#85 魔法が使えるようになった話
準備をサボり、トイレから戻ると朝食の準備はすっかりできていた。
今日は国王がしっかりしたやつを用意させてくれたようだ。暖かくていつもより量が多い。元がかなり少ないだけなんだけどね。
「ファリナ様、ゆぅっくり食べるんですよ」
「勿論わかっているわ。よく噛んで、粉砕して液体になったものを飲み込むわ」
アレだっけ、飢餓の人がいきなり食事をとるとダメなんだっけ。アルタイルがいて良かった。俺達、多分一般的な知識のほうが魔法の知識より少ないからね。
朝食も食べ終わったということで――――
「ウリア、角は?」
「隠せたから隠してる。ただの魔力の塊だったから」
俺がオーディンとしての記憶を持ってたこと、言ったほうがいいか? いや、そしたら俺という人間の認識が変わってよそよそしくなるかも。
······やめておこうか。
ん、ラーファがそわそわしている。緊張? 彼女、記憶がないからファリナとはほぼ別人のようなものか。
「ラーファ、やっぱり思い出せない?」
「······うん。で、でもでも、引っかかる感じがあるから、きっと思い出せるよ」
記憶の空白、か。ファルカスとしては思い出してほしいし、ラーファもそうなりたいとは思っているだろう。
ラーファに呪いの痕跡はない。何か手がかりがあれば思い出すだろうけど、既にファルカスができることはしちゃってるからな。
「あら、そういえば婚約者同士だったわね。もう十二歳でしょう、結婚も考えていい年頃じゃない」
「えー、早いよ」
ファルカスくんや、ラーファを見てご覧よ。お顔真赤だよ。
ファルカスはさぁ、もうね、ぶっちゃけおじさんだけどさぁ、ラーファはもうそういうお年頃なんだからね。
いやぁ、若いねぇ。俺も若い頃は······、若い頃はぁー、えっとぉー。若い頃は若くなかったかもしれない。前世は浮いた話の一つもなかったわ。
十二歳で結婚か。確かにこの世界と時代で考えるとあり得ない話でもないか。だって前世の世界では四歳で結婚とかあった気がするし。
「でも、そうね。ファルカスが領主になるなら、ステラ公爵の跡取りとしての爵位が与えられるわ。小公爵ね」
「そっかー。王位継承権なくなるから嬉しいな」
ファルカスに爵位、だと。責任重大じゃないかそれ。王位継承権はラーファと婚約した時点でないけど、国の中枢になるのは間違いないじゃん。
そんな人の、護衛が俺。大丈夫かな、これ。
この後、こっそりグングニルを呼び出してもいいけど、少しクロードと話がしたい。オーディンが死んだ後、何がどうなったのか。
彼のことだから呼べば来るだろうけど、ファルカスとラーファにはバレたくない。マリーなら大丈夫そうだけど、いちいち世話になるのも気が引ける。
今日はいいか。王子のことも考えなきゃだし、八月二十······六? 七? までには一回妖精の国に戻りたい。
「ウリア、何か考えごと?」
「いや、別に?」
ラーファが目ざとく質問してきたが、ぬるりと躱す。流石に怪しかったか、ラーファもファルカスも、疑わしそうな目で俺を見つめ始めた。
無理もない。今日、急に角も翼も生えるし、ファリナを解呪したのは俺だって、アルタイルがばらしちゃったし。
「ウリアだったかしら。アレね、嘘が下手ね。もっといい返事があったわ」
「えっ、バレた?」
厳しいご指摘をいただきました。ウリア王子の話にもあったけど、どうやら俺は本心を隠すのが下手くそらしい。顔に書いてあるのかな、本当に。
いやぁ、そんなつもりはないし、これまでもずっと上手くやってきた気がするんだけどな。
「で、何かしら」
どこから話すべきか。オーディンの記憶を持っていることはできるだけ隠したいし、でも隠し事をするのはちょっと罪悪感に駆られる。
もっと別の、違うことを考えていたってことにしよう。
「折角魔法が使えるようになったし、色々試してみようかなって」
「えっ、やっぱり魔法使えるようになったの!?」
俺が魔法を使えると知ったラーファが、いそいそと朝の支度を済ませる。そう、いつもの場所へ、レッツゴーなのだ。
