#82 記憶が戻った話
暗い暗い闇の中で、ただ漂うように視界が歪んでいく。
「落ち着け」
時が止まったかのように、思考が停止した。ぐるぐると渦巻き続けたものは、いつしか消えていて、真っ暗闇の中、雷と二人きりになっていた。
肩に置かれた手が、俺の呼吸の乱れによって上下している。
見覚えのある風景だ。見慣れた、傾いた夕日が差し込む、あの教室。あの部屋。あの家。
景色は目まぐるしく、記憶にないものまで変わっていった。その度に頭が複雑になっていって、俺は誰なのかまたわからなくなるような気がした。
「深呼吸だ、ゆっくり······、そう」
俺の肩に手を乗せる雷がいつになく優しさを見せた。自然に調和させるように、ゆっくり、ゆっくり、俺の呼吸は乱れが飛んでいった。同時に冷静さを取り戻した。
びっくりしたなー。急に何なのかと思ったよね、本当。
気づけば白川雷としての自分の部屋、極々平凡でちょっとばかり汚部屋な自分の部屋にいた。そこで俺はベッドに座り、雷は勉強机の椅子に座った。
「······あの王子についてだが、確かに魂は少しずつ戻ってきている。そのせいで魂に宿った記憶まで戻ってきて、このザマだ」
王子、ウリア王子のことか。
魂って記憶も宿るのか、ってそうか。そうじゃなきゃ俺に前世の記憶なんてなかったか。
魂に宿った記憶がさっき俺が見たものならば、王子はオーディンとしての記憶を持っていた······?
確かに、妖精についてのクセのありそうな本を読んでいたけれども。
え、待って。じゃあクロードの言う通り、俺はオーディンの生まれ変わりってこと? は? 何か、本当にそうだった驚きよりも、クロードの言う通りになったっていうのに腹が立つんだけど。
「いずれ俺もお前と一緒になる。まあ、俺はどっちかと言うとオーディン側の魂だからな」
「え、ちょ、待って。そんなに魂って綺麗に割れるものなの?」
「まあ、意図的に割られたからな」
そうなんだ。魂割りって結構正確で繊細な技術なんだな。
俺の今のイメージでいうと、魂が割られる時に破片ができて、それが雷になった、っていう感じ。
何となく魂の質感とか見た目とかがガラスのイメージあるからなんだけど、普通に考えるとやべぇなこれ。
「じゃ、王子はオーディンとしての記憶があった、と?」
「いや、あっちの本体は妖精の片割れだからな。オーディンとしての記憶を持った魂は、自分のものにできなかったんだろうな」
へぇ。だんだん話についていけなくなってきたけど、その分聞きたいことがいっぱい出てくる。
ウリア王子はじゃあ、妖精の魂が本体でオーディンの魂はただくっついていただけってことかな。
まあでも、すぐ隣に俺の刺々しい魔力を持った魂があったら、永くは生きれないわ、そりゃあ。余計に弱るし。
また景色は変わる。雷は消えていって、俺は気づけば今世での自分の部屋、まあファリナのいる場所に向かった。
アルタイルは座ったままなのにぐっすりだ。しかし俺が入ってきた瞬間に指が動いたから、彼がいればファリナは安全だな。
俺は寝たきりのファリナに歩み寄った。
なるほど、呪いか。呪いにしては魔法くさいけど、このまま解呪せずにいれば、そのうち魔獣化するだろうな。
よし、この魔法を使うのは久しいな。何年ぶりだ、っていうか俺が死んでから何百年経ったんだろう。
まあいいか。それは後で考えるとして、この少女のことだ。結構な時間寝たきりだな。
俺はファリナの心臓部に手をかざし、解呪の魔法を発動する。
それはどこか本能的で、こう、自然に魔法を使うような、そんなスムーズさだった。この感覚も懐かしい、か。
呪いは大したことないし、すぐに解呪できたが、やはりグングニルがないと本調子で魔法が使えないな。
「え!? 何してんの!? 夜這い!?」
おいおい、アルタイルよ――――って、俺何してんの? 何か記憶に操られてたっていうか······。魂が戻ってきたってことか。
さっきまでのことは全部覚えてる。だけど、何を考えていたのかは鮮明ではない。これから何をしようとして、何に懐かしさを覚えたのか。
っていうか、オーディンとしての記憶が戻ってきたってことは、王子の魂は結構抉れちゃったハズ。
魔法は······使えるけど、使いこなせない。やっぱり、グングニルがないと······。あ、また混ざった。
「ウリア王子のところに言ってきます!」
「ぇえぇぇ、急に!?」




