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握手

 早朝……というかまだ空が紫色の薄明、ある宿の一室ではドタバタと荷物の整理をしていた。


 「えっとぉ〜〜これはここで、これはこの中で……」


 今日この街を出る予定である。

 居心地自体は悪くないがこのままだといずれ堕落するだろう、とのことで出発するのだ。

 レンの手には先日貰ったカプリからの品を手遊び感覚で少しだけ振り回す。それを持ち運ぶための腰の革製のベルトはまだ新しい。


 「おい、この後はどうするんだ?そのまま北方の魔王城に行くにしても距離がありすぎるぞ」


 朝の陽射しの眩しさを背景に、さっきまで居なかったブラッドが問う。

 荷造りの最後の作業をしながら答える。が、人さし指を顎に触れながらという不思議な仕草から、あまり真剣に考えずに出されたものだとわかる。


 「距離があるっていうのは時間を掛けばいい話だとは思うけど。まあ多分路銀が足らないね」


「金……か。じゃあお前"エイブラハム"を目指してみたらどうだ?」


 荷造りの終わった巾着袋を持ちながらパッと目を丸くする。

 意味も分からないし聞き馴染みもないが、その言葉自体は聞いたことがある。異世界の言葉であるにも拘らず、一般的な言葉でもないのに元の世界と同じ言葉がある。もしくは片方から入ってきたのか。いづれにせよ耳から耳へ直線的には伝わらない。


 「"エイブラハム"?……って何なの?」


 「お前、吸血鬼狩り《ハンター》だろう?エイブラハムっていうのは、今いる大陸中の全てハンターの中で最も優秀な者に贈られる最高位の称号、トップオブトップだ。当然今の何倍も金が入る」


 『エイブラハム』という単語に吸血鬼狩り、もとい吸血鬼退治に何の関連性があるかは、レンには分からない。

 ブラッドは続けて、


 「現在のエイブラハムはこの国の人間だ。もしかしたらそのうち出会えるかもな」


 そんなことではなく、一番聞きたいことを反応よりも先に問う。


 「で、そのエイブラハムってのになるにはどうしたらいいの?」


 「一番手短な方法でいいなら、"排除"だ」


 眉をひそめ渋い顔をする。その表情の裏には若干の正気を疑う感情も含まれている。


 「んな事するわけないでしょうが。きちんと正当なやり方を教えてなさいよ」


 人として一般的なことを言われたブラッド、しかしその表情は呆れ顔に近い。


「元々そんなこと出来ると思っていない。今のエイブラハムはお前100人束でかかっても勝てないぞ。で、正当なやり方っていうのはまあ"狩る"ことだろうな」


 『何を』だなんて無粋なことは聞かない。まだ日は浅いが大体察しがつく。

 だが、『どのくらいか』という質問は本意である。


 「それってどのくらい?」


 「さあな」


 何もタメにならないこと返答をあっさりと返す。

 

 「俺は概要だけ知ってるだけだ。詳しいことは知らん。なにせこのなりだ、分かれ」


 ブラッドの言わんとすることは分かったが、それはそれとして、


 「思ったけどムリにそれになる必要はないよねぇ。必要なのはお金なんだから、地位とかってのはそこそこでもいいんじゃない?」


 色々と聞いておいて子供みたいに次に進もうとする姿にブラッドは黙りこくる。心のうちとしては軽蔑の域に近い。

 

 「そ、そうか……とにかく稼ぐにはもっと大きい街の方がいい。お前も最低賃金って言葉は聞いたことあるだろ?」


 「例えば?」


 ブラッドは少し間を置いて、そして少々早口で、


 「ここ、プレアデス王国の王都"ヴィーナス" だ」

 

 まず、レンは自分の今立っている国の名前を知らなかった。

 



 レンの荷造りの前日、タイミング的には武器屋で、レンの振るい抜け出していった剣がカプリの方へ向かっていったときである。

 同じ街の少し端の方、羊が何匹もいる土地は大きな牧場の中、ポツンと立っている一軒家の外壁にブラッドはくっついていた。


 「ちょっ……おい!畜生ども!突っつくのはやめろ!!落ちるだろうが!」


 ブラッドの周りには、羊の人だかり……言い直せば羊だかりが出来ており、羊達は壁に張り付くブラッドを鼻で突いてる。

 なぜブラッドがこんなところにいるかというと、この家の中を窓から覗くためである。

 家の持ち主はある青年の羊飼いだ。

 ガチャリ、とした音を立てながら家主は部屋へ帰ってきた。

 パレットの上で沢山の絵の具が混じった結果のような黒髪をした青年、もとい家主の手には大きな麻袋があり、大の大人を一人ぐらいなら持ち運べそうである。麻袋には少々赤い染みがある。


 「まったク、解体だけで半日以上かかっちゃったよ。それに氷室から家までモかなり遠いし、面倒だよホント。次からはやっぱ豚牧場にお裾分けでもしようカな」


 氷室とは簡単に言えば自然物で作った冷蔵庫。現代ならともかく、絶対王政がまだ根幹である時代には非常に貴重で高価なものである。それこそ貴族や王族ぐらいしか持たない。それを一介の羊飼いが持っているだなんて、何か特殊な副業でもやっているのだろうか。


