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湿気を含んだ六月の風が、狭い学生研究室を駆け抜ける。
長机を並べただけの共用テーブルの上にある、いつからあるのかわからない講義レジュメが、かさりと音を立てた。
泉つむぎは、誰かの食べかけのポテトチップスの袋をそっと脇によけた。いつもの席に腰掛けると、古いソファーで寝ている三年生の高野洸太郎を起こさないよう、小さく息を吐いた。
空には厚い灰色の雲が垂れ込めていて、少し肌寒い。
カーディガンを羽織ってきて良かった。
洸太郎くんは、寒くないのかな?
そっとソファーを見た。
Tシャツとハーフパンツ姿で、薄く開いた口から涎を垂らしながら、洸太郎が幸せそうに眠っていた。
大丈夫そう。
つむぎはくすりと笑った。
「あ! まだ寝てる!」
静けさを破る大きな声に驚いて、つむぎは振り返った。
開いたドアの向こうに、四年生の藤原日菜がレジュメとタブレットを抱えて立っていた。
その背後には、図書館から帰ってきた修士課程二年の大島碧人の姿もあった。
日菜はつかつかとソファーに歩み寄ると、大きく息を吸った。
「起きろ!!!」
身じろぎもしない洸太郎に、日菜はもう一度怒鳴った。
「洸太郎!!!! 起きろ!! 次授業でしょ!」
「えぇー。もうちょっと……」
ようやく目を覚ました洸太郎が、目を擦りながら横向きになった。
「バカ!! あんた単位ヤバいんでしょ!!」
「ここのソファー、めっちゃ寝心地良くて……」
洸太郎は、仰向けになってふにゃりと笑った。
「ここから共通棟まで何分かかると思ってんの! 早く起きなさい! ソファー捨てるわよ!!!」
「やだぁ……もうちょっと……昨日バイトで遅かったんっすよ」
寝返りを打った洸太郎は、今度はうつ伏せになり、いやいやと言うように首を振った。
「でも、本当にそろそろ遅刻するぞ。次の授業、日本国憲法だろ? 去年単位落としたやつ」
碧人が、腕のスマートウォッチを見た。
「ほら、あと五分で始まるぞ」
「マジっすか!!」
ソファーからガバっと身体を起こした洸太郎が、頭をガシガシと掻いた。
「もうっ! 日菜センパイ! 早く起こしてくださいよ!」
洸太郎は、不貞腐れたように言うと、床に放り出されていたリュックを手に取って部屋から走り出た。
「はぁ!? 私はお母さんじゃないっつーの!」
バタバタと遠ざかる洸太郎の背中を、日菜の声が追いかけた。
またやってる。
心が少し、軽くなった。




