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この世で生きるなら

 無数の輝きの浮かぶ群青の空の下、30人から40人程の学生服の男女が焚き火を中心に円形に並んでいる。無論、キャンプファイヤーなどではない。それに、今現在のことでもない。

 ここは記憶の回廊。記憶というからには当然誰かの見た景色である。

 ただし、この後、この『誰か』が見たのは地獄絵図。そして、暗い中駆け出す、炎を背にした5つの影である。


 

 レンらがシェラタンを出て3日後、スグルたちは特に激動なく座学と訓練を受けていた。ただ何もなかったわけでもない。得るものはたくさんあった。

 

 「吸血鬼の『星印サイン』ってのは夜しかその効力が発揮されなく、昼間はただの人間の姿。だから吸血鬼ってのは夜しか狩りをしないし、それを狩る人間も夜しか行動しない。これは根幹になってくるところだからしっかり覚えておくんだゾ」

 

と、指示棒で黒板をなぞる指南役、もといカトルス。けれども、これだけですんなりと覚えて帰る程、教えられている方も素直ではないし、好奇心探究心は浅くない。


 「夜しか使えないってどうゆう原理なんですか?」


 誰かしらが手を挙げて声を張る。それに対して、いい質問だ、と無駄に得意げな顔をして答える。が、


 「分からない」


 「「「「は?」」」」


 そんな教え子達の戸惑いの声と呆気にとられる顔を意に返さず補足をする。


 「正確に言えば断定ができない、ってこと。ある学者は夜しか動かない身体の器官って言うし、またある学者は夜空の星々から力を得るんじゃないかとも言ってるんだゾ」


 「ならカトルス先生の見解は?」


 と、誰かが問うた。

 ん〜、と腕を組んだまま少し考える。そして、答える……はずであったが、言葉よりも先に黒板にチョークが擦り付けられる音が響いた。

 黒板に絵描かれたのは主に3つの絵、といってもそこら辺のイエスマンでも『上手い』と堂々と言うのを戸惑うくらいの出来である。

 描かれたものは、何かしらの鳥、2人の青年、そして3つ目となって面倒くさくなってきた状態で描いた盾。動物、人、物、である。


 「星印サインには3つの種類がある。人間以外の動物の姿格好、能力を使う吸血鬼。人間の形を持ったまま人知を超えたな力を使う吸血鬼。そして、力を持った道具を使う吸血鬼」


 一連の流れを座ったまま見ていた生徒たちも新情報を認識できぬまま、黙々と話を聞いている。

だがしかし、質問の明確な答えもきちんと求めたい気持ちも沈默と張り合う。


 「それが一体どうゆう繋がりが……?」


 「3つ目のそれは、君達人間の持つ『遺物レリック』と非常に酷似してる。もしかしたら力の源泉は同じ可能性もある。そして、この2つには共通点がある」


 「というと?」


 「道具を壊されたら無力になる」


 それを聞いて、4人中2人が顔を強張らせ、もう片方らがお気楽な顔を浮かばせている。

 

 「まっそうは言っても時間経過でもとに戻るんだけどね。で、話を戻すと、3つ目の場合、夜間に働く器官とか星空から力を貰うってなら壊された後にまたすぐ使えなきゃいけない」


 息を整え、結論を出す。

 

「つまりは、何かルールがあるんじゃないかって俺は思う。手を離したら持ってたものが落っこちる。そんな当たり前が」


 「つまりは明瞭には分かってないと?」


 「そういうこと。まあ、本人達も別に自分の振るう力の原理なんて知ったこっちゃないけどね。遺物レリック持ちにも言えることだけど」


 じゃあ、この下りは何だったという疑問が4つの頭に浮かぶ。その答えは口に出さないと返っては来ないが、誰をそんな労力を払おうとはしない。その方が正解だろう。

 パンっと手を叩きながら、無駄なやりとりを繰り広げた指南役は何の濁りもなく言う。


 「時間を食った、すまんね。午後は肉体訓練。ご飯食べたら大庭だゾ」


 そう言い終わらない内に、誰もこの指南役のご尊顔を見ず、セラックのかかった机とにらめっこをし始めた。


 