 「じゃ♪晩御飯のシチューに取りかかロうかな♪初めてなんだよなぁ"兎肉"」


 (兎……か。見た目はそうだが味に違いはあるのかは気になるところだな)

 と、羊に突っつかれながら盗み聞きをしていたブラッドは興味を持つ。

 ニンジン、ジャガイモ、玉ねぎ、そして肉を切り、ホワイトソースが煮えた鍋に入れる。

 あっと言う間に完成というところで、青年は一言。


 「ン〜流石にシチューだけだと寂しいな。何か副菜が欲しいよなぁ〜、例えばそう……」


 窓の方を見る。


 「トカゲの丸焼き、とかね」


 「……!!」


 そこからは青年もブラッドも一切口を開かなかった。

 青年が何かアクションを取る前にブラッドが反対の方向へ駆け出す。それが正解だ。

 その後、起きたことはブラッドは目撃はしていない。


 「チッ、獲物を逃がしタ……まあ彼に悪いから気は特別乗らないケド」


 粉砕された窓から、ものすごい勢いで逃げるブラッドを見つめる。

 彼の名前は、パーン・レオナルド。

 ■■ターの■■である『■イ■■■■』にして、■血■を■■う■■■だ。



 荷造りを終えて、宿を出る。 

 向かうは王都ヴィーナス。だが、まず先に行くべきところに向かう。礼儀的にだ。


 「短い滞在ではありましたが、大変お世話になりました。街長さんのご厚情、心より感謝いたします」


 「いえいえ、とんでもない。この街を救ってくれた貴方への感謝、あの程度では収まりきれません」


 そう言い合わせ、固く手を結んだ場所はこの街の市庁舎、その長の部屋だ。


 「あの吸血鬼どものせいで止まった夜間の街の商業と物流。そして住民の心も救ってくれた。『英雄』といってもいいくらいです」


 レンの手を握る力がだんだん強くなるのを感じる。だが、特に具体的なリアクションは取らない。

  

 「いえいえ、そんなことは。その称号なまえに相応しい人はもっといますよ」


 と、誰かを思い浮かべながら答える。謙虚というより自己卑下の性質を持っている。

 けれども口元が綻ぶ。次第に大きくなっていく。その心境は言わずもがなだ。

 

 「それじゃあ、ありがとうございました」


 ペコリ、とお辞儀をしながら部屋を出ていく。しかし、礼式には則ってない。

 ガチャリ。

 そう音を立てて開けられた扉から一番に見えたのは、


 「遅かったわね、ただのお礼でしょ?……にしても随分とかしこまった態度じゃない。すぐ崩れていたけど」


 退屈そうに待っていたカプリだった。壁にもたれかかった姿勢からそれがよく分かる。

 廊下を横並びになって歩きながら、


 「おじいちゃんの付き添いをよくしててね。それで身についた」


 「それは随分といい暮らしだったのね。前々から思ってたけど、あなたどこから来たの?」


 「ニホン」


 間髪を入れずに一言だけ。


 「?」


 カプリは首を傾げながらそんな顔をする。何せそんな名前の国や地方はないから。


 「こことは違う世界の国だよ」


 「は?………はぁ!?」


 カプリの口があんぐりと、不格好に開けられている。

 当然だ。現代換算でも狂人認定される発言、驚かないはずはない。けれども、


 「……でも確かにその方が合点がいくわね。一般常識も知らない癖して、さっきみたいに変なところで育ちが良かったり」


 


と、軽く振りかざした丸めた左腕をもう片方の手で受け止めた仕草だけで終わらせた。それ以上は聞いてこない。そこが彼女の破綻的なところなのかもしれない。

 バタン、と音を立てて市庁舎の入り口の大きめの扉が開く。だが、一番最初に目に入ったのはまだ人通りのある石畳の道ではなかった。


 「おはようございます!レンさん。いい朝ですね」


 白色と黒色で身を包んだその格好とそこから唯一見える顔に、レンは身を覚えがあった。

 同時にその手に握られている片手サイズの本にも目が行った。


 「貴方は教会の……、どうしたんです?こんな朝っぱらに」


 「レンさんに用があったんです。これを」


 そう言いながら、片手に握られていた本を手渡された。

 表紙には題名などはなく、見たところ紙も真新しい。

 

 「あなたから聞いた話で完成した、アイオーン聖教の私なりの教典です。ぜひお読みください」


 「既存の宗教の新解釈か………ありがとうございます。大事にしますね」


 『面白そうだ』という感情を言葉の裏に潜ませながら両手で受け取る。


 「では、読了したら感想、お聞かせください。私はこの街の、あの教会にいつも居るので」


 そう言いながら右手を差し出す。それを見て握手の意であるとさっきしたばかりのレンにはすぐ分かった。


 「ええ、喜んで。次に近くに寄っていったときは行きますよ」


 差し出された右手に両手で返す。握手の仕方の意味について十全に知っているからこそ、この返答をしたのだ。

 2,3秒握ったあと、互いの手を離し別れる。今の彼らにとっては、別れの挨拶はそれであったのだろう。

 片方は街の正門へ、もう片方は教会に。

 後者はこちらの方を後ろ目で確認してくる。優しさ故である。

 前者は前しか見ていない。今この街には何も懸念すべきことがないこともあるが、一番の理由として、後ろを見ながら前へは進みづらいから、が妥当だろう。


 

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