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共用テーブルに用意された、二つのマグカップから湯気が上がった。一つはつむぎ、もう一つは洸太郎のものだ。
カフェオレしか飲めない洸太郎のコーヒーには、粉のクリープ四杯と、細めのスティックシュガー三本が入っている。
テーブルを簡単に片付けたつむぎは、自分のノートとボールペンを持って席に着いた。
「インスタントコーヒーだと、やっぱちょーっと苦いっすね」
カフェオレもどきを飲んだ洸太郎が、舌を出した。
「やっぱり、砂糖三本じゃ足りなかったかな?」
細いのしかなかったしなぁと、つむぎは苦笑いした。
「苦いけど、ま、大丈夫っす!」
「ごめんね。今度甘いカフェオレ奢るね」
「あざまーっす!」
洸太郎が、嬉しそうに笑った。
「えっとー、日露戦争って、その十年前に起きた日清戦争以降の流れがすっごく重要なんっす」
「日清戦争の?」
「そ。日清戦争で日本が勝ったじゃないっすか。そんで日本と清国は日清講和条約を結ぶんっす。下関条約ともいうっすけど」
「下関条約」
つむぎは口元に手を当てて考え込んだ。しかし、全く内容が思い出せない。
「そ。ちょっと待ってくださいよぉ」
洸太郎が、テーブルに置かれていたスマートフォンを操作した。
「これっす!」
つむぎがスマートフォンを覗き込んだ。
『日清講和条約』の条文が表示されていた。
「結構長いのね」
「そーっすね。でも、今必要なのは三つっす」
洸太郎は第一条から第四条を指で押さえた。
「簡単に言うと、『朝鮮国は清国の属国じゃなくて、独立国ですよ』ってことと、『遼東半島と台湾と周辺の島は日本がもらう』ってことっす。あと賠償金っすね」
「ちょっと待ってね」
つむぎが聞き取ったことをノートにまとめている間に、洸太郎はスティックシュガーをもう一本、マグカップに入れた。
「よし。書けた」
つむぎは満足そうにシャープペンシルを置いた。
「ところで、遼東半島ってどこにあるの?」
「ここっす」
洸太郎が、次は地図アプリを開いた。
「なるほど、旅順と大連がある半島か」と言いながら、つむぎはノートに簡単な地図を描いた。
「へぇ。センパイ、図も上手いっすね」
洸太郎が身を乗り出して手元を覗き込んだ。
「じゃ、続きをお願いします!」
「了解っす!」
洸太郎が手を額に当てて、敬礼のポーズをした。
「ロシア帝国としては、日本が中国に進出してくるのは面白くなかったんっすよね」
「どうして?」
「ロシアは、シベリア鉄道を作って東アジアに進出しようとしてたんで、日本が遼東半島を自分のもんにすると、単純に邪魔っす」
「なるほど」
「で、フランスとドイツ帝国と一緒に、ロシア帝国が遼東半島を清国に返せって言ったんっす」
「何でフランスとドイツ? ヨーロッパの国なのに」
ノートを書く手を止めて、つむぎが目を上げた。
「フランスとドイツは、イギリスといろいろやり合ってたんで、ロシアの目が東アジアに向いてる方が都合が良かったんっすよ。ちなみに」
洸太郎は怪訝そうな顔をした。
「ここは高校で習ったっすよ? 『三国干渉』って言うんっすけど」
「……名前だけは覚えてる」
「そっすか!」
洸太郎がにかっと笑った。手元のコーヒーをぐいっと飲み干した途端、コホコホと咳き込んだ。
「あまっ! 下に砂糖が溜まってるっ!! あっまっっ!!」
鞄からミネラルウォーターのペットボトルを取り出して、ごくごくと飲んだ。
「えっ? ごめん!私、よく混ぜてなかったかも。大丈夫?」
つむぎは、狼狽えながら立ち上がった。
「あんたはスティックシュガーでも舐めときなさいよこの甘党!」
低い声がした。
日菜だ。
「つむぎ先輩を謝らせるんじゃないわよ」と、ぷりぷり怒っている。
「えー、日菜パイセーン、いっつもオレに厳しーい」
涙目になった洸太郎が口を尖らせた。
日菜は腕組みをして仁王立ちをした。その動きに合わせて、大きめのループピアスが揺れた。
「もー、別につむぎセンパイを困らせてたわけじゃないっすよ! 『日露戦争』について話してたんっす! オレが先生で」
立てた親指を自分に向けて、洸太郎が胸を張った。
「へぇー。面白そうじゃない。私も聞きたい」
「なになに? 俺も混ぜて」
ちょうど研究室に入ってきた碧人が、のんびりとした様子で洸太郎の隣に座った。




