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行李  作者: 長廻三月
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1-6

 二階の端の部屋に入れられたつむぎは、襖(ふすま)のそばにちょこんと座った。

 「何か持ってくる」と言って出て行った正人は、まだ戻って来ていない。


 ここは、どこだろう?

 本当に明治時代なのかな?

 つむぎは部屋を見渡した。


 和箪笥と、小さな文机が置かれた簡素な部屋だ。箪笥の横には、茶色いトランクが置かれていた。


 つむぎはトランクをよく見ようと近くに寄った。

 将校……行李?


 行李は研究室で見たものとそっくりだが、全体が茶色かった。手入れされた表面には目立った傷もなく、ベルトは二本とも揃っていた。何より、表面に「陸軍歩兵中尉 吉野慶一郎」と墨書で書かれている。


 多分同じものだと思うんだけど。階級が違うからかな?


 研究室の行李には、確か、「大尉」と書かれていたはずだ。


 あれ?


 机の上に本が置かれていることに気が付いたつむぎは、机に前足をかけて後ろ足で立ち上がり、机を覗き込んだ。


 真新しいその本には、『明治三十七年 当用日記』と書かれていた。


 明治三十七年……


 そのまま前足を下ろして、座布団に座った。

 窓にあたる部分は障子だった。風でガタガタと揺れている。ここにも窓ガラスはなさそうだ。

 ふと見上げた天井には、電灯がなく、代わりに何かを吊るすような金属がぶら下がっていた。


 これは、間違いなさそうね。

 つむぎはゴクリと喉を鳴らした。


 そっと、伺うように襖が開いた。床に正座をした正人が、大きな目をきょろきょろとさせていた。


 もしかして、探してるのかな?

 つむぎは、「ニャー」と鳴いた。


「あ。そこにいたのか」

 正人が嬉しそうに目尻を下げた。

 お盆と小鍋、新聞紙を部屋の中に入れ、最後に自分が入ると、襖を閉めた。


 お盆には鰹節のかかったごはんと、水が入ったお椀が載っていた。ごはんからは湯気が上がり、鰹節がくるくると動いていた。


 おいしそう。

 つむぎは急にお腹が空いてきた。


 正人は、新聞紙を敷いた上にご飯とお水を置いた。それから、部屋の隅に置かれていた火鉢を座布団の近くに運んで、小鍋から炭を移した。


「ごめんな。ちょっとここで待っててな」

 ご飯を口いっぱいに含んだつむぎは、そのまま正人を見送った。



 いつの間にか寝ていたつむぎは、階段を登るミシミシという足音で目が覚めた。

 すっかり日が落ちて、部屋の中は真っ暗だった。


 寒い。


 つむぎはブルリと震えた。火鉢の中の炭は、全て灰になっていた。


 猫だと、すぐに眠たくなっちゃうなぁ。

 どうしてここにいるんだろうとか、何で猫?とか、考えないといけないことはたくさんあるのに。

 つむぎはしょんぼりと耳を垂れた。

 

 襖が開いた。


「……ほんっと毎年の事ながら、よくやるよなぁ」

「うちが本家だからな。正月に親戚が集まるのは仕方ないよ」


 慶一郎と正人が持つランプが、あたりをぼんやりと照らした。


「おっ。ご飯、食べてるな」

 慶一郎がお椀の近くに胡座(あぐら)をかいた。

 正人はランプを文机の上に置いて、つむぎの頭を撫でた。


「うん。お腹すいてたみたいだよ」

「そうか……後で、もう少し食べるものを探してくるか」

 顎に手を当てて、慶一郎が呟いた。


「正人、着替えてこいよ。父さんのところへ行こう」

 慶一郎がランプを吊るした。ネジを回して、室内が見えるくらいの明るさにした。


「嫌だなぁ。父さん、寝ててくれないかなぁ」

 眉をハの字に寄せた正人が、両手で掴むようにつむぎの背中を撫でた。


 ちょっ、痛い。

 つむぎは正人の手に、軽くパンチをした。


「明日に延びるだけだぞ」

「うん。わかった」


 口を尖らせた正人は、つむぎに叩かれた手をさすりながら立ち上がった。

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