 学校で言うならお弁当終わりの体育の時間帯のグラウンド。そんな場所でスグル達はひたすら外周をしていた。


 「ゼェ……ハァ……あと何周走ればいいんだよ?!」


 既に10周目。冬場の持久走でもこんなに走らされはしない。なんなら妙に温かい気候のため体力が粗いヤスリで削られたかのように擦り減っていく。

 

 「………、」


 小澤に関しては5周目時点で床のシミだ。


 「は〜〜い、流石に頑張ったんで休憩しててもいいよ」

 

 と、指南役は、何故かある寝椅子に寝転びながら片手を振って声を張り上げた。もう片方の手にはこれまたどこからか取り出したのか分からない、赤色の飲み物が握られていた。この場では相応しくないし、この時代に合っているのか分からない。

 

 「精が出ていますね、いいじゃないですか。あなたも参加してきたらどうです?」


 カトルスへ背後から青年の声がかけられた。文面はいたって丁寧で落ち着いているが、その言葉の節々には心が籠っている。


 「冗談は勘弁してくださいよ、王様」


 相手が誰だか分かって言ってんのか、と問いただしたくなる返答をするカトルス。

 だが、目の前の偉大なる賢王はそんな態度には見向きもしない。それ含めて雇用しているからだ。


 「で、進捗はどうなんです?」


 「遺物レリック持ちは治癒の力で、今も成長中ですよ。このまま行けば大陸中を血眼になって探さないといけないくらいの大物になります」


 今にも文句が飛びそうな呼び方なのは分かりやすさ重視なのか、それとも別の理由か。

 

 「それは結構。ですけれど彼らはどうなんですか?全員伸ばさなきゃ意味が無いですよ、指南役として」


 それを聞いて、片方の手にある赤い飲み物を額に押し付ける。気が狂ったわけではなく頭を冷やすという目的ため。つまりは、多少脳味噌を使って形容しなくてはならないということである。


 「勇者スグルは真面目に取り組んでますよ。それ故に上達はしてる。後の2人は……そう、何か面白い力を持っていると感じるんです」


 ピクリ、と眉を動かす王様。


「面白い力?」


「ええ。元々全員不可解な力を持っているようなのですが2人ははそれが協力なんです」

 

 王は片手で口元を覆いながら聞き返す。けれでもその表情がどんなものか検討もつかない。


 「不可解、とは?遺物レリックではなくて?」


 「分かりませんよ。俺はただそんな気がするって感じただけです」


 「……そうですか」


 素っ頓狂な答えに思わず真顔になる賢王。

だが、すぐにその表情を柔らかいものにする。ただし、柔らかくなったのは外面だけ。社会的仮面といってもいいだろう。

 

 「あっ!そうそう。近々彼らにも実践に移ってもらおうと思うんです。簡単なものですがね。なので、それまでにはある程度は仕上げてくださいよ」


 「……承知しましたよ。だったらもっと厳しくしないと」


 急にかしこまった敬語は長くどころか、5秒も持たない。その後に生まれた腑抜けに対して、


 「あと………」


 そう言いながら、指南役が腰掛けている寝椅子の下底に足を触れさす。

 それと同時に、ズゾゾ、と音を立てながら、指南役の片手の中にあった赤い飲み物が完飲される。

 直後、うっすらと赤みがかかった色をしたグラスが宙を舞う。中身はなかったのでぶちまけることはなく、地面は柔らかい芝生のため、硝子のグラスは辛うじて割れはしない。王にとっては十分によい結果である。

 そして、何故そうなったかというと、椅子が吹っ飛んだからである。それに座っていた指南役も当然吹っ飛ばされる。

 

