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行李  作者: 長廻三月
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9/21

2-1

 大学の図書館は苦手だ。

 つむぎは一階の検索用パソコンで目的の本を検索すると、なるべく足音を立てないように二階へ上がった。


 朝イチなだけあって、人影はまばらだ。だが、そのせいで、いつもよりも空気がピンと張っている気がした。


 つむぎはそっと書架へと向かった。

 早く本を見つけて、ここから出よう。

 背表紙のラベルを左から順に見る。

 あ、あった。

 お目当ての『日露戦争史』だ。タイトルを確認して、本を抜き取った。


 ちょうど書架の前を通った碧人と目が合い、つむぎは軽く会釈をした。


「今日は近現代史? 珍しいところにいるね」

 碧人が小さな声で囁いた。

「日露戦争の本を探してて」

 辺りを窺いながら答えたつむぎは、本を碧人に見せた。

「え? どうして?」

「古文書学実習で、関係する史料の調査をするので、予習しとこうと思ったんです」

「へぇ。偉いね」


「図書館ではお静かにお願いします」

 いつもの司書さんに注意され、つむぎは肩をすくめた。彼女は、どんなに小さな声でも聞きつけて注意する。

 全然姿を見かけなかったのに。どこにいたんだろう?

 つむぎは愕然として、司書が立ち去った方を見つめた。


 碧人は、「じゃ」と口だけを動かして、隣の近世史の棚へ入っていった。



 梅雨の晴れ間というのだろうか。図書館の外には雲一つない青空が広がっていた。湿気を含んだ空気が体にまとわりつく。上からはもちろん、足元からも熱が上がってきているようだ。


 つむぎは日傘を広げた。

 図書館から、つむぎの在籍している史学部棟までは近いが、それでも肌がジリジリと焼ける。


 学生研究室のドアを開くと、ムッとした熱気を浴びた。薄暗い室内には、珍しく人の気配がない。

 電気とエアコンのスイッチを入れて、部屋の中に入った。


 つむぎは、院生になった時に与えられた自分の席についた。トートバッグの中から水筒と借りた本を出して、早速開いた。


 ……難しい。

 わざわざ新書を選んだのに。

 三行目で音を上げ、パタンと本を閉じた。


「はよーっす」

 洸太郎が、棒付きの飴を咥えながら部屋のドアを開いた。


「洸太郎くん、おはよう」

「つむぎセンパイ、はよーっす。この部屋あちーっすね」


 パタパタと手で仰ぎながら近寄ってきた洸太郎は、つむぎの手の本に目を留めた。


「何読んでんっすか?」

「日露戦争の本を読んでるの。今度の古文書学実習の予習をしておこうと思って」

「さっすがセンパイ、ガンバリ屋さん!」

「ううん。そんな事ないよ。基本的な知識がないから難しくて」

「うーん……」

 棒付きの飴を手に持った洸太郎が、何かを考えるように腰に手を当てた。


「オレ、もしかしたら説明できるかもっす」

「本当!? じゃあ、基本的なところを教えてくれるかな?」

 つむぎはパッと顔を綻ばせた。

「もちっす!」

 洸太郎はグッと親指を立てた。

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