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#92 ダリア誕生の話

 時が止まったかのように静かで動き一つなかった。

 上を見るとシャンデリアっぽいアーティファクトがあったので、そっちに火をつける。室内が一気に明るくなったが、雰囲気は逆に暗くなった。

 彼がユリウスを使ってヴェルディに来たのは予想外だったし、報告しに来なかったクロードにも否があるといえなくもない。

 元気になったからといって、一国の王子がほいほいどこかに行ったら良くないでしょうに。本当は王子じゃないけど、そういう問題じゃないんだよ。


「まずは言うことがあるんじゃないですか」


 俺がそう言った瞬間、彼の肩がびくっと上に上がった。

 別に怒ってるわけじゃないんだけど、一言くらいクロードに伝えてほしかったよね。だって呼べば来るし。


「えぇっと、ここに来たのは理由があってですね······予想よりウリアさんに魂が戻るのが早いんですよぉ」


 表情は変わらない。目も合わないし、彼自信もこれが言い訳であることは重々承知の上なのだろう。

 言い訳じみた言い方ばかりだったので、要点をまとめるとこうだ。

 噂の広まり方が思ったより早く、妖精の魂はほぼ元通りになってしまった。そして行き場をなくした俺の魂がどんどん帰っていく。このままだと純粋な妖精になって、出会った瞬間その人を時の旅に誘ってしまう、と。

 噂の広まり具合は、人間はあんまり広まっていないとは思うが、妖精たちはそういう噂が大好きなのだ。それで思ったより早いのだろう。

 で、魂が完全に帰ってしまえば、妖精だから噂に従ってあった瞬間過去に旅しちゃうってわけね。

 言い訳ってほど言い訳でもなかった。全然、普通の理由だったな。


「お茶をお持ちしました」


 どこかに消えたクロードが丁度帰ってきた。妖精の国までお茶を取りに行ってたみたいだ。そして何故か彼は疲れた様子。

 彼にはたまには休むように言っておこう。

 俺が怒っていないと確信した王子は、表情はいつも通りのにこやかな笑顔に戻り、茶を楽しんでいた。

 俺も茶をすする。うまい。流石と言うべきだろう。妖精の国は俺の指示で食べ物が発展してるからな。


「王子も妖精の国に来るといいですよ。同じ種族の仲間もいますし、衣食住は保証します」


 妖精の国が特別な結界で覆われている理由は、実は個々の妖精が力を発動できないようにするため。特に王子のような意図せず噂通りの力が出てしまうタイプは必見の効果を持つ結界だ。

 妖精とは本当に不思議な生き物で、衣食住の食がいらないし、時には衣もいらない。

 その肝心の住だが、妖精の国の生活水準は高め。連帯責任制で、助け合いの法を定めたからだ。

 妖精は噂さえあれば死なないので殺し合いも起こらないし、人間より扱いやすい。俺は実は君臨すれども統治せずの王だったけれど、民から信頼はあった方だよ。


「······ユリウスさんには、既にウリア・セントリアは死んだという話を広めてもらいました。もうウリアとしての僕はいません。ウリアさ――――妖精王様、良ければ僕に名前をつけてもらえませんか?」

「な、名前!? いやそんな、急に······」


 王子は一回立ち上がり、俺の前まで来て跪いた。クロードが伝えたから俺が妖精王だと知っていたのか。

 いやいやいや、待てぃ。急にそんなこと言われても困るって。お茶を吹き出しそうになったし。

 色々急展開だし。っていうか王子が死ななかったから、ユリウスの養子になる話なくなるじゃん! やったー!

 名前、名前かぁ。いざこの瞬間が来てみると、アニメの主人公は凄いんだなと思う。ポンポン名前をつけるなんて、俺にはできやしない。

 名前······折角なら異言語にしようか。ホオズキ、バラ、アヤメ、キンモクセイ······これ系は駄目だ。トラウマすぎて彼が嫌いになる。何かないかな。


「·········ダリア」


 ふっと舞い降りてきたのは、その言葉だった。

 俺が一番好きな花。大きくて、綺麗で、堂々としていて、だけどどこか優しさがあって、品のある、ここじゃない世界の花。

 異世界の花だなんて、俺にとっては忌々しい言葉でしかないのに。彼にぴったりだと思ったのは、きっと笑顔が明るかったから······?

 斜め後ろに控えるクロードから拍手が聞こえてきた。


「なんと美しい響きッ! そこ、感謝せよ」


 クロードが王子――――ダリアにそう促すと、彼は立上がってかっくり九十度に腰を曲げ、頭を下げる。


「ありがとうございます! 謹んでその名を頂戴致します!」


 彼は泣いていた。嬉し泣きならいいのだが、俺のつけた名前が不服なら······そう俺が言う間もなく、彼は何度もダリアという名を唱えていた。

 喜んでもらえるって、嬉しいことだ。世の中にはありがた迷惑というものがあるし、素直に喜んでもらえるのは奇跡だ。

 そういえば晩ごはん食べてない。もう遅くなってしまった。

 その後、妖精の国への移住の提案をダリアにしたところ、俺に仕えたいと申し出てきた。まあ、別にいいかなと思って了承したが、クロードは納得いかなそうな顔をしていた。


「えっと······、お話は終わったかな?」


 夜の七時近くなってから、ファルカスが俺の部屋のドアを開け、その隙間から顔を覗かせた。

 そういえばカーティリスの王族ってもしかして奴の子孫かな、とか思いながら、ファルカスの問に頷く。

 これから晩ごはんだそうだ。ラーファが腕によりをかけて飯を作ったそうなので、非常に楽しみである。

 俺が部屋を出て行こうとした時、クロードはお仕事にと消えていった。その場に立ち尽くしていたダリアの手を引く。


「ご一緒してよろしいのですか?」

「勿論だ。それと、まだ友達だろ? 敬語はなしだ」


 ダリアは驚いたような顔から、ぱっと喜びに溢れた笑顔になった。やはり、ダリアという名を彼につけて良かったと思った。

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