#88 告白した話
風呂に入っている間だけ一人になれる。クロードが近くにいるようだし、報告でも聞くか。
あいつには別に裸を見られても平気だ。だってあいつが若い頃に一緒に風呂に入ったし。
「クロード、何かわかったか」
「はい。ウリア・セントリアの魂は確かに弱った妖精で、恐らく時の妖精でしょう」
クロードは静かに現れて小さい声で言った。
は、時の妖精だと? 神レベルの奴じゃん。え、アレだよ。時間を自由に操れたりしちゃうからね。
俺も一度会ったことが――――あれ、あったっけ。上手く思い出せない。まだ完全に記憶は戻っていないのだ。
記憶の断片はこうだ。時の妖精は、時間を自由に操れる。しかし未来に行くことはできない。たまに人を過去に送り込み、一緒に旅行するっていう妖精。しかし不思議なことに、過去に飛ばされた人が元の時間軸に戻ると、その妖精のことをすっぽり忘れてしまうのだ。
誰かをモデルにして作られた妖精だというのもぼんやり覚えているけど、誰だかわからないんだよな。
「彼の姿はまさにあなた様そっくりでしたが、幻影というわけではありませんでした」
なるほど。幻影じゃないってことは、俺そっくりなあの体が本体ってことだ。俺と何故かそっくり、おかしいね、これは
つまり、不思議ってことね。それだけでも十分だ。今の俺をモデルにしたってことは絶対あり得ない。だって、そもそもあのままだと時の妖精は滅びるから。
「わかった。あと、グングニルをもうそろそろ喚び出したい。近く妖精国に行く。騒ぐなよ」
「わかりました。お待ちしております」
クロードは霧のように消えていった。
変にオーディンが帰ってきたと妖精たちに騒がれても困る。隠れてお家に戻って、グングニルを喚び出して即帰宅しよう。
風呂をぱっぱと終わらせ、教科書を読み始める。
義務教育とはよく言ったものだ。結局は富裕層にしか適用されないもんな。
高校になると政治学、経営学が殆どでそれ以外に目立ったものはおさらい程度の魔法くらいだ。
魔法も剣術も実践練習とかあるけど、結局基礎中の基礎しかやらないからな。意味がないといえる。
中学は社会中心だ。この国の歴史の細かい部分、国語だと作文、数学は計算の練習だけ、理科は論外。
文系にとっては生きやすいだろうが、将来の幅が狭くなるような学習内容ばっかりだ。
「平民から見ると、やりたいのはやっぱり農業系かな。うわ、農業系の本読んどけば良かった」
ファルカスの言ってることは正しい。
実際、俺も平民。少しだけど農業に従事していたし、そこで困ったこともたくさんあった。マニュアルがないし、文字の読み書きも平民には難しいからな。
「まずはやっぱり読み書きか。あとは、魔法もやっておくと農業にも生かせるかな」
読みだけでも十分だが、書きができると尚良し。それができると、自然と新聞や雑誌が増えてくる。情報都市としての役目もできるかも。
目指せ高識字率!
「確かにね。そういえばこの前、最近正確だと噂されてる地図を買ったんだ」
いつの間に、と言う前に、ファルカスが地図を机に広げた。大きな地図でもないが、机全体を埋め尽くした。
その地図は、まさにヨーロッパの形。イタリアの長靴もあるし、ブリテン島まである。地中海もバッチリ。
「そのまんま、でしょ」
「まんまだな」
地球と同じ。地名こそ違うし、この地図の正確性は確認が取れていない。しかしざっくり形だけでもわかる。間違いない、ヨーロッパだ。
カーティリス王国は大体イタリア、隣国セントリア王国はフランスを少しとスイス。
カーティリス王国は地中海性気候っぽかったよな。さっきのパーティーでワイン配られたし。
カーティリス王国の王都はそのものは小さく、地中海に面していない。しかし元リステニア侯爵領、今のヴェルディは地中海に面してる。
水があるってだけでも大層違うぞ。
「これ見るとオリーブとぶどうを栽培したくなるよね」
「確かに。ピザも食べたくなってくる」
今の時代は、人の文化的に中世と近世の間くらいかな。それで、植物の分布も同じだったら、場合によっては料理革命来ちゃいそうだな。
パンは多分、発酵させてないやつが主流。トマトは、普段丸ごと食卓に出るとかはないが、ケチャップがあったな。で、トマトがあればジャガイモもあるはず。あんまり市場では見ないけどね。
「よし、まずは食べ物の整備から始めよう!」
「欲に忠実だな」
「だって、食べ物が美味しくないと仕事のやる気がでないじゃん」
ごもっともだとも。食べ物は美味しい方がいい。芸術とはかけ離れた食という美、それこそが食べ物の本質なのだ。
甘い物も準備したいな。蜂蜜でも十分か。そしたら花が必要になるわけで、花が必要になればそれはそれで従事者が必要。
きっと今現在、元侯爵軍の捕虜もいっぱいいるし、暫く領主不在であまり景気も良くないはず。公共事業として料理人や公的な農業従事者を増やしてもいいな。
「領民に幸せになってもらうのが一番。まずは仲良くならないと!」
ファルカスが盛り上がっているところ水を指すようで悪いが、俺は彼に秘密にしていたことを話した。
オーディンの記憶が少しずつ戻ってきていることだ。妖精の国の王になるかどうかは一旦保留だが、協力は惜しまないという意思表示もしておいた。
「ま、別人ではないから、ただの報告だと思ってくれたまえ」
「うん、わかった。じゃあ協力してほしいんだけど······」
うん、さらっとしてるし、図々しいね。真面目に聞いてるとは思ってたけど、半分くらいは信じてないだろ。
「知識がほしい。特に農業」
「わかった。クロード、出番だ」
先程、霧のように消えたクロードが俺の隣に現れた。ファルカスはびっくりしたような表情をした。
こいつは知識の妖精だ。知識を知りたいと思う願いから生まれた奴で、大体半分くらいがオーディンの知識欲である。
森羅万象、なんでも知ってる。しかしなんでもできるわけじゃない。ただ知るだけだし、妖精の国では俺の次に知識に貪欲だった奴だ。
「もう一回会ってると思うけど、こいつはクロード・ミーミル。知識の妖精だ」
ファルカスは知識の妖精と聞いて興味津々で嬉しそうな反応をしたが、クロードは真逆。しっかりファルカスを睨んでいた。
クロードはオーディンを尊敬し、何よりも心酔していた人物だ。ぽっと出のガキは気に入らないのだろう。でも大丈夫、彼の良さにすぐ気づくから。
「よろしくお願いします!」
「お初にお目に――――」
「そういうのはいい。お堅くなるな」
「はい」
こいつ、俺には素直なんだよな。クロードのことは、本人が知られたくないところまで知っている。
他の妖精には超塩対応、しかし俺の前だけ猫を被り超砂糖対応。笑顔の作り方、姿勢まで違うのだという。面白い奴だろ?
ファルカスとは距離を取ろうとしたのだろうが、俺の大親友だぞ? 塩対応とか許せない。
そうして、男子会が始まったのだった。




