#97 氾濫が起こった話
ワイバーンは焼却処分して、町の外れに埋めた。どうせ食えないし、焼いても残るもんは残る。ワイバーンが群れで行動する魔獣じゃなかったのが、不幸中の幸いだった。
町はほとんどの建物が壊れてしまったし、ここから直すとなると、まず解体して材料調達して作り直し、と面倒なので、場所を移すことにした。
町をこのまま放置すると反社会的勢力の拠点になったりするからという理由で、領民の荷物を全部回収した後に全部燃やして建物を使えないようにした。
燃やす担当俺だったんだけど、罪悪感をすごく感じるよそ者だったからこその心のズキズキがあるのだ。
全部を燃やすのは骨が折れるので、自然の分解に任せるよ。
いちいち新しい場所に行かなくとも良くないかとは思ったが、クロードの調査の結果衝撃的なことが判明した。
今のこの領主邸があったところは、王都までの道よりちょっと北にあるのだが、北側の山脈にいるモンスター達が活発化しているというのだ。
これは仕方ない。ということで、南側にこんにちはをすることになった。王都への道沿いで広大な空き地があるところ。でも人口密度が低いので、大体どこでも大丈夫そうだった。
なので、ヴェルディの丁度中心地で王都への道に沿っている場所を選んだ。さっきの領主邸があった場所はイグトアというらしい。
ん? イグトア? あれ、イグトア? 領民と話してて、三回くらい聞き返しちゃった。
そうか、そうだったのか。俺はそもそも町の名前なんかに興味はないし、ファルカスがそれを意図的に教えなかったのだろう。
じゃあ、ミルトアも近くに······。
ああ、そういえば。宿屋だ。宿屋の女将も協力者だったな。忘れていなければ、彼女は遺体の場所も知ってるはず。
「よし、ここらへんにしようかな!」
暫く歩いて、街道を見つけた。これから住む場所どうしようね、と話しながら、ファルカスにこそっと聞かれた。
「妖精の国って住民の家をどうしてるの?」
周りの全員に聞こえないよう、超消音モードファルカスなので、相当気を遣ってくれているのだろう。
ラーファとかによそよそしくされるのが嫌なんて、わがままでしかないのにな。
「最初は巨大な城を作って、住民にマンションみたく住んでもらった。一つ一つ家を作るのは、落ち着いてからでもいいんじゃね」
「じゃあそうする。でもそれって、商売をしてた人にとって仕事ができなくない?」
こう考えると、やっぱり妖精って人間より生活が楽だ。衣食住の全部なしでも生きていけるっていう奴もいたし。
「あくまで住む場所はってことだ。屋台でも何でもできるだろ」
「じゃあ宿屋とか、居酒屋とか、飲食店とかは? 街道沿いだし、あったらみんな喜ぶけど」
こいつ、少しは考えることとかしないのか。いや、したところで正解かどうかわからないって感じ?
よし、先輩として頼りになるアドバイスを······でも俺、最初しかちゃんと妖精王やってないな。
「マンションの中に併設すればいいだろ。例えば、内部にフードコート作って飲食店とか居酒屋をいくつか並べたり。そしたらそこを集会所としても使えるし」
「確かに、採用」
「宿屋は······階数決めて普通の部屋でいいんじゃね。でもフードコート作るなら近い方がいい」
「なるほど」
俺は領地経営はからっきしだが、更地から国を作ったという経験者でもある。アドバイスできることは多いと思うよ。
あ、でも問題はそのマンションを如何にして作るかだ。
当分は仮設テントでも何でも作ってしのげるが、いつまでもそうはいかない。しかしさっきのイグトアを見た感じ、建築技術は期待しないほうがいいか。
設計図だけ作っても、実現しなければ意味がない。しかし、労働者も設計士もいないのが現実だ。
「よし、妖精の国が全面的に協力しよう。そしたら、後ろ盾に妖精の国があるって主張できるし、役に立つと思うよ」
「本当? じゃあ、お願いしようかな」
やっぱりこいつ図々しいな。でも事実、そうしてほしいというのが本音だし、急にしおらしくなっても困るよな。
設計は······ヴァルハラの時どうやったっけな。ここでしっかりやらないと、安全面で不安が出てくるからな。
まずはやっぱり設計だが、領民の希望も聞いておきたい。
「――――大変ですッ! こっちに、魔物がッ!」
一人がそう叫んだ。クロードがすぐに領民を一箇所に集合させ、彼らを包むように結界を張る。
魔物殲滅に真っ先に飛び出したのはラーファだ。その次にファリナとアルタイル、俺とファルカスだった。ダリアも少し遅れて駆け出す。
ルミナリアさんは本当にどこに行ったんだ! どうして肝心の時にいないのはいつも強そうな人なんだよ!
