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行李  作者: 長廻三月
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2/21

1-2

「コーヒー飲む人?」

 ソファーの横にあるカラーボックスからマグカップを取り出しながら、碧人が言った。


「はい!」

 研究室内にいた他のメンバーと一緒に、日菜も手を挙げた。

「つむぎは?」

 手を挙げた人たちのマグカップを出しながら、碧人は聞いた。


 つむぎは頬杖をついて、ぼんやりと外を眺めていた。

 今にも降り出しそうな灰色の雲は、形を変えながらゆっくりと東へ動いている。


「つむぎー?」

 碧人がもう一度呼んだ。

「あっ! ごめんなさい。何ですか?」

 つむぎは慌てて手を下ろした。


 碧人は片手でインスタントコーヒーの瓶を軽く振っていた。

「ぼんやりしてたね。コーヒー飲む?」

「お願いします。ミルク多めで」

「了解」

 頷いた碧人は、五杯分のコーヒーを作り始めた。瓶を開けると、部屋中に香ばしい香りが広がった。


 

「つむぎ先輩、大丈夫ですか?」

 急に目の前に現れた日菜にはっとして、つむぎは微笑んだ。

「大丈夫。気にしないで」

「先輩、無理するから」

 日菜の気遣わしげな表情は変わらない。


 ああ。また心配させちゃってる。

 そう思いながら、「大丈夫」と繰り返した。

 

 今日のゼミが頭をよぎる。

 つむぎが修士論文で書きたいテーマと構想を発表した後、教授の柴田が腕を組んで、「うーん」と考え込み、それきり、何も言わないまま授業が終わってしまった。


 私、研究に向いていないのかなぁ。


 なんだか、自分が迷子になった気がした。


 碧人は大手企業に就職が決まり、あとは論文だけ。日菜も夏休みに史料調査に行くことが決まっている。二人ともとても順調そうで、つむぎには眩しく見えた。


「はい。コーヒー。ミルクたっぷりだよ。日菜はブラックだね」

 碧人がクマのイラストが描かれたマグカップを置いた。


「ありがとうございます」

 つむぎはコーヒーを飲んだ。

 ほんのりと甘い。


「つむぎはまだ一年だろう? 時間はあるから、大丈夫だよ」

 碧人は向かいの席に座って、コーヒーを飲んだ。同じゼミだから、理由に察しがついたのだろう。


「もしかして、ゼミの話ですか?」

 つむぎの隣に座った日菜が聞いた。

「そ。柴田先生の反応が悪かったんだよな?」

 つむぎは小さく頷いた。

「シバセンめ!」

 眉間に皺を寄せた日菜が唸った。

「まぁまぁ」


 碧人は日菜を宥めるようにそう言うと、何かを思い出したように立ち上がった。カラーボックスを開けて、箱入りのチョコチップクッキーを出した。

「こういう時には、甘いものが一番だよ」

 箱を開けた碧人が、机の中央あたりに置いた。日菜がそこから一枚クッキーを取って、口に入れた。


「食べる?」

 つむぎは首を振った。

「私は、この後先生に呼ばれてるから」

「論文のこと?」

「違いますよ。来週からのティーチングアシスタントの事で。打ち合わせです」


 ティーチングアシスタントは、いわゆる助手だ。柴田から依頼された時は嬉しかったのだが、今はすっかり気持ちが沈んでしまっている。


「そっか」

 俯いたつむぎの頭を、碧人はポンポンと叩いた。

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