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「コーヒー飲む人?」
ソファーの横にあるカラーボックスからマグカップを取り出しながら、碧人が言った。
「はい!」
研究室内にいた他のメンバーと一緒に、日菜も手を挙げた。
「つむぎは?」
手を挙げた人たちのマグカップを出しながら、碧人は聞いた。
つむぎは頬杖をついて、ぼんやりと外を眺めていた。
今にも降り出しそうな灰色の雲は、形を変えながらゆっくりと東へ動いている。
「つむぎー?」
碧人がもう一度呼んだ。
「あっ! ごめんなさい。何ですか?」
つむぎは慌てて手を下ろした。
碧人は片手でインスタントコーヒーの瓶を軽く振っていた。
「ぼんやりしてたね。コーヒー飲む?」
「お願いします。ミルク多めで」
「了解」
頷いた碧人は、五杯分のコーヒーを作り始めた。瓶を開けると、部屋中に香ばしい香りが広がった。
「つむぎ先輩、大丈夫ですか?」
急に目の前に現れた日菜にはっとして、つむぎは微笑んだ。
「大丈夫。気にしないで」
「先輩、無理するから」
日菜の気遣わしげな表情は変わらない。
ああ。また心配させちゃってる。
そう思いながら、「大丈夫」と繰り返した。
今日のゼミが頭をよぎる。
つむぎが修士論文で書きたいテーマと構想を発表した後、教授の柴田が腕を組んで、「うーん」と考え込み、それきり、何も言わないまま授業が終わってしまった。
私、研究に向いていないのかなぁ。
なんだか、自分が迷子になった気がした。
碧人は大手企業に就職が決まり、あとは論文だけ。日菜も夏休みに史料調査に行くことが決まっている。二人ともとても順調そうで、つむぎには眩しく見えた。
「はい。コーヒー。ミルクたっぷりだよ。日菜はブラックだね」
碧人がクマのイラストが描かれたマグカップを置いた。
「ありがとうございます」
つむぎはコーヒーを飲んだ。
ほんのりと甘い。
「つむぎはまだ一年だろう? 時間はあるから、大丈夫だよ」
碧人は向かいの席に座って、コーヒーを飲んだ。同じゼミだから、理由に察しがついたのだろう。
「もしかして、ゼミの話ですか?」
つむぎの隣に座った日菜が聞いた。
「そ。柴田先生の反応が悪かったんだよな?」
つむぎは小さく頷いた。
「シバセンめ!」
眉間に皺を寄せた日菜が唸った。
「まぁまぁ」
碧人は日菜を宥めるようにそう言うと、何かを思い出したように立ち上がった。カラーボックスを開けて、箱入りのチョコチップクッキーを出した。
「こういう時には、甘いものが一番だよ」
箱を開けた碧人が、机の中央あたりに置いた。日菜がそこから一枚クッキーを取って、口に入れた。
「食べる?」
つむぎは首を振った。
「私は、この後先生に呼ばれてるから」
「論文のこと?」
「違いますよ。来週からのティーチングアシスタントの事で。打ち合わせです」
ティーチングアシスタントは、いわゆる助手だ。柴田から依頼された時は嬉しかったのだが、今はすっかり気持ちが沈んでしまっている。
「そっか」
俯いたつむぎの頭を、碧人はポンポンと叩いた。