魔物は一匹ずつ認識できないくらい密集していて、千近くはいるんじゃないかと思うほど大群だった。まだ氾濫だな。
ゴブリン、スライム、あと虫系。魔獣······よく見えないが狼がいる。
ラーファは魔物・魔獣と相性がいいので、瞬殺だ。しかし数が多い。一瞬でも遅れを取れば、一斉に襲われてキツイ。
俺はまず結界まで魔物らを来させないように、ラーファたちの取りこぼしを狩っていく。相性が良くも悪くもないので、ラーファが羨ましい限りだ。
ファリナとか、足手まといになるかと思ってたのに、意外にも善戦だ。アルタイルの手助けがあるとはいえ、炎を上手く操って屍を増やしていく。
ファルカスは大規模な魔法で効率的に魔物らを狩っている。ラーファもファリナ達も、ちまちまと狩っているが、ファルカスは真逆。
何だ、この違和感は。魔物が攻めてきたことじゃない。もっと何か、大きいこと。
魔物が人を襲うのは当たり前で、日常茶飯時なことなのに、何かがおかしい。
「みんな、避けて――――ッ!」
ファルカスが叫ぶ。咄嗟にクロードの結界の上にプラスして数枚の結界を重ね、俺も魔法障壁を五枚くらい重ねる。
上からか。光線が瞬き、魔法障壁を数枚打ち破った。雷の魔法を使って来たようだ。剣を使っていたアルタイルがそれを落としている。
結界はクロードのも合わせて二枚しか残っていなかった。俺も鈍ったものだ。
で。誰? 撃ってきたの。かなりの手練であることは間違いない。正確で強い魔法なんて研鑽つみまくりベテランしかやらないって。
空を見上げると、足が透けている老人が宙を浮いていた。立派な白ひげを生やし、気の杖を持っている。
横には気絶させられ、宙ぶらりんのダリアがいた。ご丁寧に魔法で拘束されている。
あれは――――
足の透けた老人はゆっくりと降下し、俺の目の前に来た。
『魔之土塊』。俺は眼前の彼にその魔法を放ち、彼を押し潰す。しかし彼はするりとそれを抜け、ダリアの胸の中に手を突っ込んだ。
静かだ。凄く。視界の端には、戦っていた全員が俺の方に集まってきた。魔物がまだいるのに。
ダリアが目を覚ます。胸の中の手が相当痛かったのか、大量の汗をかいていた。その苦しみの表情は、やがて焦りへと変わる。
ずるり、音はしなかったが、見た目からそういう音が聞こえたような気がした。
赤く、しかし真っ黒で、割れた形跡がある小さなもの。禍々しい魔力が、それから溢れ出ていた。
引き寄せられるように、それは老人の手から俺の胸の中へと吸い込まれていった。
「やめろッ、皆さん逃げて、今すぐッ!」
ダリアがそう叫ぶが、そんな一瞬で動ける筈もなく――――
老人と魔物だけが、消えていた。
心臓の音が大きくなっていく。緊張か、恐怖か、焦りか。兄姉たちの死に顔が、脳裏にとっかえひっかえ浮かんでくる。
気づけば、地面が光っていた。ダリアを中心として、俺、ファルカス、ラーファ、アルタイル、ファリナが、魔法陣の光に包まれ、やがて景色は変わった。