 「え、ちょっとぉ!?待て待て待てんだゾォォォォ!?」


 そうしたのは王。椅子ごと蹴り上げ、4,5歩程蹴飛ばしたのである。決して椅子もそれに乗っていた者も軽くはないはずなのに。

 カトルスは放物線を描きながら、受け身も取れずに着地した。若干ボロが出る。


 「気が緩んでいらっしゃるようならこうなりますのであしからず」


 クスクス、と乾いた笑いを起こしながら小さくなっていく。

 それを背にして呟きながら、ある物を取り出す。その様から大して緊急性を感じていないことが伺える。ひっくり返って、真っ黒な髪と青い芝生が触れている状態に。


 「実践……ねぇ……あっ、いいこと思いついた」


 そう言いながら懐から出したある物を使おうとする。が、カトルスの耳への声が先に届いた。


 「えっ、大丈夫ですか?先生」


 はたから見たら大惨事の現場に(野次馬精神で)馳せ参じたスグルである。

 その姿を見てもどかしそうに、


 「俺は大丈夫。それよりもさっさと外周に戻ることだゾ。まあでもありがとう」 

 

 パンパン、と手を叩きながら早く戻るように催促する。

 だが、一つ気になることがあるのか戻ろうとはせず、口を開く。


 「先生、その手に持っているのってなんなんです?」

 

 カトルスの手に握られているのは、台座のようなもの。だが、その中心部分は少し黒く焦げている。


 「これ?これはね、遺祭壇セルバンテス遺物レリックの一つで、遠く離れた場所から連絡ができる優れもの」


 要するに電話のようなものであるが、年代的にはまずあり得ないもの、ファンタジーである。

 そんな幻想の一品にある疑問が生まれる。


 「それが先生の遺物レリック?」


 首を振りながら、答える。だが、その遺祭壇セルバンテスに同時に変化が起こる。


 「俺は遺物レリックは持ってないゾ。これは大陸中から発掘された沢山の遺物レリックの一つ。ほら、見てみて。使うときは炎が立つんだよ」


 「なるほど、分かりました。すいません、時間取らせちゃって」


 それを聞いて指南役は手を払って、催促する。それを見てスグルは足早に帰っていく。


 「気にしてないからさっさと戻っちゃて……………さてと」


 だが、スグルは肝心な事は聞いていなかった。

 "誰へ連絡するのか"、を。



 その日の夜、時計の長針が頂点に達するかどうかの時間帯。まあ馴染み深い機械式のものなんて、この城にもこの世界のどこにもないが。

 そこの客室の一つ、通称未来の勇者が夢を見る。

 目の前の地獄絵図から目を逸らし、近くにいた親友だけの手を取りただひたすらに走り回ったあの夜。

 

 「ねえ。なんで置いて逃げたの?助けてくれなかったの?」

「帰りを待つ家族がいたのに、来週には部活の大会だってあったんだよ…………?」

「自分だけ逃げてズルい。ズルい、ズルい」

「みんなの事を守ろうとしたのに結局最初に死んじまった。逃げたオマエはいいよなぁ?」

「俺だってまだ生きたかった。なのに、なのに」

「なあ、竜嶺…………、」


「「「「「「《《オマエのどこが勇者なんだ?》》」」」」」」


 ガバッ。

 そう音を立てて飛び起きる。毛布が空中を舞う音だ。まだ最初に耳に入る音が自らの発狂でなかったことが幸いだろう。

 毛布の中は少し湿っている。小便をする夢は見てないので社会的にダメージが行くことはない。ただ、冷や汗も冷や汗も気色が悪い。本人が一番そう感じる。


 「……ハァ……ゼェ……アァァア………、またこの夢かよ」


 この世界に来てから初めての就寝でもこの夢であった。日に日に後悔と罵声を吐く口が増えていく。

 眠気など湧いてくるはずもない。かといって今から朝のように動き回れというやけにはいかない。

 戸が開かれる。入るためではなく中から出るために。

気分転換にでもと外の空気を吸おうとしたのだ。流石に年代もあって、そこら辺の山の頂かそれ以上の澄み具合。

 現代人のスグルには逆に気持ち悪く感じる。そんな言い訳。

 

