き抜き、イチの隣へと並んだ。
元王宮筆頭騎士の『戦鬼』のオーラと、カンストした盲目の聖騎士の『神話級』のオーラが合わさり、謁見の間は一瞬にして絶対的な絶望の空間へと変貌した。
「いやあ、お兄さん方。ずいぶんと肩や腰が凝り固まっているようだ。せっかく俺の古巣の訓練所に乗り込んできたんです。――全戦力で、お仕置き(マッサージ)の時間といきましょうかねぇ」
イチの眼帯の奥の目が、鋭く『聴いた』。
数百人のエリート聖騎士たちが待つ、広大な屋内訓練所。そこへ向かって、最強の二人は静かに歩みを進めるのだった。