あの、あれ。裏庭と言うべきか、魔境と言うべきか迷うあの場所。魔法の練習によく使われてたので時々俺も行っていたが、最近は行ってないな。
草木も何もなく、更地。だがラーファの魔力を高濃度で感じる。かなり濃いな。
ラーファの魔力は爽やかで、春の晴れ渡った風のような、柔らかさと温かさがある。まさに聖女なのだが、半分魔族の俺にはちょっとキツイ。
多分、魔力を直で浴びたら、俺は病に伏せるだろう。そんな機会、ないとは思うけどね。
ラーファの魔力とは反対に、俺のは重たくて濃厚、毒の如く有害な魔力だ。ラーファとは本当、正反対だ。だから彼女も、俺の魔力を直で浴びたら、体調崩すと思う。
「実は魔法じゃなくて、魔力そのものを使った実験を最近してたんだけど、凄い発見をしたの!」
ラーファはいつもの五倍くらい元気だ。目まできらきらと輝いて、まるで好奇心旺盛な子どものようである。子どもなんだけどね。
魔力そのものを使う、か。興味をそそられるが、それは魔法と違ってイメージを形にできない。人によって魔力も違うし、結果はその人次第になりそうだな。
ラーファは両手の平を仰向けにして、魔力をその上に集め出した。
うぷっ、キツイな。何だろう、人の血も流れてるから心地よさも感じるんだけど、それ以上に体が霧になる感覚が鋭くやってくる。症状が軽いからいいものの、距離が近かったら死ぬな。
ラーファの集めた魔力がやがて形を成してきた。それは花のようで、多分この世界には存在しないもの。
「お花をイメージしたら、こうなるの。ウリアもやってみて」
これ魔法と関係あるのかどうか。まあそれは置いておき、俺も花のイメージをすればいいのか? 地獄絵図を何となく想像できるんだけど、やってみないことに始まりはない。
手の平に魔力を収束しながら、そうだな、桜でもイメージするか。匂いまで再現できるか試してみるか。
俺の魔力は濃いから、圧縮が簡単だ。その分繊細な動きをするのは難しいし、魔法の出力調整もしにくい。だけど魔力そのものだったら、ちょっとはやりやすいみたいだ。
「できた」
「これは、もしかして桜ってやつ? 待って、ファルカス呼んでくるね!」
ファルカスは既にラーファに桜を語って聞かせていたようだ。ラーファって知識欲が高いから、知らないことがあったらすぐ聞いてくるんだよね。
ぴゅーん、という表現が最も的確だろうか、ラーファはすっ飛んでいった。ファルカスを連れてくるまで暫く時間かかりそうだな。
「クロード、いるだろ」
「はい」
うわっ、マジでいた。姿を隠して近くにはいるとは思ったけれど、まさかこんなに側にいたとは。
いつからいたのかは知らんが、こき使えそうだ。俺の片目が失明したのは半分くらいはこいつのせいだが、許さないというのは違う。俺の臣下であることは間違いないし、俺の片目として働けということだ。
片膝を地面につけて跪く彼は嬉しさと緊張を隠せていなかった。
「何かご用で?」
「ウリア王子の元の魂は弱った妖精と言っていた。何の妖精か知りたい。頼めるか」
「仰せのままに」
霧になるように、クロードはふっと姿を消した。彼は叡智の妖精だ。全てわからなくても、何かわかることはあるだろう。それに、普通にクロードはそういう魂や魔力を見る目に優れている。
それにしてもあいつ、俺がオーディンだとわかってた? 魂が戻ってきてたからわかるか。
あ、ファルカス。それとラーファ。思ったよりこの桜の維持が大変だから、さっさとしてほしいものだ。
「桜だ! え、懐かしすぎるんだけど!」
ファルカスが息を切らしている。道のりが結構あるからね。
ラーファは何故か誇らしげだ。彼女はファリナをおんぶしていた。ファリナは興味深そうに顔を近づけて桜を見ている。
「そうだ、ラーファ。ついでに地下牢に行きたいわ。お母様の顔を蹴り上げてやるのよ」
「それいいね、すぐ行こう!」
「「良くない!」」
ファリナが意地悪そうな笑みを浮かべ、反対にラーファは明るくぱっと笑う。
ファルカスと俺のツッコミは見事にハモったが、行動力の塊であるラーファは既に小指の爪程度の大きさだった。
元気でかなりよろしい。しかし考えて行動しようね。