 「……おェ゙っ……」


 片方の手で口を押さえ、喉を動かして、中から外へと出ようとしたモノをまた流れ戻す。

 この気持ちの悪い感触のせいで、まだあった眠気が吹き飛ぶ。

 それと同時にコツコツと床が足で叩かれる音が鳴る。その音は次第に大きくなる。


 「おやおや、こんな夜更けに。眠れませんでしたか?」 


 「国王様!?すいません、歩き回ってしまって……」


 昼間と同じ格好の王が語りかける。

 『それはそっちもなのでは?』という疑問を抱きながら必死に取り繕うとする。


 「実は眠れなくてですね。外の空気を吸おうと思ったんです」


 「そうですか……」


と、言いながら王はスグルの片腕に目を落とす。

 汚れた手から眠れない原因を読み取れないほど王は目は悪くない。


 「少し話しましょうか」


 そう言いながら、南向きの窓の方を見る。真夜中なのもあって月が見える。


 「この城に来てから1週間は経ちますけど、慣れましたか?」


 「はい、それはもちろん。国王様のご厚意で毎日快適に過ごさせてもらってます」


 一瞬、国王オイディプスの顔が固まる。だが、すぐにまた柔らかい表情になって、


 「……それは良かった。貴方方の身を預かることは我が国の栄誉ですから。不快な思いなどさせるわけにはいきません」


 「一つ、いいですか?」


 「どうぞ」


 「何故、あの『勇者の輝き』っていうのを持っているだけでこんな歓迎してくれるんですか?私にはどうも分からなくて」


 俯きながら、同じ、月の光を見る。

 だが、王の答えはシンプル。


 「400年前の英雄が大きいでしょうね。殲滅の魔王カーミラを打倒した英雄。大陸の歴史にはしっかりと刻まれてますからね。それになり得る貴方を保護することは大きな意味があるんですよ」


 つまりは象徴。人を物として扱うということ。

 だが、それに感づいても決して口に出すことはしない。彼の親友なら違ったかもしれないが。


 「…………なるほど、ありがとうございます、オイディプス王」


 間の取り方にどうゆう考えがあるか分かっている王。だが、あえて別のところに触れる。


 「『オイディプス』ですか……自分で名乗る以外は呼ばれたくはないですね」


 「す、すみません。ですが、ご自身の名前なのでは?」


 それを聞いてどこか遠い目をするオイディプス。だが、スグルの視点を考えると、この質問は妥当である。


 「『オイディプス』というのは、この国の国王としての名前です。偽名のようなものですね。本来の名前は、"ベルーカ"です。どうぞ覚えていってください」


 源氏名みたいだな、と思ったスグルだが、それを言ったら首を跳ね飛ばされそうなのでやめておく。

 ベルーカは続けて、

 

 「私、国王をやりたくなかったんですよ。本当は自由気ままに旅や冒険をしたかったものです」


 いきなりのカミングアウトにどう返せばいいか分からないので、アワアワしながら黙っている。       それを見越してベルーカは話す。

 

 「でも私の父、先代国王の倅は一人しか居なくてですね、私しか継げる人がいなかったんです」


 「………嫌にならないんですか?」


 最低限の敬語で問う。本心がよく透けている。

 その問いに対して、オイディプスは照れくさく笑いながら、


 「ええ、もちろん。公務や視察なんて気乗りしません。ですがね……」


 月に向かって笑いかける。

 双方顔を見合わせてはいないがその矛先は決まっている。

 その笑みを消し、星を見る。

 だが"星"の方はこちらを見ていない。ただ居るだけ。

 それでも王は鋭い目で言い切る。


 「結局この世に生まれたからには、運命を受け入れるしかないんですよ」


 「運命……ですか」


 随分と無常観的な考えだが、目の前の迷える子羊を前向きにするのには十分である。台詞以上に効果はある。

 だが、スグルは感じた。

 先程のベルーカの台詞の矛先は2つに分かれている。いわば二叉槍である。



  (次の日の昼下がりまで続く)公務へと戻っていった王を見送りながら自分らの寝室へと戻っていく。

 男子2人はベットに横たわり静かに寝ている。


 「今日はいびきかいてないのか。よかったよかった」


 そう2人に言いながら自分のベットに横たわる。だが、自らに飛んでくる2つの視線に気づかなかった。


 「やるしかないのか、俺」


 ベルーカの考えが心に響いた。弱っていたからの可能性はあるがそれでも突き動かされた。

 『勇者』という重すぎる名を背負いながらも生きる。

 それが今心に決めたことだ。

 今日だけはあの夢は見させないでほしい、と心の中で呟きながら眠りについた。


 


 

 


 




 


 

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