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ヒック……ヒック……
誰かがしゃくりあげるように泣いている。
誰だろう?
「ほら、大丈夫だから」
慶一郎の声がする。それなら、泣いているのは正人だ。
「だって……ヒック……子猫が死んじゃったら……」
「大丈夫だよ。ほら、息をしてるだろう?」
慶一郎が立ち止まり、その場にしゃがんだ。
つむぎはまだ目を開けることができなかった。
「ぼくが……ヒック……ギューってしちゃったから……」
「うん。子猫、苦しかったよな。次から気をつけような」
再びしゃくりあげはじめた正人の頭を、慶一郎がぐりぐりと撫でた。
頷いた正人が、腕で目元を覆った。
つむぎは、目をこじ開けた。
「あ。起きたみたいだぞ」
正人は、腕の間からちらっとつむぎを見て、大声をあげて泣いた。
「ほら、あと少しで家に着くから、頑張ろうな」
二人は本道から脇道へ入って、カーブした坂道を上がった。
慶一郎の言う通り、門はすぐに見えた。それ自体が家のようになっている、いわゆる長屋門だった。
こんなに立派なお家だったの?
つむぎは自分が住んでいるアパートを思い浮かべた。
私の部屋が四つ……いや、六つくらい入りそう。
道々、茅葺き屋根の家をいくつか見てきたが、別格の大きさだ。
脇戸から敷地に入った。
すぐ側で、茶色の鶏が三羽、首を振りながら歩いていた。
……怖い。
つむぎは、思わず慶一郎のシャツにしがみついた。
「っ」
微かに慶一郎の声がして、つむぎは慌てて手を引っ込めようとした。しかし、子猫の細い爪は、なかなか着物から離れてくれない。
「げっ! タイチョーがこっちにいる!」
正人も慶一郎の肩掛け鞄の紐を握りしめていた。
「お前、まだタイチョーと喧嘩してたのか?」
つむぎの爪を丁寧に離した慶一郎が、正人の方を振り返った。
「うん。だってアイツ、ボクを見ると襲ってくるんだ」
釣竿を両手で持つと、針が垂れないのを確認した。
「よし!」
正人は気合を入れて、タイチョーの前に躍り出た。
「いざ、尋常に!!」
竿を正面に構えたが、「勝負!!」と言う前に、鶏の一撃が襲った。
「タイチョー! 卑怯だぞ!!」
「……鶏だからな」
「そんなの知ってるよ!」
正人は、タイチョーの二撃目の蹴りを躱した。
本格的に戦い始めた一人と一羽を残して、慶一郎は歩き始めた。
母屋は二階建てだ。一階部分の赤瓦はぴかぴかと光り、開け放たれた二階には動く人影が見えた。
大きい。
つむぎは慶一郎の腕に前足をかけ、もっとよく見ようと体を伸ばした。
きっと、障子の入った引き戸が玄関だ。
だが、慶一郎はそこを通り過ぎ、隣の板戸を開いた。
敷居を跨いで中に入ると、そこは広い土間になっていた。
土間からは家畜の匂いがして、隅には藁が積まれていた。奥の壁に見えるのは焚き付け口だ。あそこにはお風呂があるのだろう。
「ただいま帰りました」
慶一郎は奥に声をかけた。
誰もいないのか、返事がない。
少しの間中をうかがってそれを確かめると、上り口の端に行李と鞄、そして帽子を置いた。
慶一郎が外へ出ると、正人が駆け寄ってきた。
「兄ちゃん! 先に行くなんて酷いぞ!」と、頬を膨らませて怒っている。
「すまない。……タイチョーはどうした?」
「哲治さんが小屋に入れてくれた」
「そうか」
慶一郎は、安心したように口元を上げた。
「盥を持ってきてくれないか? 一緒に猫を洗おう」
「わかった!」
正人は門の方へ走っていった。




