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行李  作者: 長廻三月
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3-2

 ピーヒョロロロロロロ

 トンビが近づいてきたのかな?

 ひゅう、と風が頬を撫でた。


 ピーヒョロロロロロロ

 窓は閉まっているはずなのに、どうして風が?

 つむぎはあたりを見回した。

 背丈を超える草が、道の両脇に生えている。

 足元から伸びた土の道は、果てしなく続いているように感じた。


 ピーヒョロロロロロロ

 ……もしかして、これは……

 思い当たったつむぎは、足元に目を向けた。

 毛むくじゃらだ!

 黒ずんだ毛にはツヤもない。

 どことなく、身体が重い気がする。


 ピーヒョロロロロロロ

 やっぱり、ここは過去なのね。

 ってことは、トンビが狙っているのは……

 もしかして……私??


 つむぎは土を蹴った。その直後、羽音が耳を掠めた。心臓がキュッと縮まる。必死に足を前に出した。しかし、足取りがヨタヨタとしていて、うまく走ることができない。

 「ヒュ」っと背後で風を切る音がした。トンビが下降してくる。


「あ、子猫だ!」

 今度こそ捕まる!と思った瞬間、幼い声の主がつむぎの首根っこをつかんだ。

 「誰?」と思う間もなく、身体が宙に浮いた。

「うわー。きったねー!」

 何なの!?

 男の子の顔が、目の前いっぱいに広がる。

 つむぎは今度こそ心臓が止まりそうになった。全身の毛やしっぽが逆立ち、身体が硬直している。

 男の子は、膝丈の麻の着物を着ていて、竹に糸と針がついただけの簡単な釣竿を持っていた。


「マサ、どうしたんだよ?」

 あとから来た二人の男の子のうち、背の高い子が聞いた。二人とも竹の釣竿を持っている。

 つむぎは、全身の毛がぞわぞわとするのを感じた。

「あ、タケ、トヨ! 見て、子猫!」

 男の子がつむぎを二人の方へぐいっと向けた。

「トンビに襲われてたんだ」

 得意そうに二人に言った。


「うわっ!! 病気なんじゃない? その猫」

 背の低い子が後退りした。

「そうかなぁ?」

 男の子が首を傾げた。

「それ、どうするの?」

 背の高い子が、こわごわと指を指す。

「今日兄ちゃんが帰ってくるから、連れて帰って見せるんだ」

「けい兄ちゃん、中学校は?」

 背の低い子が目をキラキラさせて聞いた。

「夏休み!」

 男の子が、顔いっぱいに口を広げて笑った。


「じゃあな!」

 二人に別れを告げた男の子は、つむぎを片腕で抱えて、鼻歌まじりに歩きだした。


 トンビが空高く上がったのが見え、つむぎは安堵した。

 今度は子猫なのか。汚いし、しかも弱ってる。

 道理で身体が重いはずだ。

 ミケの子どもの頃なのだろうか。それとも別の猫なのか。

 つむぎは毛並みを見ようとしたが、自分の腕しか見えなかった。


 そういえば、この子は誰?

 四、五歳か。小学生くらいか。「マサくん」と呼ばれていたが、正人だろうか?

 この子は可愛らしい顔立ちだけど、正人さんは爽やかな感じだった。声も変わっているし、比べられない。

 まぁ、後でわかるかな?


 男の子の腕にぶら下がったまま、つむぎの前を景色が流れた。

 畦道の両脇にはどこまでも田んぼが広がり、緑の穂がキラキラと揺れている。

 鼻につくのは、田に撒く油の匂いだろうか。

 つむぎは、卒業論文で調べた事を思い出した。


 畦道から、少し広い道に出た。

 坂道の途中を、半袖の制服を着た少年が歩いていた。

 少年は肩から鞄をかけ、手には柳行李のトランクを持っている。

「あ、兄ちゃん!」

 男の子が走った。

 つむぎは上下に激しく揺さぶられ、気分が悪くなった。


「おーい!」

 男の子が叫んだ。

 ゆっくりと少年が振り向いた。

 穏やかな目をした少年が、笑顔で男の子に手を振った。

 少年が動きを止めた。

 大きく目を見開くと、「正人、そこで待ってろ!」と、声を張り上げた。

 揺れる視界に、鞄を放り出した少年がこちらに走っているのが見えた。

 ふわり、と学生帽が舞った。


 正人は止まらない。

 まさと……正人?

 やっぱり、あの時の少年が、この男の子……??

 じゃあ、今こっちに走ってきているのが、慶一郎さん?

 霞む視界の中で、あどけなさを残した慶一郎の顔がはっきりと見えた。

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