#99 オーディンと会った話
オーディンはお茶を一口飲んでから、足を組んでリラックスし始めた。緑茶だった。
改めて見ると、シグルドが魂だけでなく外見からも俺をオーディンだと言ったと推測できる。失明してる方は逆だが、金髪に赤色の瞳、そして魔族としての特徴。外見年齢は違うが、割と似てるかも。
ばちっと目が合う。俺は軽く会釈して躱したのだが、彼はじろじろと俺を見てくる。もう気づいたかな。いや、クロードから既に言われてるか。
彼はダリアにも興味津々な視線を送っていた。
「よお、オーディン。こいつら預かってくんね?」
「······半魔と妖精か。まあ、いいだろう」
あ、いいんだ。良かった。俺のことだから、面倒だから他を当たれと言うのかと思った。
シグルドはにかっと笑って、すぐに転移魔法でどこかへ行った。自由気まますぎるくらい奔放な人間のようだ。
オーディンは立ち上がって、俺達に近づいてきた。とんでもない威圧感だ。それは彼の魔力の多さや、見た目によるものではなく、視線に一滴たりとも慈愛を感じないことによるものだ。
ダリアが目を覚ます。ゆっくり起き上がり、彼もまたオーディンに気圧されていた。
「お前、父と母の名は?」
「わ、わかりません。捨て子だったので」
「なるほど、そういうことか。道理で」
虚無のようなオーディンの目が疑いに変わると、まるで脅しのように顔を近づかせてきた。俺の隅々まで観察されている。しかし何故か、見られること特有の気持ち悪さはなかった。
あのぉ、何に納得したんですかね。もしかして俺って、客観的に見たらこいつみたいな変人だったのかな。いかん、これは駄目だ。もっと自分を客観視しなければ。
「······まずは部屋を用意させようか。クロード、空いてる部屋へ」
「はい」
ドアからクロードが音もなく出てきて、その後オーディンも一緒に住処を用意してくれた。綺麗だった。
ん、待って。これさあ、薄っすらと残る記憶によるとさぁ、お隣がオーディンのお部屋なんだけど。完全に実験対象として見られてる······。
オーディンは我が者顔でそこにあったそだソファーに座った。俺達は流れに身を任せ、その向かいにあるソファーに座る。
「さて、自己紹介がまだだったな。俺はオーディン・アースガルズ。妖精王だ」
あ、コレ俺達もしなきゃいけないやつだ。えーと、転生体であることは言わないでおこう。
ダリアは不安なのか、起きてからずっとそわそわもじもじして俺の腕にしがみついてるし。
「俺はウリアと申しま――――」
「なんだ、オーディンじゃないのか。クロードの奴、俺が転生したら絶対見つけ出すと言ってたのに、不甲斐ないやつめ」
バレてる。まあ、そうだよね。だって目の前の彼は妖精王オーディン。知識に貪欲、協調性という概念を突破した、何故か神に近しいと言われた男。自分の転生体くらいわかっちゃうよね。
っていうか、話最後まで聞けよ。
ところで俺って、こんなに無表情だったんだ。雷のときも今世のときも、どちらかというとわかりやすいと言われる方だったのに。
「僕はダリアです。時の妖精っていって、出会うと過去に戻ってしまう妖精です」
「時の妖精、か。しかし何故この時代なんだ? 戻るにしてももっとあっただろ、魔力も使い果たして」
お、お? 食いついてきたな。大体は、興味が出るとよく喋る。案外わかりやすいかも。無表情だが、だからこそのわかりやすさがある。
ダリアはオロオロしているが、オーディンの目はキラキラを増すばかり。
「たっ、多分、ウリア君の意思が反映されたんだと思いますっ」
「ウリアの?」
「は、はい。例えば、この時代に戻りたいとか、未練とか······ですかね」
未練、か。あったかな、そういうの。あるにはあるよ、後悔。黒歴史とかそういうの。記憶がない以上、考えるだけ無駄だけど、何故か探したくなるのが人の性。
オーディンは、ほうほうという風に頷き、考え込み始めた。しかし首を傾げ、今度は俺の方を向く。
「あるのか、未練」
「いえ、俺はオーディンとしての記憶が何故かなくなっていて、心当たりがないです」
今度は興味なさそうにオーディンは一つ頷きを返した。そして睨むように俺の魂を見つめる。
俺も自分のを見る。欠けていない、完璧な魂だった。だが記憶がなくなっている以上は、何らかの異常があるのは確か。
あれ、そういえば魂をはっきり認識できるようになってる。
「お前、魔眼持ちか」
「え、はい?」
話が飛び飛びとはこういうこと。言動に一貫性がない。俺ってもしかして、昔は気が狂ってたのかな、昔は。
オーディンと目が合った。ばちっと、比喩でもなく音がした。
ダリアはまた眠くなってきたのか、首が重力に負けてきて最終的には俺の肩に頭が寄ってきた。魔力不足って辛いよね。
「魔眼は魔力が宿った目のことだ。邪眼とも言われるが、まあ普通じゃ見えない物が見えたり、見たものに魔力を込められたりする」
へー。霊感みたいなものかな、知らんけど。じゃあ目に魔力が宿ってるなら、失明したのにも関係があるかもな。
そういえば、誰かに魔眼持ちって言われたような。誰だっけ。普通に忘れちゃった。
魔力は常に体を巡っている。そのせいで混血は苦労するんだけど、魔眼はつまりイメージ的には目が魔法陣的役割をして······ってことかな。
多分、アルタイルはその耳バージョン。エルフは耳がいいらしいけど、それも魔眼と同じようなものか。
そりゃあさ、俺のこの強くて禍々しくて気味が悪い魔力じゃ体が耐えられないよ。魔眼も多分、使いすぎるとぶっ壊れるんだろうな。
「オーディーン! どこ行ったのー?」
外から声が聞こえてきた。活発そうな女性の声だ。オーディンは面倒くさそうに背を曲げ、外に出ていく。
え、女性!? キャーッ! 俺ってば、女作ってたの? うわあああああ、リア充が。例え自分の前前世でも容赦はしねぇ。爆散し給へ。
俺はダリアをベッドに運び、毛布をかけてから聞き耳を立てる。壁は決して薄くないが、集中すれば聞こえる。
「見て見て、この子たち。魔族領で遊んでたら、迷子見つけちゃった。かわいいでしょ?」
「······こ、こんにちは」
魔族領で遊ぶ? なるほど、オーディンは変な女に引っかかっていたのか。まさか魔族じゃないだろうな。
それより、この声はもしかして。
俺は部屋のドアを開けて、そろりと廊下を覗き込む。
銀髪と赤髪の美男美女。しかし不安そうにしていて、それがまた儚げな美しさを演出している。
例のあの人である。




