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農家の朝は早い。
つむぎは今日もその言葉を噛み締めていた。
住み込みの清六さん、ミツさん夫婦と息子の哲治さんは、空が白みはじめる朝四時過ぎには起きていた。三人は、長屋門の二階に住んでいる。
「哲治、今日は蔟を出すぞ」
「ん」
「だがその前に田んぼだ。そろそろ稲虫が増えるからな」
「ん」
人差し指に金属製の爪を嵌めた二人がそんな会話をしながら裏門から出ていくのを、つむぎは井戸の影から窺った。
哲治は慶一郎と同じくらいの年齢に見えた。
働き者だな。
つむぎは感心した。
ミツは井戸で水を汲み、水桶を何回も台所へ運んでいた。
つむぎを見ても、猫なんていないかのように素知らぬ顔を決め込んでいた。
それをいいことにつむぎは台所へ入り、寝そべりながらミツを観察していた。そのお陰で、朝のミツの動きをすっかり覚えてしまった。
この後、ミツは米を研ぎ、米を水に浸している間に木戸から畑へ行って野菜を採ってくるのだ。
ミツさん、いつも大変だなぁ。
つむぎが伸びをしながらあくびをすると、……ミツが睨んだ。暇そうに見えるのかもしれない。まぁ、猫だから仕方なかろう。
「おはよう、ミツさん。今日もよろしくね」
母親の千代が台所に現れた。
千代は家族の中で一番朝が早い。大きい目であちらこちらを見ながら働いている、若くて可愛らしいお母さんだ。
「ミツさん、玉子は取ってきてくれたかしら? 慶一郎に食べさせてやりたいのよ」
「わかりました。すぐに行きます」
「あぁ、ちょっと待ってちょうだい。野菜は……慶一郎はかぼちゃも好きでしょう? 採ってきてくれるかしら?」
「わかりました」
「あと、山羊の乳もお願いね」
「はい」
カゴを持って外へ出たミツを見送ってから、千代はつむぎを見つけてしゃがみ込んだ。
「あら、シロちゃん。今日もかわいいわね」
「ニャー」
今回つむぎは白ネコだ。「白いからシロ!」と、正人が名付けた。単純だが、三毛猫を「ミケ」と名付けた正人らしくて、つむぎは気に入っていた。
「いつもお返事ありがとう」
千代は喉元を撫でた。ゴロゴロと喉が鳴った。
「おはようございます」
土間の方から、何人かの女性の声がして、一気に家が騒がしくなった。
「はーい。じゃあ後でね」
千代は小さく手を振って行ってしまった。
日雇いの人が来たみたい。彼女たちはすぐに二階に上がって、それから作業に入るのだ。
つむぎは首を掻いた。
トントントン ザッザッザッ
ジュージュー シュンシュン
しばらくして、台所に朝食の香りが漂った。
「シロ、おはよー!」
ドタドタと足音がして、正人が顔を出した。
つむぎを力いっぱい撫でまわす。
「こら。そんなにもみくちゃにしたら、シロが嫌がるだろ」
二階から、慶一郎も降りてきた。
「坊ちゃんがた、おはようございます。ほら、顔を洗ってきてくださいよ」
ミツが差し出した手拭いを受け取った二人は、勝手口から外へ出た。
台所の続きの四畳に箱膳を準備したミツが、その上に食事を並べた。
「さぁ、ご飯ですよ」
千代が慶一郎と正人を呼び、父親の蔵之助が座ったら朝ごはんのスタートだ。
みんなで「いただきます」と言ってからは、給仕のミツだけがあちらへこちらへと行き来した。お茶を注いだり、ご飯のおかわりをよそったり、忙しそうだ。
「てっ!」
正人が小さく声を上げた。
板間で丸くなっていたつむぎは、片目だけを開けた。
慶一郎の玉子焼きを取ろうとした正人が、千代に手を叩かれていた。玉子焼きは、蔵之助と慶一郎の分しかなかった。
つむぎはその場に座った。
慶一郎が、玉子焼きの乗った皿をそっと正人の箱膳に乗せた。顔をパッと明るくした正人は、箸で玉子焼きをつかむと、さっと口に入れた。千代は知らぬふりをしていた。
蔵之助が差し出した茶碗をミツが受け取って、ご飯をよそった。
二度目のおかわりだ。ひょろっとしている割によく食べる。
胡瓜とナスの漬け物を美味しそうに口に運ぶ蔵之助を眺めていたら、つむぎもお腹が空いてきた。
この家では、つむぎは一番最後だ。
牛と山羊とお蚕様は朝一番だったのに。
つむぎはゴロンと横になった。
「ほら、ご飯だよ」
「ニャ!」
ようやくご飯にありつけたつむぎは、正人が差し出したお皿に顔をつけるようにして頬張った。
「正人、父さんが出かけるぞ」
「わかった!」
蔵之助は村長だ。坂の下の集会所みたいなところが役場と聞いた。
玄関へ向かう二人に、つむぎはヒゲにご飯粒をつけたまま着いていった。
「では、行ってくる」
「いってらっしゃいませ」
上り框に正座をした千代が三つ指をついて見送る。その後ろで、慶一郎と正人、そしてミツが頭を下げた。
蔵之助は家人を見回した。最後に一瞬だけつむぎに目をやると、中折れ帽を被って出て行った。
さて、ぼんやりしていたら、ミツにお皿を下げられてしまう。
全員が玄関にいるうちに、つむぎは台所へ急いだ。




